22 シャル、暗殺者と対峙する
頭が痛い。ガンガンする。
シャルは自分のうめき声に、びっくりして目を覚ました。
薄暗い、埃っぽい場所・・・屋根裏か倉庫だろうか?
眼鏡は外れてしまっているようで、見えすぎる視力のせいでよけいクラクラする。暖房が効いてないのか、じんじんと底冷えがする。
どこかわからないけれど、仰向けに寝かされているのはわかる。
真上に見える、黄ばんだ天井らしきもの。そこには古代文字らしきものぎっしりと書き込まれていた。
いったいここは?
私、どうしたのかしら?そうだ!アルフォンソ様は?
起き上がろうとして、太い鎖で四肢を、痛くない程度にではあるが、しっかりと拘束されているのに気づく。引きちぎろうと両手に力を籠めるが、ジャラジャラと鳴る鎖は、驚くべきことに、千切れそうもない。シャルのバカ力をもってしても、いたずらに埃を舞い上げるだけだ。
どうやら大理石のような硬い台の上に横たえられているようだが、柔らかな敷布のおかげで、石そのものの冷たさはさほど感じない。殴られた~おそらくだが~際の頭の傷は、すでに応急手当がされているようだ。冷たい布の感触がある。
どうなっているんだろう、この状況は?そうだ、確か、レダ様にアルフォンソ様が大けがをしたと言われて、それから・・・たぶん、誰かに後ろから殴られたのだ。
少しでも鎖を緩めようと再び力を籠めてみる。だめだ。びくともしない。
「暴れても無駄です。ベルウエザー嬢。その鎖はあなたを拘束するために特別に作らせたものですから」
視界に映った声の主に、シャルは目を大きく見開いた。
「あなたのことは、多少、調べさせていただきましたので」
「レダ様、これは一体?」
「ご気分はいかがですか?癒しの術で治療を試みたのですが、術が効かなくて・・・。よもやこれほどの魔法耐性をお持ちの方がいるとは。本当にすみません」
聖女レダは、申し訳なさそうに謝った。
「私としては、お怪我をさせるつもりは、毛頭なかったのです。ただ、『黒の皇子』をここに単身おびき出すには、ベルウエザー嬢、あなたが必要だった。それで、一計を案じました。ご不自由なのは重々承知しておりますが、今しばらく、事が終わるまで、ご辛抱くださいませ」
どういう意味か詰問しようと口を開け、乾いた冷たい、埃っぽい空気にくしゃみが出た。
「大丈夫ですか?お寒いなら、薬湯でもお持ちしましょうか?」
女が心配そうに尋ねた。
「アルフォンソ様に何をするつもり?」
それを無視して絞り出した声は、情けないほどかすれていた。
「そこの棚にある液体を器に入れて、お嬢様にお持ちしなさい」
見えない誰かに向かって、レダがやや声を大きくして命じた。
その命令に従って、部屋の奥で誰かが動く気配がした。じっと見つめるうちに、現れた見知った顔に、シャルは愕然とした。
「あなたは・・・!」
それは、黒騎士団の若き術師ケインだった。勉強熱心でいつも朗らかな術師は、今は全くの無表情だった。湯気の立つカップを手に近づいてくるその姿には、生気そのものが感じられない。
彼は、カップを横たわるシャルの口元に近づけた。そして、そのまま、動きを停止してしまう。
「少し失礼しますね」
ケインの手からカップを奪うと、レダはシャルの頭を少し持ち上げて、やけどをしないように気を付けながら、その甘ったるい飲み物をゆっくりと飲ませてくれた。
最初の一口で毒はなさそうだと判断して~彼女は味覚も人より優れているのだ~それを飲み干す。レダの言葉は本当だったようだ。冷え切っていた身体にたちまち血が巡りだすのを感じた。
「ありがとう」
とりあえずは、礼を言っておくことにする。こういう羽目になったのは、この女のせいだと思うと、その必要はない気がしたが。
レダは、ちょっと驚いたように一呼吸おいて、どういたしまして、と呟いた。それから、なおも同じ姿勢で突っ立っているケインを見て、顔をしかめた。
「いちいち指示が必要なのが、傀儡の術の欠点だわね」
傀儡?傀儡の術って・・・本で読んだことがある。確か、人心に直接作用する邪法。他人の記憶や意志を操作したり、他人を意のままに操ったりすることができる術だったと思う。
「ケイン」
はっきりと名前を呼ばれて、ケインがレダの方に顔を向けた。その空虚な瞳を見据えながら、レダがゆっくり、はっきりとした口調で語りかける。
「命令です。外からドアを開けようとする者の、両手足を、火爆の術で吹き飛ばしなさい。それでは、部屋から出て、ドアの前で待機しなさい」
返事をすることもなく、ケインが背を向けた。ギクシャクと遠ざかっていくその後姿を、シャルは横たわったまま、見送った。
「まあ、誰かがここに来るとは思えませんが」
独り言のように、レダが呟くのが聞こえた。
「私をどうするつもりです?ケイン様みたいに、傀儡にするつもりですか?」
シャルはキッとして、レダを見上げた。
「嘘だったのね。アルフォンソ様が怪我をしたなんて。あなたが本棟に火を?すべてあなたの仕業だったんですね?」
舞踏会での事件も、ひょっとすると、魔物の襲撃も?
