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プロローグ 『死後』

初投稿です

よろしくお願いします



               ♢♢♢



_死んだ。


今日の夜、わたしは死んだ。

誰かから最後の言葉を聞くことも、自分の死を悔やんでくれる人もいないまま、死んだ。


ただそれだけ。


死ぬ直前のことなんて、ほとんど覚えていない。

大好きだった親友に、歩道橋から突き落とされて、車に轢かれて死んだことだけは、覚えている。


何かが原因で親友と喧嘩し、揉み合いにまでなって、わたしはあっけらかんと死んだ。


体たらくな人生だった15年、死ぬのは誰だって一瞬なんだと死んでから理解した。


歩道橋から自分の身体が放り出され、世界がスローモーションのように滑らかに動き始め、わたしは車道に落ちた。その落ちたところを、たまたま車が轢いて、わたしは死んだ。


正直、どっちが原因で死んだのかはわからなかった。落下死なのか、事故死なのか。ただわかるのは、車道に落ちた後も意識があったこと。


歩道橋から自分のことを恨みがましそうに見つめている親友の顔は、背中に突き刺さった衝撃のせいで一瞬しか見えなかった。


きっと、事故死なんだろうなとか考えながら、わたしは三途の川の橋をのんびり渡っている。

わたあめのように真っ白な雲が、三途の川を透けてゆっくりと通ってゆく。


生前考えていた以上に長い三途の川の橋を歩く足並みは、まるで死者のよう_いや、もう死者そのもの。


今から現実世界を離れ、死んでいく自分にある心残りといえばたったひとつ、親友のことだけだ。

例え『わたし』が悪い喧嘩でも、殺す必要なんてなかったじゃないか。


暴言でも暴力でも、なんでもすればよかったのに。親友が選んだ怒りの矛先は、『死』だった。

ただわたしを殺すことで、自分自身の怒りをしずめた。


そんな親友にせめてもの制裁はくだってほしかった。親友がいますぐその場から離れたり、殺人現場を見た人がいたら、きっと親友は捕まらないだろう。


永遠と、わたしを殺した自分を呪い続けながら生きていくのだ。


もし神が親友に制裁を下さないのだとしたら、自分が天から雷でも落としてやりたい気分だ。

どんな気持ちで、こっちが死んでいったのだと思っているのだろうか。


背中に突きつけられた衝撃と、車に轢かれる痛み。身体の原型がなくなるまで轢き続けられたに違いない。

車の運転手は悪気はなくても、親友に悪意があるのは事実だ。



_喧嘩なら、空の上で決着をつけましょうよ。



橋を進み続けるたび、どんどん生前の記憶が薄れて行った。


最後に、せめて親友の名前くらい思い出したい。あと、自分の名前も。


それから思いっきり親友の名前をこの橋の上で叫んで、1メートル先は見えないような橋を進み続けて、死んでやる。


もし神様が存在するなら、そのくらいのさせてほしい。




_自分の目の前に立ちはだかる影の存在に気づいたのは、神に祈ろうとした直前だった。


全身を真っ黒の服で覆いかくし、鼠色のベールで顔も隠している。

理解できた情報は、この影が女性だということぐらいと、彼女が笑っているということ。

ベールの下、真っ赤な口で笑っている。



「朝香ちゃん、ひさしぶり」



_久しぶり?

この女は何を言っているのだろう。

会ったことも、会話を交わしたこともないというのに自分の名前を知っている上、『久しぶり』なんて_。



「たくさん辛かったね、おいで」



女は両手を広げ、さらに口角を上げて笑った。

わたしは一歩後退りして、口を開いた。

_大丈夫、死ぬことはないと言い聞かせながら。



「いやだ、離れて」



「どうしてそんなこと言うの?あなたがたくさん辛かったぶん、あたしが慰めてあげるんだよ」



『どうして』だって?決まっている、あなたが何者かもわからないのに、近づきたくない。

そもそも第一印象が最悪すぎる。全身真っ黒という姿はほとんどの人が『不審者』と答えるに決まっている格好だ。



「あなたの人生において一番辛かったこと、たくさんのしがらみを解いてあげる。あたしは朝香ちゃんを慰めるに存在してるんだから、慰めてあげないと存在意義がなくなっちゃう。大丈夫だよ、怖がらないで。ゆっくり近づいておいで」



まるで赤子を宥めるような言い回しだ。

自分を慰める存在?


