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3 魔物来襲

 クレインの反応は正に電光石火だった。

「止まれ!」

 御者を一喝すると、剣を掴んで馬車から飛びだす。同時に付き従っていた配下に叫んだ。

「ただちに、後方隊は民の避難を。前方隊は武器を持て!」

「私も行きます」

 妻の声にクレインは一瞬、動きを止めた。

「マリーナ、君は子供たちを」

「お忘れかしら?空を飛ぶ魔物には、私の雷撃や風刃の方が有効よ」

 夫の言葉を、マリーナはぴしゃりと遮った。

「わかった」

 クレインはうなるように言うと、振り返って妻に手を差し伸べた。

「じゃあ、行ってくるわね」

 マリーナは夫の手を取ると、ガーゴイルとの距離をちらりと目視した。それから、落ち着いた声でシャルとサミュエルに言う。

「あなたたちは、ここで待機。サミー、馬車全体に魔障壁<バリア>を張り巡らせなさい。できるわよね?」

 やや青ざめつつも、サミュエルはしっかりと頷き、すぐに詠唱を始める。

「シャル、お前もいざとなったら、本当にどうしようもない時には、腕輪を外せ」

 とクレイン。

「父上、母上、ご武運を」

 なんとか微笑んでみせたシャルに、クレインとマリーナはそろって不敵な笑みを返した。

「任せろ。じゃ、行ってくる」

「競争します?どちらがたくさん片付けるか」

 こんな時だというのに、仲良く連れ立って走り出す二人を見送る。

 大丈夫だ。きっと二人は大丈夫。ベルウエザーの魔物より多少凶暴で、多少数が多くても。

 シャルは、御者を中に退避させ、馬車の扉を閉めると、念のため、カギをしっかりと掛けた。




 ブーマの国王はなかなかの食わせ者のようだ。

「ようこそ、アルフォンソ皇子。ブーマは貴殿とその一行を心より歓迎しよう」

 如何にも人の良さそうな国王の笑顔を思い出す。

「皇国からの長旅、さぞやお疲れであろう。貴殿のご要望どおり、歓迎の宴は明日に予定しておる。それまでごゆっくりと過ごされるがよかろう」

 ブーマ王はその言葉通り、アルフォンスと側近だけでなく、随行する一行すべてを大いに歓迎してくれた。

 王宮の敷地内にある離宮を丸ごと宿舎として用意するという形で。

 王家の賓客を歓待するために先々代が築かせたという離宮は、大きさこそ3階建てと小ぶりだが、当時を代表する建築士による贅を尽くした建物だ。

 王宮の敷地内にあると聞かされはしたが、ばかでかい庭園と果樹園を挟んだ向こう側の丘の上にあるので、実質的には、王宮とは異なる場所にあると言うべきだろう。

 離宮そのものは、3階建ての本棟とその両脇に伸びるように配置された平屋の別棟2つで構成されており、長期滞在しても何ら不便がないように、王都の超高級宿並みの設備が整えられている。

 本棟の2、3階はいくつかの区画に区切られ、そのそれぞれが広く贅沢なリビングと寝室、その続き部屋で構成されている。もちろん、独立した浴室とトイレ付きだ。1階部分は、共有区メインだ。巨大な厨房に大小の宴会場、遊戯室、会議場となっている。いつでも入浴可能だという大浴場まである。

 両翼の別棟は、2つともほぼ同じ造りで、機能性重視の簡素な建物だ。小さな厨房と浴室とトイレ。それから寝泊まりできる、いくつかの小部屋。もともと、本棟の客の世話をするメイドや召使用の控えの間として、作られたらしい。

 現在、すでに十分な数の使用人たちが働いているようで、各部屋はきれいに整えられ、美味しそうな匂いが立ち昇ってくる。

 まさしく、いたせりつくせり状態だ。皇国からの使節団とは言え、破格の待遇だと言えよう。

 アルフォンソ皇子と側近のために用意されたという3階からは、城下の賑わいとその周辺の山々の稜線が一望できる。

「お、この菓子はいける。すごいな。珍しい果物をこんなに。・・・うん、うまい。別に毒は入っていないようだな」

 エクセルは王子が部屋を《《精査》》している間、ソファーに腰を下ろし、すっかりくつろいでいた。テーブルに供された軽食類のチェックに余念がない。

 毒見と称して、一通り味わいつくすと、グラスを二個探し出し、それぞれに飲み物を注いだ。

「そろそろ、休憩してはいかがですか、アルフォンソ殿下」

「盗聴具はないようだ」

 アルフォンソの言葉に、エクセルは大きく伸びをした。

「それはよかった。普通にしゃべれる。で、何か見つかったか、アル?」

「ブーマの王は、よそ者にあまりうろついて欲しくないらしい」

 ようやく気が済んだのか、アルフォンソも向かいに腰を下ろした。

「ドアはもちろん、すべての窓に『封じの術』が施されている」

 つまりこの部屋からは簡単に抜け出せない。たとえ何とか抜け出せたとしても、すぐにばれて、監視の目が飛んでくるということだ。

「皇国の者には探られたくないことがあるってことかな?」

 エクセルは一口自分の飲み物をすすってから、もう一つのグラスを王子に差し出した。

「そうかも知れないし、そうじゃないのかもしれない。単に警戒されているだけってこともありえる」

 アルフォンソはグイッとグラスを飲み干した。防御服も兼ねた形式ばったローブを脱ぎ去ると、胸元から黒い石のはめ込まれたペンダントを取り出す。

「ちょっと街まで行ってくる」

「せっかちだなあ、皇子殿下は。ほかの騎士たちを見習って、もう少しゆっくりした方がいい。久々にひと風呂浴びるとかさ。ここ、すべて温泉だって聞いただろ?せっかくのおもてなし、無駄にする気か?」