「ご令嬢には、いえ、この国の多くの方々には、本当に申し訳なく思っております。心よりお詫び申し上げます。これもすべて大儀のため。御方から承った役目を果たすため」
レダの態度は、予想外のものだった。
彼女は静かに頭を下げたのだ。
「共鳴弾は、できる限り被害が少ないように仕掛けました。その場で治癒術を使ってけが人の治療にも当たりました。それでも、不運なことに、5人も重傷者がでてしまいましたが。『黒の皇子』の力を確認するためには、どうしても、必要だったのです。まあ、あなたという弱点もわかったわけですし、結果的には成功だったかと」
この女は何を言っているのだろう?あれだけの惨事を引き起こしておいて?
シャルの表情に思うところがあったのだろう。すぐに付け加える。
「もし、皇子の力が及ばなかった場合は、私自らが全力で治療にあたり、治癒させるつもりでした。私にはそれだけの『力』があります。あの『御方』自らが選ばれた破魔の刃の一人なのですから。信じてください」
レダはどこか熱に浮かされたような表情で続けた。
「本棟を燃やさせはしましたが、誓って、誰も傷つけてはいません。被害は最小限にとどめております。決して、無垢なる者に害を及ぼすつもりはないのです。全てはあの『御方』の願いを叶えるため!この世界を災いから永久に救うためなのです!」
「御方とは、どなたです?世界を救うというなら、なぜ、アルフォンソ様を?」
レダは、ややしばし考えこむように黙り込んだ。それから、
「ここ20年ほど、魔物の被害が徐々に増えている。それは、もちろん、ご存じですよね?」
その口調が、再び、落ち着いたものになる。
「ええ。確かにそう聞いてます」
不審に思いながらも、シャルは頷く。
「数日前起こった魔物の襲撃。あれには、私は一切関与しておりません。それどころか、あのような出来事を防ぐのが、本来の我々の使命。我々は、知っているのです。このままでは、あのような恐ろしい出来事がこの大陸の多くの場所で起こることになるであろうことを。『魔に通じる穴』が開きつつあるのです」
「魔に通じる穴?それって、もしかして・・・?」
レダは頷いた。
「そうです。『伝説の勇者たち』が魔王の残した悪しき力を封じ、塞いだはずの穴。それが開きつつあるのです」
そんなまさか・・・
伝説によると、魔王を滅した後、勇者は、世界を救うために、魔王が残した災いを時空の裂けめに封印したと言われている。その穴が開く?今となって、なぜ、そんなことが?
「ローザニアン王家に秘蔵されている3つの書。そのうちの一つに、『魔の扉が開こうとするとき、王家の血脈に黒き髪黒き瞳の救い主が現る』という記述があります。『その者、長じて魔を払い世界を救う』と」
黒い髪と黒い瞳の王族。まさしく、アルフォンソのことに違いない。
「それでは、アルフォンソ様は、世界を魔から救ってくださる存在なのでは?世界を救いたいなら、あの方に仇なす必要などないのではありませんか?」
シャルは知っている。その無表情に隠された暖かい心を。不器用なやさしさを。あの黒い瞳に時おり垣間見えたもの。それは『伝説の勇者』のように魔と戦う宿命への葛藤だったのだろうか。
レダはシャルの問に直接答えることはなく、淡々と話を続けた。
「別の、もう一つの秘された書には、異なる記述があるのです。それをご覧になった『御方』は、決して語られることのない真実を悟られたのです」
「真実?」
「『魔に通じる穴』が開くたびに、黒髪黒目の御子が生まれるのではないのです。黒髪黒目の御子の誕生が『魔に通じる穴』を開くのです。黒髪黒目の御子こそが、すべての元凶。今こそ、我々は、『呪われた黒の御子』を滅さなくてはなりません。その者こそが、魔の誘惑に屈し、闇に染まった『銀の聖女』の再来。この世界を再び滅ぼそうとする悪魔なのです」
「なんですって?」
信じられない話に、シャルは耳を疑った。
それって、つまり、アルフォンソ皇子が『銀の聖女』の生まれ変わりで、この世界を滅ぼそうとしているってこと?
