第一章1『輪廻転生、はたまた_?』
♢♢♢
真っ黒な手が、こちらに手を差し伸ばしてきている。
暗い暗い空間の中でも、その手だけははっきりと見えた。
顔を上げると、少しずつ手の主の顔が見えるようになった。
性別はおそらく女で、真っ黒の服で全身を覆っている。顔は鼠色のベールで隠されており、うっすらとその中に隠れる顔が見える。
口角は上がっており、目は見開かれていて、心を見透かされるような透明感のある目だった。
女は口を開くと、
「突然出てきてごめんね。でも、あなたを愛してるからってことだけ忘れないで」
_『愛してる?』
女は表情を一切変えないまま、話し続けた。
「あなたの癒しになることが、あたしの役目なの。あなたの拠り所になることが、あたしの役目なの。あなたの逃げ場になることが、あたしの役目なの。_あなたに愛されることが、あたしにとっての『あたし』なの」
なにを言っているのか理解できない。
_あなたは誰なの?自分の恋人?それとも家族?それかわたしたちはもう夫婦関係なの?どうしてわたしの癒しになって、拠り所になって、逃げ場になることだけがあなたの役目なの?わたしはあなたを知らないのに、愛することなんてできないよ。
たくさんの疑問符が、頭から溢れるほどに出てくる。
「あなたを癒して、あなたにあたしを認めてもらえたら、それはもう『愛』でしょう?そのためにあたしは存在してるの。あなたしか見れないし、あなた以外は眼中にない」
女はわたしの疑問符を無視して続けた。
「あなたが結果的に愛してくれるのなら、あたしはなんだってする。_あたしは、あなたを癒してあげたい」
ああ、思い出した。この脳が解けるような喋り口調、感情がこもって聞こえるせいで起きる、喉の奥から何かが込み上げてくるような感じ。
自分が死んだあと、自分に『ひさしぶり』と話しかけてきたあの女だ。
「うふ、思い出してくれた?ねえ、思い出してくれたんでしょ?」
_知らない。あんたなんか知らない。思い出してなどいない。
「思い出したんでしょ?知らんぷりしても無駄だよ。いつか、認めなくちゃいけなくなる日が来るからね」
_それっていつ?そもそも、わたしは死んでるのに...。
「それには答えらんないや......じゃあね、おやすみ」
最後はぶっきらぼうに言って、女は暗闇の中へと消えていった。
真っ黒な影が、どんどんと遠のいていく。
彼女は、なにも答えてくれない。ただ、愛し愛されたいことだけを_自分の欲求だけを、言ってどこかへ行ってしまった。
今度は聞き出さないといけない。
_なぜ彼女は、わたしを愛してくれるのか。
♢♢♢
目が覚めると、小さなダウンライトが目に入った。光が強すぎるせいで、思わずまた目を閉じる。
また、左側から暖かな日差しのぬくもりを感じ取る。
そしてまた目を開けると、そこは一室のベッドの中だった。
「_______」
左側に薄いカーテンのついた窓、そこから太陽の光が差し込んでいる。右側には大きな部屋が広がっていて、メイク台や可愛いテーブル、人形たちがたくさん置かれている。
部屋全体の壁はピンク色で、あまりにも派手すぎるデザインだ。
しかし、部屋の雰囲気は自分好みのものだ。
「___わたし、死んだよね?」
そう、そうだ。自分は死んだ。歩道橋から親友に突き落とされ、車に轢かれ、(おそらく身体はさんざんなことになって)死んだ。
三途の川の橋を渡っているとき、全身が真っ黒な女に出会って、ひたすらに『愛』について言われたような記憶が、ぼんやりと残っている。
もしや、これが『輪廻転生』というやつだろうか。
「まさか...ね。もしそうだとしても、あまりにもわたしの体は...前世のままな気がする」
布団から手を出して見てみるが、しっかりと成長した高校生並みの手の大きさだ。
その勢いで、自分の着ていたパジャマも確認する。
パジャマというには派手すぎるくらいだが_。
「なんとういうか...中世ヨーロッパみたいな服に、部屋って感じ」
足りない知識を種に、なんとか頭を捻ってフル回転させる。
よく見れば、部屋の壁には何着かのピンク色のドレスと、男性らしい服が何着か飾ってあった。
そして左側にある窓から外を見ようとしたとき_
「ヴィオラ、起きた?おはよう、今日もいい天気だね」
突然部屋の奥にあったとびらが勢いよく開いて、そこからひとりの女性が出てくる。
彼女は長い炎色の髪を足まで背中まで伸ばし、髪の色とよく似たり寄った色の大きな目を、こちらに向けてくる。
_目覚めてから、初めて会う第一村人だ。
「さっき一回だけ起こしにきたのよ。何回も叩いたんだけど、それでも起きないから。きのうのことで、ちょっとだけ疲れちゃったかなと思って、寝かせておいたの」
女性はぺらぺらと話し始め、部屋中を歩き回りながらたくさん手を動かしている。
壁にかかった一着のドレスをハンガーごと手に取り、少し首を傾げたあと、それを持ったままこっちに向かって歩いてきた。
「なんだか、気分が優れないようならお茶でも持ってくるんだけど。でもヴィオラ、お茶とかあんまり好んで飲むイメージがなかったから___どうしたの?」
「へ?」
言葉を失うほど美しすぎる少女は、自分の方を見て綺麗な眉を寄せ、困惑した表情を見せる。
それよりさっきから、『ヴィオラ』なんて呼んでいるがそれは誰のことで___。
「やっぱり体調が優れないの?だとしたら………えっと、無理やり起こしてごめんね。でも、きょうのヴィオラ、なんか変」
美少女は自家の瞳を綺麗な目で見つめたまま、どんどんと近づいてくる。やがて彼女は自分が座っているベッドの上に乗っかり、より心配そうな表情になってゆく。
「ただ体調が悪いだけとも見えないのよね。なんかずっと___そうね、ずっと、泣きそうな顔」
「は」
突然漏れた声は、笑い声や嘲笑といった声ではない。なんで?どうして?なぜ?
___ナゼジブンハ、『ヴィオラ』ナノカ?
その答えが返ってくることはなく、ただ赤髪の美少女が、燃えるような真っ赤な瞳でこちらをじっと見つめてくるだけだった。