わたしが今までの人生で辛かったことなんて、ついさっき死んだことくらいだ。

平凡な家庭に生まれ、幸せに育ち、特になんのしがらみもなく、平和に生きていた。


そんなある日、たまたま、本当にたまたま、親友と喧嘩して死んだだけ。

それが唯一の、『辛かったこと』だろう。



「どうして離れるの?」



その一言で、自分が無意識に彼女から距離を置いていたことに気づく。彼女はベールの下で悲しげな表情をしたあと、首を傾げながら相当な声量で話し始めた。



「あたしはあなたのために生きています、あなたを慰めるだけの存在、その役目が終わったら消えるだけ!あなたがあたしに寄り添ってくれないと、あたしの存在意義は無意味になってしまう!あなたが辛かったこと_そう、今さっき死んだことの辛さを、慰めてあげるのがこのあたし!それがあたしの意味!役目が終わったら結衣ちゃんに罰だってなんだって下してあげる!_。ね、いいでしょう?ほら、あたしの胸で泣きなさいよ!」



_結衣ちゃん。



彼女は親友の名を口にし、首が折れるほど首を傾げたまま、不気味に笑った。

何度同じことを繰り返されようが、わたしの答えは変わらぬままだ。



「いやだ...あなたに触れることはしたくない_怖い」



「怖い?怖い?怖い?怖い?怖い?怖い?怖い?怖いですって?あなたは自分をこの世に産み落としてくれた母の優しさを、怖いと言うの?あたしはあなたの母よりも、ずーっと深い愛情を与えることができる。そんな存在が怖いって?怖いですって?」



「怖い、やめて、近づかないで...触らないで!」



ゆっくりと距離を縮め、肩に触れようとしてきた彼女を、思わず自分は突き放す。

彼女はそれでも、笑ったままだ。



「ちゃんと拒絶してくる子は今までに何人もいたけど、自分の情報を突き出されて慰めると言われた人たちは、みんながみんなであたしに甘えてきたのよ。だから朝香ちゃんも、精一杯甘えなさい。慰められなさい」



「何回もしつこく聞かないで...。わたしは、もう死ぬの。結衣に殺されて、覚悟も決めて、潔く死のうと思ってたの!なのにどうして邪魔するの?あなたが結衣に罰を下したって、結衣は苦しむはずない!わたしという呪いに苦しめられるほうが、よっぽど辛いはずだから...だから、邪魔しないでよ」



結衣に制裁を下すのは、あくまでも自分が神だけだ。もし彼女が神なのだとしても、こんな人柄なら制裁を下してくれるとしてもきっと拒むだろう。


女はゆっくりと笑顔から無表情へと顔をこわばらせてゆき、ついには怒りという感情までのぼりつめた。



「もういいわ、朝香ちゃん、あなたにはこれほど言葉を与えても響かないのね、わかったわ。それなら、あなたの願いを最大限拒んであげるからね。もう生きるのは諦めて、さっさと死のうとしてるんでしょう?なら、あなたを殺したりなんかしない。永遠と、死にたいのに死ねない空間に放り込んであげるから」



_直後、その感覚が襲ってきた。


眠気が急に襲ってくるような、完全に油断したところを取られる感覚。

足場が急に抜けて、底なし沼に落ちた。


それが、今の正しい状況だ。

生前も味わった、どこかから落ちる状況。



「いってらっしゃい、気をつけてね。死のお姫さま」



最後の女の言葉は妙に明るげで、しかし表情は硬いままだ。


そのまま叫び声もあげれず、どこかへと落ちていゆく。

もし行き先が地獄なら、どれだけ楽だろうか。


あの女がそんな生ぬるいことはしないだろう。


きっと、深い深い愛を受けながら、苦しみを味わう。

両極端を味わい続け、とうとう壊れる自分を、彼女は空からきっと嘲笑うのだろう。



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