そんなことありえない。狂人のたわ言だ。
「この真実は、決して世に知られてはならない。あってはならないことなのです。だから、秘密裏に、公にならない方法で、今生の『黒の御子』、アルフォンソ第二皇子の存在そのものを消さなくてはならない。それがあの『御方』のお考えです。この命をかけて、それを正しく成すこと、それこそが私の使命」
聖女レダは、笑みを浮かべて、誇らしげに言い放った。
「私が使命を完遂した後は、あの『御方』がそれらしい物語を作ってくださるでしょう。黒の皇子を亡き者にしたいと思っている輩は一人じゃありません。皇国の跡目争いに関連して、あるいは皇子自らが成敗してきた犯罪者の逆恨みで。愛する女性を人質にとられた皇子が、教会の聖女とすり替わった暗殺者の手にかかって、暗殺者共々、爆死する。悲劇ではありますが、ありえない話ではありません。教会としては不名誉なことにはなりますが、それくらい致し方ありますまい。教会はあくまで被害者。暗殺計画のとばっちりを受けただけ。ローザニアン王家には、心からの弔意を示すことになるでしょう」
「それでは、あなたは・・・?」
聖女レダは、いやそう名乗っていた女は、笑みをさらに深くした。
「本物の『聖女レダ』は、何も知らずに教会本山で勤めに励んでいるはずです。今この瞬間にも」
シャルは必死に考えを巡らせる。
もし、この女の言うことが本当なら、裏で糸を引いているのは教会内の権力者の可能性が高い。けれど、万が一、万が一だが、皇子を道ずれにこの女が爆死し、教会とのつながりが出てこなければ、すべては闇の中に葬られる。シャルの証言さえなければ、だが。
この女は、なぜ、わざわざ、こんな話を、今、ここで、するのだろう?つまりは・・・
「私も、始末するつもり?」
女はとんでもない、とばかりに首を振った。
「ご安心ください。あなたには傷一つつけるつもりはありません。今横たわっておられるのは、物体を瞬時に運ぶのに使われる魔道具。その台は、前もって設定された時間になると、載せられた物ごと、設定された場所まで、自動的に空間移動します。爆破前に、速やかに安全なところへ、『御方』のもとへ、送って差し上げますわ。あなたの特異体質には、『御方』も並々ならぬ関心を抱いておいでです。あなたと言う、新たな忠実な『特別な御手』を欲しがっておられますから」
「何をバカなことを。こんなことをして、両親が、ベルウエザー一族が、黙っているとでも?」
シャルは、女を睨みつけた。
「あら、『御方』の類なき素晴らしいさを理解すれば、あなたは喜んで崇拝者になりますわ。皇子の死後、行方知れずだったご令嬢は、教会の聖騎士団に救い出され、ご両親の元へ無事にお戻りいただくことになるでしょう。約束通り、全くの無傷で。人の心は変わるものです。それに、強制的にでもお心を変える方法は、魔術以外にもいろいろありますのよ。想い人の死を嘆き悲しむ令嬢は、亡き皇子を偲んで、教会にその一生を捧げるのです。美談でしょう?」
女の本気を感じて、シャルの顔がさらに青ざめた。
逃げなければ。このままだと、大変なことになる。それに・・・私が人質になったらあの方は、アルフォンソ様は・・・。
アルフォンソのぎこちない、けれど真摯な言葉がありありと思い出された。
なんとか、腕輪に手が届きさえすれば・・・
「今すぐ私を開放して。何かの誤解よ。アルフォンソ様は優しい方。悪魔なんかじゃない!」
必死にもがくシャルの目の前で、レダの笑顔がすっと消えた。
「そろそろ、時間のようです」
懐から、白い小枝のようなものを取り出すと、手のひらに乗せ、呪文を唱える。小枝に小さな炎が灯り、湧き出た甘い香りのする煙が瞬く間に広がっていく。
「ごゆっくりお休みください。目覚める頃には、すべてが終わっておりますから」
抗えぬ眠りに引きずり込まれつつあるシャルの耳に、優しげとさえ思える女の声が響いた。
少しでも面白く思われたなら、リアクションいただけたら嬉しいです。というか、妄想をもとに書いているので、どれくらい他の人に伝わってるのか全くわかりません。一言でも、数字だけでも、構いませんのでお願いします。この続編というか、本編につながる、エピソード的な話もすでに書き始めています。じきにこちらでも配信しますので、よろしければ・・・




