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17 ベルウエザー家、家族会議する

 それから数時間後・・・

「『黒の皇子』が、姉上に、求婚したって、本当、ですか?」

 サミュエル・ベルウエザーは、駆け込んでくるや否や、ハアハア息を切らしつつ、尋ねた。

「サミー、少し落ち着きなさい。いったい、誰からそのことを・・・」

 水の入ったコップを手に現れたエルサを見て、マリーナは合点がいったようだった。

「エルサ、あなたね、こんな重要事項を漏らすなんて」

「恐れながら、奥様」

 サミュエルにグラスを手渡すと、エルサはあっけらかんと言った。

「サミュエル様がなかなか事態の緊急性を理解してくださらなかったもので。必要最小限を耳打ちさせていただきました」

 サミュエルは、一気に水を飲み干して一息つくと、自分の意見を述べ始めた


*  *  *  *  *


 あの舞踏会での惨劇以降も、ベルウエザー一行は、離宮の別棟に留まり続けていた。事件解決の目安がつくまではすぐに駆けつけられる場所にいてほしい、という王の強い要望で。とはいっても、領主夫妻が、そうそう揃って領地を放っておくわけにはいかないので、週末には、いったん帰郷する話が出てはいたが。

 あれから、体調不良とやらで、引きこもって姿を現さないアルフォンソ皇子。彼を心配して、少しでも近くにいたいという娘の思いを夫妻が汲んだのも、別棟に留まる大きな理由ではあった。

 離宮本棟にはアルフォンソ皇子とその事実上の親衛隊『黒の騎士団』。別棟にはベルウエザー一家とその使用人たち。足しげく、と言うよりも、毎日離宮を訪れる、王都に同行したベルウエザーの騎士たち。

 皇子の容態を聞き出すことは叶わなかったが、この数日間で、ベルウエザーの一団と黒騎士団は、お互いかなり打ち解けた関係を築いていた。

 冷酷な稀代の天才『黒の皇子』に率いられた無敗の少数精鋭隊『黒騎士団』。その面々は、直に言葉を交わしてみると、(ちまた)の恐ろしい噂とは違い、案外、普通に話が通じる者たちだった。

 彼らは、貴族の次男、三男坊から、平民や農家出身まで、さまざまな出自であり、男女問わず、誰もが手練れぞろいの個性派、徹底した実力主義者たちだった。

 そして、彼らのもう一つの共通点。それは・・・

 ローザニアン皇国あるいはゾーン王家ではなく、第二皇子アルフォンソ・エイゼル・ゾーン個人に熱狂的な忠誠を誓っていることだった。

 それぞれが何らかの理由で、皇子に強い恩義を感じており、その力になりたいと切に願っていたのだ。

 皇子は、世間の風評より、あるいは彼自身が考えているよりも、ずっと人望があったのである。

 ベルウエザー騎士団は、領主を筆頭に、質実剛健を絵に描いたような集団だ。騎士たちは領主一族の為人(ひととなり)を、その民人への愛を理解し、彼らに固く忠誠を誓っている。時には、文字通り命がけで、魔物と戦うことをも厭わない。彼ら自身が認めた領主の命であれば。

 二つの騎士団が打ち解けるには、たいして時間はかからなかった。

 お互いに「ちょっと変わってるけど、いい奴らだ」と認めたわけだ。

 しきたりよりも実質重視の二つの騎士団は、垣根を取り払い、入り混じって練習することも躊躇わなかった。命を奪うのではなく、自分の技を磨くために、慣れ親しんだ仲間以外の連中と剣を交え、競い合う。それは、双方にとって新鮮な体験だった。

 

*  *  *  *  *

 

 母によく似た、華奢な美少年~本人は絶対に認めようとはしないが~のサミュエル・ベルウエザーは、黒騎士団の間でもすっかり人気者になっていた。

 元来、好奇心が強く、人懐っこい彼は、黒騎士団の数々の『冒険談』を熱心に聞きたがった。世間一般の貴族の範疇を超えた両親のもとに生まれた彼は、頭の回転が速く人心の機微にも敏感であり、年齢に似合わぬ聞き上手でもあった。サミュエルの、マリーナにはない、人懐っこさ溢れる愛くるしい笑顔。その威力は絶大で、たいていの騎士や術師は、求められるまま、語りだすことになるのが常だった。

 エルサが呼びに来た時、サミュエルは、皇子の見舞いに来て門前払いを食らったらしい『大いなる教会』のホルツ司祭長と聖女レダとともに、黒騎士団の若き術師に、ダンジョンではどのような術が有効であるかを、実体験に基づいて教えてもらっている最中だった。

