3.書きたくて書いている、けれども落ち込む時
さて、ここからは創作のこぼれ話をしていきます。
今回は「書きたくて書いている、けれども落ち込む時」にどんな心持でいるのが良いか、何ができるのかというお話です。一回目のお便りコーナーに寄稿した後、Aさんからお便りを頂きました。それが今回のベースです。
まず最初に、Aさんの抱えていた悩みは作者としてほぼ共通であるといえるものでした。
書きたくて書いている派ながら、それでもアクセス数が伸びず、またポイントなど夢のまた夢で、確かに書きたいから書いてるけど、それでも落ち込むわあと思っていました、と。
さらに、自分の作品を書くことに精一杯で、他の方の作品を読むと自分の作品のアラが気になって嫌ー! と床を転げ回りたい気持ちになるので、最近は書き専門になってしまいました、とも。
これを拝見した私は「なんとしても元気を出して頂きたい」と強く思いまして、三千文字の返信を書いてしまいました。
なんて暑苦しい。
三千文字といえば、長編連載のおよそ一話分です。
今思うと前のめりというか、人によっては本当に暑苦しく思われそうで反省しきりです。面倒くさいと思われて最悪無かったことにされても致し方ない覚悟はできている、と思いつつ送信ボタンをぽち。幸い、Aさんは受け取ってくださってその後もお返事をくれました。
ちなみに私がAさんへのお返事の前にやったのは、Aさんの作品を読むことでした。
このような出会いなどまたとない機会です。
ご存じのとおりなろうという場所は数十万の作品がずらりと並ぶ世界であって、その全てを一から総ざらいして読めれば良いのですが、悲しいかな社会人にはそこまでの時間が許されておりません。制約のある中でできる限り読もうと思ったら、こういう切っ掛けを大切にするより他ないというのが個人的な信条です。
読みに行って、楽しい時間を過ごして、ああ良かった嬉しかったと思いながら返信を書きました。
ご挨拶や個人が特定できる情報などは端折ったり伏字にしていますが、内容は以下のとおりです。あくまでも私の主観ですので、ご了承ください。
【東返信】
アクセスもポイントも、本当に夢のまた夢ですよね。
私が「なろう」に来たのは2014年のことですが、それ以前は個人サイトで細々と、でした。更新してもアクセスなど基本ゼロ、一週間に一人か二人いれば良い方でしたので、この小説家になろうという場所が天国に見えました。これだけの利用者数を抱え、更新すればほんの僅かといえどトップページに掲載され、必ず人のアクセスがある、ということが素晴らしいのです。
書きたいものがあるから書く、その気持ちが何より強く一番を占めるうちは、書き専門で良いと思います。読みたくもないのに、辛くなるだけなのに、無理して読んでも良いことなどなく、何より楽しくありませんから。
ひたすら書き続けていくうちに、ふと読みたくなる時期が来るので、その時に読めば楽しく、得られるものが沢山あります。それがまた、次の創作の燃料になる、というイメージですよね。書けるうちは燃料という名のストック、話のタネが沢山ある状態だということですので、それは素晴らしいことです。
私も読む・書くを常に同時進行できる人間ではなく、自分の中でインプット(本や漫画を読む、映画を見る)時期とアウトプット(自分で書く)時期がありますので、まったくおかしなことでも、間違っていることでもないと思います。
どうぞ心の赴くまま、書くことに力を注いでくださいませ。
ところで、せっかくのご縁でしたので、Aさんのページにお邪魔させて頂きました。
沢山完結されてますね、驚きました。それも更新頻度も高い。ちゃんと活動報告も濃やかに上げられている。本当に書きたくて書いていらっしゃるんだなあとしみじみ伝わってきました。
作品一覧を見て、一番気になったタイトルの「○○」を拝見しました。
大変面白かったです。文章も読みやすく、係長と周囲の人間の温度差と、にもかかわらず徐々にヒートアップしていく○○の様相、そして締め出される係長……
タイトルからなんとなくそうかな、と予想しながら本当にそうなっていくのが面白く、しかし自分の予想とは裏腹に最後に微妙な恋模様? になったのを見て、続きが読みたいなあと思いました。
あとは、代表作の「○○○○」の最初の三話を。(これはすみません、全部読みたかったんですがちょっと用事が立て込みまして、読めたところまでです)
これも、身近な話題とありそうなシチュエーションでとても感情移入しやすく、冒頭部のみとはいえ安心して楽しめました。たとえば派手な展開のある異世界ものなどを好む層より、もっと穏やかな日常譚や、疲れている時に安心して読める優しい物語、そういったものが欲しい方にはどストライクかと。
いずれもポイントついておりますし、面白いですし、Aさんのお話は「こんなお話があるんだ、と気付けば」アクセスもポイントも伸びる気がします。
どうやって気付いてもらうの? 今でもこんなにアクセスないのに……
と、悩まれるかもしれません。もしよければ、一つだけ「こうしたら良いかも」という気付きをお伝えしたく。
あらすじに、もう少し物語の情報を入れ込むと、引っかかる人がかなり増えると思います。
