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熱に浮かされて・2

 帰宅したフランチェスカはまず実家のジョエルに向けて手紙を書いた。さらにマティアスの腹心であるルイスにも呼び出しの連絡を入れる。

 それから数日後、フランチェスカはルイスをケトー商会へと招いていた。




「――というわけで、お芝居の題材は、八年前の『シュワッツ砦の戦い』にしようと思うの」


 フランチェスカが打ち明けた瞬間、ルイスは驚いたように目を見開く。


「うちの大将が、ジョエル様をお助けしたあの……?」


 彼の前にはフランチェスカはここ数日よなべして作った企画書が置いてある。事前にテオには内容を確認してもらい、実現可能であることは確認済みだ。


「兄には数日前に手紙を送ってお芝居にしたいということは伝えているわ。たぶん反対はしないと思います。というか、むしろやってくれって言われると思っています」

「それは、なぜですか?」


 ルイスが怪訝そうに首をかしげる。


「兄は、世間のマティアス様への誤解が解けることを望んでいるはずですから。領主の一助になるのなら、断ったりしないわ」


 そしてフランチェスカは自分で作った企画書をぺらりとめくった。


「とはいえ、当時の現実そのままにお芝居にするつもりはありません。兄を見捨てた上官のおじいちゃん将軍だって一応まだご存命だし……。そのあたりはふわっとキャラクター設定を変えるけれど、基本的には『シュワッツ砦の戦い』をモチーフに、わかる人にはわかる話として、なおかつお芝居として楽しめるようにアレンジするつもりよ」


 主人公はふたり。

 ジョエルをモデルにした美貌の青年士官と、マティアスをモデルにした武骨で精悍な下士軍人。

 生まれも育ちも見た目も、なにもかもが違うふたりが出会い、反発しながらも助け合い、心を通わせる。

 BBお得意の男同士の感情がぶつかり合うブロマンスストーリーである。

 きっと自分らしい、面白い話になるだろう。


「私も八年前から兄づてに話しを聞いているだけで、内容を知らないから。マティアス様のことをよく知っているルイスから、当時の話を聞かせてほしいと思ったの」

「なるほどねぇ」


 ルイスはいったん唇を引き結び、くしゃりと髪をかきあげる。どこか悩んでいるような、難しい顔をしてたので、一気に不安が押し寄せた。


「駄目かしら……? もちろん皆さんが不愉快に思われるなら、考え直すつもりだけれど」


 フランチェスカやジョエルは『シュワッツ砦の戦い』で起こったことを奇跡だと思っているが、実際は逃亡戦だ。前線に立っていた者たちからすれば、あまりいい思い出ではないのかもしれない。

 だが次の瞬間、ルイスはパッと顔を明るくして、「まさか!」と声をあげていた。


「俺たちが芝居の題材になるんでしょう? 断る理由なんかないですよ! っていうか俺だけじゃなくて、当時いた兵士たちにも話を聞いてやってください」

「いいの?」

「勿論ですっ」


 ルイスはぐっと親指を立ち上げて見せた後、テーブルに身を乗り出すようにしてニヤリと笑う。


「作家さんに、俺のことめちゃくちゃカッコよくしてくれって頼んでくださいね」

「ええ、勿論よ。その……BBとは親しいからなんでも言えるわ」

「――なんでも?」


 ルイスが不思議そうに軽く首をかしげる。


「ええ、なんでも」


 だってBBは自分なのだから。

 フランチェスカは力強くうなずいた。





 マティアスが屋敷に戻ったのは、深夜だった。馬車から降りて屋敷を見上げると、フランチェスカの部屋に煌々と明かりが灯っている。


(彼女はまだ起きているのか)


 いきなり部屋に訪れて『おやすみのキス』をねだられた夜から、はや二週間ほどが経っていた。あれから毎晩マティアスはフランチェスカの額にキスしていたのだが、ここ何日かは、ぱたんと訪れがなくなっていた。

 最初は彼女の額に口づけることに戸惑っていたくせに、いざ姿を見せなくなると、フランチェスカが来ない理由が妙に気になってしまう。


(俺は彼女になにかしてしまったのだろうか……いや逆になにもしてない気がするんだが)

 と、悶々としている。気になるくらいなら自分から尋ねればいいのだが、それが出来るなら苦労はない。


(そもそも、俺を気に入らなくなったのなら、王都に戻ってもらえばいいだけの話だしな)


 彼女は貴族で、自分は『荒野のケダモノ』『野良犬』なのだから。

 そう、頭ではわかっているのにモヤモヤが止まらない。


 玄関で出迎えたダニエルに脱いだコートなど手渡していると、

「マティアス様!」

 手に紙の束を持ったフランチェスカが、エントランスホールにある螺旋階段をすごい勢いで駆け下りてくるのが見えた。


「フランチェスカ」


 天使が金色に輝きながら近づいてくるのを見て、マティアスの胸の奥の心臓が乙女のように跳ねあがる。あんな勢いで走って、階段から転げ落ちてけがをしたら大変だ。

 考えるよりも先に体が動いていた。発作的に手を差し伸べたところで、彼女は当たり前のようにマティアスの胸に飛び込んでくる。


「おかえりなさいませ!」

「たっ……ただいま戻りました」


 なぜ彼女はこんなにいい匂いがするのだろう。香水を振っているわけでもなさそうのに、甘くてさわやかな花のような香りがする。


(とはいえ、くっつかれると……困る)


 まるで子犬にじゃれつかれたような気分になりながら、フランチェスカの肩を両手でつかんで引きはがす。こちらを見上げるフランチェスカの鮮やかなブルーの瞳に見とれていると、フランチェスカはハッと我に返ったように目を見開いた後、控えめに微笑みながら身をひき、紙の束を差し出した。


「これを見てください」

「ん?」


 受け取りつつさらっと目を通す。


「舞台の企画書?」


 フランチェスカの直筆なのだろう。相変わらず美しい端整な文字が、書面いっぱいにびっちりと綴られている。


「はい。花祭りのメインイベントとして、お芝居を上演したいと思いますっ。こちらが予算案で、特別協賛には王都の出版社であるオムニス出版を予定しています!」

「なるほど……?」


 芝居を見たことがないマティアスは面食らってしまったが、その昔、王都で軍人として働いている時は、王族の護衛として何度か劇場に足を運んだことはある。どっちが俳優なのかと尋ねたくなるくらい彼らは美しく着飾って、芝居を楽しんでいた。当時のマティアスは世の中にはこんなに芝居好きがいるものか、と思ったものだ。


「ちなみにこの……ブルーノ・バルバナスという作家は?」


 原作として記載されている名前を尋ねると、フランチェスカはぴくっと肩を震わせた。


「えっと……その人は友人なんです。花祭りためにシドニア領民が楽しめる脚本を書いてくれることになってします」


 さすが貴族令嬢だ。王都に作家の友人がいるらしい。だが一方で『ブルーノ・バルバナス』が友人だと聞いて胸がざわめいた。


(ブルーノ・バルバナス……気取った名前だな。フランチェスカとはどのくらいの付き合いなんだろう)


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