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結婚したくない令嬢・6


「でもこれで、お嬢様も作家を辞めなくて済みますね。王都からこんなに離れてるんですから、これまでどおり執筆し放題ですよっ。あたしもお嬢様をサポートしますからねっ」


 アンナが浮かれた様子で、目の前でグッと力強く拳を握った。


「もしかしてあなたが私に着いてくるのは、原稿のためなの?」

「お嬢様の原稿を王都に持って行けば、そのたびに出版社が特別手当を出してくれるって言うんでっ」


 アンナはキリッとした表情でうなずいた。

 現金なものだが、悪い気はしない。

 フランチェスカの侍女であるアンナは昔からお金が大好きだ。兄と弟妹が五人もいる環境で育ったせいか、働く前からずっと『自分一人の家』が欲しかったらしい。

 結婚願望もなく、とにかく働いて資産を増やし、老後は自分のための家を買い悠々自適に暮らすのが人生の目標なのだと言う。

 給金が倍になると聞いて、自ら『お嬢様についていきます!』と鼻息荒く立候補してシドニア領に着いてきてくれた。お金目当てでも、フランチェスカとしては気心の知れたアンナが付いて来てくれるのはありがたい話だし、フランチェスカはこういうアンナのことが大好きなのだ。


「とりあえずマティアス様が私を追い返しさえしなければ、きっとうまくいくって信じましょう」


 形ばかりの妻でいい。いつか死ぬものとして十八になるまで箱入りで育てられた自分が、当たり前のように妻になれるとも思えない。

 両親や兄夫婦のように、夫婦かな睦まじくというのに憧れはするが、多くを望んでは罰が当たるだろう。

 ただひとつ、フランチェスカの願いはこれまで通り物語を紡ぐ、そのことだけだ。


「ところで中将閣下は、愛人をお持ちになってないんですかね?」


 アンナがふと思い出したように尋ねる。


「三十五歳の男性なのだから、いてもおかしくはないわよね」


 フランチェスカもまた、軽く頬に指をあて、首をかしげながらうなずいた。

『愛人は貴族のたしなみ』とも言われているが両親は恋愛結婚で、兄もそんな両親に育てられたせいか、妻子をとても大事にする男だった。

 だが自分の家族がそうだから他人もこうであるべき、と意見を押し付ける狭量なフランチェスカではない。人の気持ちはどうにもならないものだし、そもそもフランチェスカは侯爵令嬢としての圧力を利用して、嫌がるマティアスを押し切って嫁ぐのだ。

 彼に愛人がいたとしても、邪魔するつもりは微塵もなかった。


「マティアス様に愛人がいらっしゃったとしても、領主の妻として受け入れるわ。決していらぬ悋気なんて起こさないことを神に誓います」


 あっさりとそう口にするフランチェスカに、アンナはなぜか呆れたように苦笑する。


「そんなこと言って、もしお嬢様が恋をしたらどうするんですか?」

「えっ、私が?」


 恋をしたら、という耳慣れない言葉を聞いて、驚きのあまり目をぱちくりさせてしまった。


「そうですよぅ。お嬢様だって花の十八歳。中将閣下のことを好きになるかもしれないじゃないですか」

「全然ぴんとこないわ。物語を書くこと以上に楽しいことって、此の世にないし」


 ゆるゆると首を振り、フランチェスカは窓の外を眺めぼんやりと考える。


(私が恋をする? 夫になる人を好きになる?)


 すでに馬車はシドニア領内に入っており、明らかに景色が変わっている。

 いったい何の花なのか、低木ではあるがぼってりとした鞠のような緑の花を咲かせた植物が、馬車道のいたるところで咲いて目を引く。窓の外は雪がちらついているのに枯れ木になっていないのはなぜだろう。

 どういう理屈なのだろうか、不思議な植物もあるものだと考えていると、また少し面白くなってきた。


(同じ国の中でも、少し離れればもう私の知らない世界になるんだわ)


 王都の中でなんの変化もなく生きてきた自分も、新しい土地で変わってしまうのだろうか。

 それこそ、物語を紡ぐ以上に楽しいことを見つけたりするのだろうか。


(例えば、夫に恋をしたり……?)


 少しだけ考えて、いやそれはないだろうとフランチェスカは首を振る。

 恋物語はたくさん読んだが、自分が恋をしたいと思ったことはない。

 屋敷から出られない環境のせいもあったかもしれないし、そういう性格なのかもしれない。

 物語を紡ぐくせに、現実に対しては妙にリアリストで『現実はおとぎ話のようにうまくはいかないし、引きこもりで社交性のない自分が恋愛するなんてありえない』と思っているふしがある。


「私が欲しいのは執筆の自由よ。夫になる人がどこでなにをしても気にしないわ」


 そう、フランチェスカは今まで通り小説を書ければ、それで十分なのだから。



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