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01 役立たず皇女と黒騎士




「黒騎士アレスよ。魔族を退けることができたのはそなたのおかげぞ。何でも褒美を取らせよう。望むものを言うがよい」


 宮廷での戦勝記念の宴で、皇帝は金髪の騎士に向けて声をかけた。


 ――黒騎士。


 それは彼、アレス・ヴァルガードの功績をたたえる二つ名である。侯爵家の嫡男であるアレスは戦場では黒い鎧を身に着け、戦神のごとき勇猛さで敵を斃す。彼が駆け抜けた後は、敵は一匹も残っていないと言われる。


 彼には味方でさえ畏怖を抱き、そして彼さえいれば勝利は確実と言われている。

 その黒騎士の素顔はまだ若く、誰もが見惚れる端正な顔立ちをしていた。


 若く美しい最強の騎士が何を望むのか、誰もが興味津々で見守っていた。


 リゼル・アーカーシャはその光景を皇族席の末席でぼんやりと眺めていた。


 アーカーシャ皇国の第十三皇女であり、特別な才能も美しさもなく、母親の身分も低いリゼルは、皇族の中でも冷遇されて育った。髪は黒く、瞳は緑で、人目を引く華やかさはなく。ドレスも古びていて色が暗く、髪に差した花も虫食いだらけ。


 さらに、母も、母の生家も既になく、後ろ盾もまったくない。


 賑やかな宴の中では、リゼルはいてもいなくても関係ない影のような存在だ。


 リゼルは息を殺し、気配を殺し、退席できる瞬間をただ待っていた。

 黒騎士への恩賞の授与が終われば、宴は無礼講になる。そのタイミングでひっそりと退室するつもりだった。


「では――」


 ――今回の恩賞は既に決まっているとの話を、どこからともなく流れてきた噂話で耳にした。

 皇女の誰かを妻に望むつもりだと。

 そしてその相手はアーカーシャの薔薇と呼ばれるロザリア姫だろうと。


 ちらりとロザリアの様子を見てみると、得意満面な様子で自分の名前が呼ばれるのを待っていた。名門貴族の母を持つ第五皇女ロザリア・アーカーシャ。眩い金髪と赤い瞳が印象的な、まるで絢爛に咲く薔薇のような女性。


 リゼルは早く帰りたい一心で黒騎士アレスの言葉を待つ。

 決まり切った台本のセリフを聞くような気持ちで。


「陛下、私はリゼル皇女との結婚を望みます」


 その言葉に、大広間は驚きの声でどよめいた。


「何ですって?」


 ロザリアが信じられないとばかりに声を上げる。


 宴に参加する貴族たちがざわめく中、アレスはリゼルの前まで歩いてくると、その前に傅いた。

 真剣な眼差しが、リゼルを見上げた。


「リゼル皇女、私はあなたを愛しています。あなたの幸福を願い、共に生きることを望んでいます。どうか私と結婚していただけませんでしょうか」

「…………」


 ――いったい、何が起こっているのだろう。

 リゼルは言葉を失った。ただただ、混乱と驚きの中で立ち尽くしていた。

 あの黒騎士が自分に求婚しているなんて、ただただ信じられない。奇妙な夢を見ているかのようだ。


 その時、皇帝が再び口を開いた。


「リゼルよ、どう答えるのだ?」


 父である皇帝は、リゼルの意思を確認しようとしてくれている。

 ここで「喜んで」と答えるのが皇女の務めであろう。リゼルには婚約者はおらず、断る理由が何一つない。


 相手は名門侯爵家の嫡男で、国の英雄。年齢的にも釣り合いが取れている。

 リゼルには母も、母方の親戚もいない。むしろそのおかげでヴァルガード侯爵家の力が高まりすぎて皇家を脅かすこともない。


 皇帝もこの状況を楽しんでいるようだった。


「私は……私には、無理です……」


 自分は末席の姫。何の才能もない役立たず。

 彼のような立派な貴族の騎士を夫に迎えるなど、許されるはずがない。

 末席でも皇族であるから家格は釣り合いが取れていようと、夫婦になるのには歪すぎる。


 いまにも消え入りそうな声は、静まり返った大広間に意外なほどに大きく響いた。

 アレスは一瞬悲しそうな表情を見せて、リゼルはさらに驚いた。


(どうして……どうしてそんな顔をするの)


 まるで本当に悲しんでいるかのような表情を。

 アレスはすぐに表情を整え、再び皇帝に向き直った。


「それならば、陛下。私はリゼル皇女の護衛騎士となることを望みます」


 大広間が再びどよめく。

 次期騎士団長が確実と言われている黒騎士が、役立たず皇女の護衛騎士になろうとしている――

 もったいないどころの話ではない。


 皇帝はしばらく考え込み、その後ゆっくりと頷いた。


「よかろう。アレス、そなたはこれからリゼルの専属騎士となるがよい。戦時以外は自由にして構わぬ」

「ありがたき幸せ。皇帝陛下とリゼル皇女に、改めて永遠の忠誠を誓います」


 アレスは深く一礼し、リゼルに向けて微笑んだ。


「さあ、リゼル。アレスをお前の騎士にしてやるといい」


 リゼルの前にアレスが再び傅く。


「…………」


 リゼルには断る権利があるはずが、これではないのも同然だ。

 これ以上、アレスに恥をかかせられない。


 リゼルは迷いながらも、髪に差していた虫食いのある花を抜き取る。

 姫が騎士を自分のものにするとき、身に着けている花を渡す慣習がある。

 だから皇女は常に花を身に着けるものだ。


 リゼルは普段は花を飾っていないが、式典のときは未婚の皇女は花を飾る習わしがある。

 だから、離宮の庭に咲いていた野花を適当に摘んだ。

 まさかそれを黒騎士に渡すことになるなんて。


 虫食いのある、けっして美しいとは言えない花を、アレスはまるで宝物を下賜されるかのように受け取った。とても幸せそうな顔で花を見つめる。


 その表情にリゼルはますます混乱した。

 これではまるで、アレスが心からリゼルの騎士になれたことを喜んでいるかのようだ。


 ――そのとき、ロザリアが憎悪の炎を燃やしてその様子を見つめていることに、リゼルは気づかなかった。






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