マイナスにマイナスを足すとマイナスが増える
はあ。やぶから棒にため息だ。ため息で始まる文章。なにからなにまで最悪だ。最悪の風呂に肩まで浸かって、いったいいくつ数えればここから出してもらえるんだ? おれは41まで数えた。あと少しで42を数えることになる。周りは厄落としだけは、絶対にしておいた方がいいとか抜かす。家族もすっかりその気になっちまっている。おれは嫌だ。そんなものに振り回されたくない。そんなことに少しの時間だって使いたくない。仮に厄年ってのが本当にあったとして、このまま放っておくと厄災がおれを直撃するとしたって、厄落としなんてことはしたくないね。はあ。おれが阿部千代だ。それでもおれが阿部千代なんだ。なめんなよ、ヨロシク。
もう文章なんて書くのをやめようと思った。書きかけの小説も全部消した。すべてが悲しく、虚しくなった。なぜおれなんかが生きていて、生まれたばかりの子どもたちが死ななければならないんだ。なぜって言ったってな。そうなんだから。現実にそうなっているんだから。
打ちのめされるのがわかっていたから、おれはニュースを追うのをやめていた。それでもいつまでも目を逸らしてはいられなかった。目を逸らしていることが罪の意識となり、それでガッツリ……。くそ、大局観の持ち主でいらっしゃる方は、きっとなんともないのだろうな。喰らっているおれを見て、こう言うんだろう。あいつ、頭いかれてるのか? そうだよ、おれはいかれちまってる。でもな。おまえも大概いかれてるからな。みんないかれてるんだよ。みんな狂って、みんないい。いいのか? 本当に?
ああ、そうだな。こんなときは、おれがおれであることがとことん嫌になる。逃げ出したくなる。文章なんて書いていないで、ゲームの世界に逃げ込みたくなる。こんな恥ずかしいもん書いていないで、龍が如く7外伝やろうぜ。ちんぴらたちをやっつけよう。ぼっこぼこにしばきあげよう。ぎったんぎったんにのしちまおう。嫌なことはぜんぶ忘れちまおう。一度はそう決めた。昨夜にはそう決めていた。もう知らん。しーらんぺったんゴーリーラ。実際に歌っていたからな。しーらんぺったんゴーリーラ。小便をしながら。しーらんぺったんゴーリーラ。
それでまた性懲りもなくクソみたいな文章を書いている。恥知らずなのかおれは。そうだな。この世の不幸を、自分自身だけで受け止めきれず、文章に書いちまうくらいには。なにが欲しくて文章を書いているのか。評価? 共感? 慰め? 仲間? ああ、全部欲しいさ。だがいらないんだ。そんなものを欲しがる自分が気持ち悪い。そんなものをもらっちまったら、おれがどう考えるのか、おれには想像がつく。おれはすべてを壊そうとするだろう。相反してるんだ。ふてくされた子どもみたいに、差し伸べられた手を、思いっ切りはねのけちまうだろう。そしてすぐに後悔するだろう。だがもう後には戻れない。おれはこれでやっていくしかない。
おれはいい加減に気持ち悪い自分を受け入れないと。自分と喧嘩したって、いいことなんてありゃしないんだから。みんな上手く折り合いをつけてやっているじゃないか。表向きだけでもな。
一応、おれだって表向きの仮面は持っているのだ。その仮面を被っているときのおれは、めちゃめちゃ大人だとか、紳士だとか言われる……こともある。まあそれもおれなんだろう。おれであることに間違いはない。おれではないわけがない。仮面とはいえ、おれの手作りの仮面だからな。というよりも、今だって個人的な文章を書いているおれという仮面を被っているのだ。千の仮面を持つ男、ミル・アベチヨスとはおれのことだからな。はは、まったく面白くねえよ。ううん、のれないな。ここまで読んでくれた人がもしいたら、ごめんな、こんなもんに付き合わせちまって。
おれってやつは気分でしか生きていないから、そこが文章を書く上での武器にもなったりすることもあるんだが、気分が上がってこない時はどうしようもないね。じゃあ文章を書かなければいいじゃないか、と思われるかもしれないが、こういうのも書いておかないと、突き抜けられないというか。それに、もし今日文章を書かなかったとしたら、もう二度とおれは文章を書きだそうとしないような気がしてな。いや別にそれでもいいんだけどさ。いや、よくないか。よくないから、こうして書いてるんだよな……。
笑顔を絶やさず朗らかで、物忘れをせず、面倒くさがらず、他人の目を意識せず、混乱の中にあっては理性的に振る舞い、悲しみの沼にはまってしまった者あればただ黙って側に居てやり、人の話をよく聞き、自分の意見は滅多に言わず、欲張らず、貧した者には気前よく分け与え、進んで順番を譲り、感謝の気持ちを常に忘れず、よく働き、よく手伝い、人の幸せを歓び、歯を食いしばっている者には気取られないよう背を支えてやり、財産は受け取らず、なにも残さず、迷っている者とは一緒に迷い、宴には参加せず、なにものにも惑わされず、夜は自室で静かに過ごす、そういう者に、おれはなりたいんだが、なれないんだよ、どうしても。