 目を輝かせて聞き入っているサミュエル。その様子に、エルサは、こりゃ、無理やり引っ張っていくか、と覚悟を決めた。声をかけようとして、祭司長と聖女の存在に気づいて逡巡する。彼女は、教会が、教会の聖職者が、大の苦手だった。

 その時、漏れ聞こえてきたのは、(くだん)の第二皇子の名前。

 気づかれていないのをいいことに、ほんの少しだけ、エルサは盗み聞きする、もとい様子を見ることにしたのだった。



「アルフォンソ皇子って。魔物退治がそんなに得意なの?」

「団長の剣技はそれは見事なものです。たいていの魔物は、ほぼ一撃でしょう。たとえ、術が使えなくても」

 声にはあからさまな賞賛が籠っていた。

我が団(うち)は、団長や副団長ほどじゃなくても、みな、腕利きぞろいです」

「じゃあ、ダンジョンに術師が付いていく必要なんてあるの?」

「確かに、ダンジョンの深部にいる魔物の多くは、魔術への耐性が高い。多少の攻撃魔法は通じない」

 騎士団で最も若い術師ケインがまじめな顔で、サミュエルたちに講義していた。

「そんな魔物に魔法で攻撃するのは愚の骨頂と言えます。魔力の無駄、場合によっては魔力吸収(ドレイン)されかねない」

「どうするの?ただ剣士の後ろに隠れてるの?」

 興味津々でサミュエルが尋ねた。

「まさか。いいですか、サミュエル様。優秀な術師は、直接攻撃力が高いだけじゃない。常に冷静に状況を判断し、最も有効な手立てを選ぶ。臨機応変に対処することが、大切なんです」

「あなたみたいに、ってこと?」

 サミュエルの賞賛の眼差しにすっかり気をよくして、術師ケインが続けた。

「魔力が直接通じない相手なら、通じるヤツに術をかけてやって、攻撃させればいいってことです」

「と言うと、補助魔法を使うということですかな?」

 と、司祭長。

加速の術(ヘイスト)とか肉体強化の術の類とか?癒しの術(ヒール)なんかも有効ですわね?」

 聖女レダも、熱心に話を聞いていた。

「もちろんです。何より、回復術者がいれば、どんな戦いでも、有利になります。騎士たちは、疲れ知らずで戦えるわけですから。怪我だって怖がらずにすむ」

 ケインは聖女レダに笑顔で答えた。

「ただ、回復術者(ヒーラー)は絶対数が足りない。優秀な回復術者の大半は、『大いなる教会』の出身ですしね。危険と隣り合わせの騎士団に、所属してはくれませんから」

 レダのすまなそうな表情に気づいて、付け加える。

「まあ、仕方ないことです。それに、教会は要請があれば、聖女様や聖師様を派遣してくれますし」

「本部では、当代の『銀の巫女姫』様を中心に、癒し手の養成に尽力していると聞くが。癒しの術には、他の術の何倍も魔力が必要。それも純粋な光属性の。こればかりは、本人の適性が大きくものをいいますからな」

 祭司長の言葉に、ケインも頷いた。

 『銀の聖女』リーシャルーダ。彼女を唯一の聖者と崇める『大いなる恩赦の書』教会。そこは事実上の回復術者養成学校としての役割も果たしている。教会所属の回復術者は、聖女または聖師と呼ばれ、各支部を拠点として各地に派遣され、術を施す。時には無償で、時には高価な代価を要求して。

我が軍(うち)には、専任の回復術師が一人いますし、治癒の術が多少使える術師も数名いますから。恵まれている方です」

「アルフォンソ殿下という、規格外の回復術師もいらっしゃいますものね。びっくりしましたわ。殿下ったら、ほぼ致命傷だった者を一瞬で癒してしまわれるんですもの」

「レダ、黙って!」

「あ、ごめんなさい。秘密でした」

 司祭長の鋭い視線を受けて、聖女レダは、自分の失言に慌てて口をつぐんだ。だが・・・

「それ、もしかして、舞踏会でのこと?あれって、レダ様の御業じゃなかったんですか?」

 もちろん、サミュエルが聞き逃すはずもなかった。

 司祭長とケインは困ったように顔を見合わせた。

「申し訳ございません。絶対に言うなと言われてたのに」

 レダが泣きそうな顔で深々と頭を下げた。

「もうよい。幸い、この場で秘密を知ったのは、サミュエル様だけだ」

 司祭長が、ため息を吐くと、ケインとサミュエルを交互に見て言った。

「ケイン殿は、とっくに、ご存じだったようですな」

 ケインが決まり悪そうに頷いた。

「ま、うちの団の者は、団長の仕業だって、みな、知ってますよ。わかってて、何も言わないだけです。団長、なんでか、自分が回復術師だってことが、気に食わないみたいで。ふだんは、回復術は全く使いません。どうしようもない時は、惜しげもなく使ってくれるんですけどね。ま、世間にばれると、面倒なことになるってのは、俺だってわかりますから」