 エクセルの小言を無視して、アルフォンソはすたすたと一番大きな窓に歩みよった。

 窓枠にペンダントを翳して、術を発動する。

封印解除デ・スペル

 石が黒い輝きを帯びた。窓がゆっくりと開く。

 誰にも気づかれずに封印が解除されているのは、およそ5分間だけだ。すぐに窓から身を乗り出して、眼下に誰もいないことを確認し、窓枠に手をかける。

「認識阻害の術を忘れないように」

 エクセルが、いつの間にか、すぐ横に立っていた。

 一応持って行けと、押し付けられた細身の剣を、アルフォンスは極力目立たないように腰布に挟み込む。

「2時間ほどで戻る」

 浮遊術エイビエーションを唱えると、アルフォンスは床を蹴って窓から外へ飛び出した。

 



 まずは、古着屋でフード付き防寒着を購入する。深めのフードをすっぽりと纏って、黒髪と顔を注意深く隠す。

 ブーマ王国の王都バジャル。歴史的にも規模的にも、皇都には劣るが、それなりに栄えている都のようだ。

 人通りの多そうなところから、順にぶらぶらと歩いてみる。いつものように旅人を装って、茶店を覗いたり、ぶらりと店舗に立ち寄ったりしながら。

 皇国からの使節団の件は、庶民の関心をかなり集めているようだ。通りのあちこちで歓迎の宴や第二王子に関するうわさ話が飛び交っていた。

 所狭しと乱立した屋台をのんびりと回っていたアルフォンソは、突然、動きを止めた。

 異様な気配に、空を見上げる。

 あれは、まさか!

 ぐんぐん近づいてくるのは、巨大な翼を持つ魔物。

 ガーゴイルの群れだ。

 遅ればせながら、魔獣に気が付いた人々が上空を見上げ、呆然とし、ついには悲鳴を上げ、我先にと逃げ出した。

 ガーゴイルたちは、一直線に市場の中心区、もっともにぎわっている場所の方へ飛来していく。

 どうか間に合ってくれ!

 アルフォンスは己に加速術をかけると、逃げ惑う人の波を掻き分けて騒動の中心へと駆け出した。




 ようやくたどり着いた頃には、そこはパニックになっていた。

 絶え間なく沸き起こる怒声や悲鳴。耳をつんざく魔獣の雄叫び。

 魔獣の放つ衝撃波に、建物が次々と崩壊していく。

 逃げ惑う群衆を狙って魔物たちが襲いかかる。魔物の爪にがっちりと捕らえられた女が、甲高い悲鳴を上げた。

 だめだ。間に合わない。アルフォンソがそう思った瞬間・・・

稲妻よ(ブロンティ)!」

 声とともに、煌めく閃光。

 それは、幾重にも枝分かれして、獲物を今にも引き裂こうとしていた魔物を直撃した。

 一瞬で頭部と胴体の一部が黒焦げになった魔物が、女の身体とともに地に転がった。

風刃アネモッサ!」

 続いて風の攻撃魔法が放たれ、さらに数匹のワイバーンが翼を切り裂かれて地べたにもんどり落ちた。

「うおー!」

 野太い声を上げて、赤毛の大男が術者らしき女の前に走り出る。巨大な剣を軽々と振り回し、振り下ろし、無様にもがく魔物たちに次々ととどめを刺した。

 男の部下らしき一団が、ようやく二人に追いついた。急降下で飛来するガーゴイルに、抜刀して応戦する。騎士たちの胸当てに刻まれたクロスした二枚の葉の家紋。貴族一覧で見た覚えがある。・・・あれは、確か、ベルウエザーの家紋だ。さすが、魔物狩りで名高い一門だけはある。

 アルフォンソは、負傷した女に応急処置を施している女術師の下へ走った。

「手伝おう」

 かなりひどい傷だ。ワイバーンの爪には毒もある。

 かがみこむと、血まみれの背にそっと手を当て、治癒の術を施す。

「助かったわ。治癒の術は苦手なの」

 栗色の髪の術師、マリーナは、ほっと息を吐いた。

「たいしたことじゃない」

 言いながら、剣を抜き、振り返りざまに、刃をふるう。背後から急襲してきたガーゴイルが真二つになって、ぼとりと落ちた。

 アルフォンソはそのまま休む間もなく剣をひらめかし、際限もなく襲い来るガーゴイルを仕留めていく。

「誰か、彼女をお願い!」

 他の術師に、ぐったりとした女を任すと、マリーナも盛大に攻撃魔法をぶっぱなし始めた。

 この頃になって、遅ればせながら、王立守護隊が駆けつけた。

 彼らとベルウエザー一行の活躍で、ガーゴイルの群れは徐々にだが、確実に数を減らしていく。

 あと数匹。

 なんとかなりそうだと、一同が気を緩めかけたその時、突如、地面が大きく揺れた。

 倒れまいと足を踏ん張る兵士たち。その眼前に現れ出たのは・・・

 ひび割れた地面から這い出て蠢く毒々しい緑の触手の群れだった。


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