実は私もタイトルやあらすじが苦手なので、偉そうなことはまったく申し上げられないのですが、書籍化に際してタイトル修正やあらすじ作成をした時に、編集の方が一番に考えていたのは「どういう物語であるのか、誰をターゲットに据えた物語なのか」が分かる言葉選びを大事にされていました。
この経験を踏まえてAさんのあらすじを読んでみますと、「どういうお話なのか、誰が主人公で、どんな属性で、どういう展開になるのか」が見えづらいなあ、もったいないなあ、と感じたのです。
人は、自分の好きな主人公か(女性か男性か)、最初にどんな境遇か(不幸なのか恵まれているのか)、その人に問題があるのかあるいは何か事件が起こるのか(物語の性質、たとえば謎解きなのか恋愛メインなのか)、そして最後にそれはどういう方向になるのか(幸せになるのかどうか)など、いわゆる好みにハマるかどうかを、あらすじから読み取ります。
もっと言うならば、そもそもタイトルで「面白そうだな」とひっかかった人が、次にようやくあらすじを読んでくれるのですが、とりあえずそこは横に置くとして。
「○○」は、タイトルで一番惹かれました。
これは誰もが知っている言葉のもじりで、意外性が見えて「どうなるんだろう?」と興味を惹かれた格好の形です。
それからあらすじに行き、極論ですが最後の一行「会社で○○する話」という部分でしか、どんなお話なのかが分からなかったのです。その前の冒頭部分は、実際の本文で楽しく読める部分ですね。
自分ならどうやって書くかなあ、などと考えてみて、ものすごくたとえばですが、
「あらすじ案:割愛します」
これくらい書くと、主人公が女性で、OLだと親近感出るかなあとか、なんで係長嫌われてるの? とか、○○の顛末は? などの中身に興味を持ったりできるかなあとか。あとはこの話が恋愛なのか嫌な人間をやりこめてスカッとする話なのか、などが「恋の始まり」という単語で方向性伝わるかな、などなど。
書き続けていれば、必ず新しい読者の方との出会いがあります。
その方々とのご縁で、どんな物語もいつか日の目を見る可能性はありますので、どうぞこれからもAさんの優しく柔らかな世界を生み出し続けてください。
【ここまで】
折角なので、少し捕捉を致します。
タイトルとあらすじは、個人的にはものを書く人間にとって最高難易度の課題だと思っています。
物語の本文を書くことはいわばひたすら文章を重ね続けるだけですので極論さして難しくはありませんが、「その物語が何であるのか」を端的に伝えるのは、練習なしにはできません。
慣れてない時にやってしまいがちで、かつ読者が入ってこないあらすじは経験則からすると下の二つです。
・本文の冒頭あるいは盛り上がる部分を、そのままあらすじに持ってくること
・叙情詩のような断片情報の謎解き、あるいは本文最後まで読めば分かる仕掛けを施すこと。もしくは、叙事詩のように世界と人物の設定を連ねること。
これは私が作者として過去にやったことであり、読者として避けるパターンでもあります。
どちらにも共通しているのは、総じて物語に関する情報が「薄い」ということです。物語の素性が見えてこないので、本来であればその物語が好きな層がそうと読み取れずに素通りしてしまう。悲しいすれ違いですね。
私は今でもあらすじとタイトルが一番苦手である自覚ありです。
拙作の中でもダントツで誤解を招いたのが「舌破り」という物語で、このタイトルとあらすじに出てくる「常ならざるものたち」などという単語が最高に良い仕事をしてしまい、ホラーが苦手な読者の方々を遠ざけていた、という実績があります。
この物語は実際には緩い現代恋愛ものであるのに、それが好きな方々に敬遠されてしまいました。
ちなみに何故それが分かったかというと、読者の方が教えてくださったからです。なんともありがたい話であると同時に、大変勉強になった経験でした。
それらを踏まえた私のやり方は、あらすじをまず四行で書きます。
その四行は物語の起承転結で、それぞれに一行ずつ使います。ちゃんと自分が書いた、あるいは書こうと思っている物語の起承転結がそこに入っているかを確認してから、あとは足りない情報や書き洩らしている部分を入れていきます。上のお便りで書いていた、主人公が誰なのか、などですね。
物語の要素がしっかり入っているか確認したら、完成です。
最後の最後まで「本当にこれでいいのか」感は付きまといますが、結局いくつも書くことでしか経験値は増えないので、まずはやってみて良いと思います。優しい読者の方が教えてくれることもありますから。
あと、練習をするなら好きな物語のあらすじを自分で書いてみる、というのも手です。
それを公式と比べて見て、どちらが読みたくなるか。自分の方が面白そうだと思えればよし、そうでなければどんな情報が足りていないのか、答え合わせができるというのがこの方法の良いところです。
少なくとも私はこれをやってから書いたあらすじの作品で「あらすじを読んで惹かれました」という感想を多く頂戴しました。現実にもアクセス数が段違いで、あらすじの力というものを改めて痛感した次第です。
その作品が最終的に書籍化しましたので、そう悪くない手法なのかなと思います。
あらすじのお話、次も少しだけ続けます。