 ただでさえ、うちの国、王位継承権でごたついてるんですよ、とケイン。

「だから、サミュエル様、今聞いたことはどうかご内密に。お願いします!」

「私からもお願いします。教会本部にも伝えていないのです。バレたら、どうなるか・・・」

「私、もう二度と、言いません。偉大なる『銀の聖女』にかけて。だから、お願い、サミュエル様!」

 三人に強く頼み込まれて、サミュエルは押され気味に頷いた。

「皆がそういうなら」

「じゃ、次に、悪魔系の魔物の対処方法ですが・・・」

 あからさまにホッとした体で、次の話題に移ろうとするケイン。

 ここら辺が潮時だと、エルサがわざと大きな物音を発てて姿を現す。

「サミュエル様、奥様と旦那様がお呼びです。至急、お戻りください」

 不服そうなサミュエルに、多少のことでは動きそうもないと踏んだエルサは、ベルウエザー家の一大会議の内容を、端的に、耳元でささやいてやったのだった。


*  *  *  *  *


 別れの挨拶もそこそこに、文字通りすっ飛んできたサミュエルの第一声は、大反対を明言するものだった。

「僕は絶対、反対だからね。いくら美形で強くて大国の皇子だって、あんな得体のしれない胡散臭いヤツに、姉上を嫁にやるなんて。第一、王家に嫁ぐなんて、苦労しにいくようなものじゃないか」

 サミュエルは、実はかなりの隠れシスコンだった。

「俺も反対だ。ベルウエザー領内にも、気立てがよくて腕も立つ、信頼できる若者がいっぱいいる。遠くに嫁にやる必要はない」

 これまた、部下たちとの総当たり戦の最中に~ベルウエザー騎士団ではこれを通常トレーニングと呼ぶ~呼び出されてやってきたクレインが、強硬に反対する。

 剣士としては超一流の彼は、常日頃は、娘を偏愛する超甘い父親であった。

「そうだよ。姉上は、特別なんだ。着飾れば王都の令嬢たちに引けは取らないし、歌だってオペラの歌姫並みに上手だ。ちょっとドジなところも可愛い。ふだんは優しいけど、本気を出せば、並みの騎士よりずっと強いんだから」

 いや、それって誉めてる?愛情はたっぷり感じられるけど。

 最期の一言に、シャルは、心の中で苦笑い。

 自分より強い女性と結婚したがる騎士は、あまりいないんじゃないかな?

「皇子は、婿養子に来てもいいそうよ」

 マリーナの爆弾発言に、二人は目を丸くした。

「第二皇子とはいえ、王位継承権保持者が、婿養子にくる?本気で言ってるのか、マリーナ?」

「あちらは本気のようよ。少なくとも、使者によれば。副団長のエクセルとかいう。皇子本人は、改めて明日、こちらに来ることになったわ。夕食に招待しておいたの。その場で正式に婚約を申し込む所存だって」

「バカバカしい。小国の、うちみたいな超僻地に、皇国の皇子が婿養子!?ありえないよ」

 と、サミュエル。

「何か裏があるって言ってるようなもんじゃないか。姉上、断った方がいい。絶対断るべきだよ」

「その僻地にあの皇子様が来てくれたら、自動的に『黒騎士団』もついてくるわ。あれほどの戦力、私としてはお得だと思うけど?」

 マリーナがにっこりと笑った。

「シャルの『力』のことを知った上で臆さないところも、ポイントが高いわね。どちらにしても、大切なのは、シャルの気持ちよ。シャル、正直な気持ちを二人にも言って」

「私、前向きに考えてもいいかなって思うの。あの方、噂と違って、可愛らしい、いえ、その、素敵な方だと思うわ」

 シャルが、頬を赤くして言った。

「王家の嫁は私には無理だけど、あの方がベルウエザーに入ってくださるのなら・・・」

「それくらいのこと、できない男に、大切な娘を任せる気はないわ。ね、そうでしょ?」

 マリーナの言葉に、ベルウエザーの男たちは顔を見合わせた末に、不承不承、頷いたのだった。

 






少しでも面白く思われたなら、リアクションいただけたら嬉しいです。というか、妄想をもとに書いているので、どれくらい他の人に伝わってるのか全くわかりません。一言でも、数字だけでも、構いませんのでお願いします。この続編というか、本編につながる、エピソード的な話もすでに書き始めています。じきにこちらでも配信しますので、よろしければ・・・

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