熱に浮かされて・1
『シドニア花祭り』は三か月後と決まった。その時期はスピカが完全に色づき、シドニア領地が華やかに彩られる時期だからだ。
それからケトー商会を中心として人数を集め『シドニア花祭り実行委員会』を立ち上げた。責任者はダニエルの息子のテオが務め、フランチェスカは主催者だ。責任重大である。
「今回の花祭りでは、王都から寄付も募りたいのよ」
何度目かの会合を終えた後、フランチェスカは馬車の中でアンナに予算表を見せながら言葉を続ける。
「予算上の問題だけではなくて、今後の未来のためにね。王都の貴族や商人も巻き込めたらいいなと思って」
「王都の貴族たちが、縁もゆかりもないシドニア領のためにお金なんか出しますかね」
アンナがまっとうな意見を口にする。
「それは、確かにそう……なのよね」
頼めば両親や兄はお金を出してくれるだろうが、身内から資金援助をしてもらって花祭りを成功させるのは、なんだか違う気がする。
「王都の富裕層が思わずお金を出したくなるようななにかが、花祭りにあればいいんだけど」
フランチェスカが眉間にしわを寄せたところで、アンナがハッと顔をあげ、ぱちんと手を叩いた。
「お嬢様、舞台はどうですか!?」
「え?」
「お嬢様の脚本でお芝居をやるんですよ! ほら、結婚すると決めてから、忙しくて短編の一作も出しておられないでしょう? BBの次の新作はまだなのかって、出版社にすっごく問い合わせが入ってるって、兄さんからせっつかれてるんです! それにBBが舞台の原作を書くとなれば、王都のファンが喜んで駆けつけると思うんですよねっ!」
アンナは名案を思いついたと言わんばかりに、瞳をキラキラと輝かせながら語り始める。
「お芝居……って、いくらなんでも急すぎない?」
フランチェスカはアンナの言葉に苦笑する。
「今から一冊分の本を書いてそれを演じる劇団を探して、契約を結んで、稽古してもらってって、さすがに時間が足らなさすぎるわよ。なによりこの町に劇場はないし」
フランチェスカの冷静な返答を聞いて、
「うっ……我ながらナイスアイデアだと思ったのにぃ~……」
アンナはしおしおと打ちひしがれたが――そのアイデアは確かにすばらしいのではと、フランチェスカの意識にひっかかっていたのだった。
それから数日後、ちょうどテオと話す機会があり『花祭りのイベントで芝居を上演する』というアイデアも出たという話をすると、
「劇場は作れなくても、野外のちょっとした舞台くらいなら数日で作れるんじゃないですか?」
と言われて仰天してしまった。
「えっ、作れるんですか!?」
「俺が小さい頃家族で住んでいた町は、旅芸人も多く訪れる港町でしたからねぇ。芸人たちが突貫工事で、広場に舞台を作ってたもんです。祭りの期間はあちこちでそんな景色が見れられるんで、子供ながらワクワクしてましたよ」
テオは父のダニエルではなく母親似らしい。垂れ目の優しげな人懐っこい笑顔を浮かべつつ、ささっと絵を描いて説明してくれた。
「舞台はそれほど大きくなくていいんです。背景は布に描いて、場面ごとにカーテンのように吊るして、掛け替えるだけで」
「なるほど……」
テオの書いた紙を受け取り、まじまじと見つめる。
「でも、時期的に雨も不安じゃないですか?」
これからシドニアは雨期に入るのだ。
「だったらサーカスのように天幕を張るのはどうですか? 座席も作った方が、客も入れやすいと思います」
テオは次から次にアイデアを出してくれた。
(サーカス……)
脳内に三角屋根のテントが浮かぶ。
その存在は耳にしたことがあるし、子供の頃大好きだった児童文学にもサーカスをモチーフにした作品もあった。ただ、舞台といえば王都にある大小の劇場や、オペラハウスしか知らなかったフランチェスカである。テオの説明する芝居小屋はまさにカルチャーショックだ。
「お芝居だって、別に何時間もやらなくていいんです。『見取り』とか言ったかなぁ……。以前、東方の小さな島国の芝居を見たことがあるんですが、一番面白い部分を切りとってそこだけ上演する手法があるんです。たとえばかたき討ちのシーンだとか、義賊が悪徳商人の屋敷から宝を盗み出すところとか」
「いきなりクライマックスってことですね。じゃあお芝居が始まる前に、登場人物やあらすじの説明があったりするんですか?」
「もちろんです。ちょっと気の利いたところだと挿絵付きのビラを配って、芸人にお芝居の前に面白おかしく説明させたりしていましたよ」
「へぇ……」
話を聞けば聞くほど、テオの話はフランチェスカの好奇心をくすぐった。
もし自分がお芝居の原作を書くとしたら、どんな男にどんな役を演じてもらう?
自分の本の読者も喜んでくれて、なおかつシドニア領で暮らす人たちが楽しんでくれるようなお話はなんだろう。
頭の中を火花のような光が散る。
ばちばちと音を立てて、フランチェスカの脳内を駆け巡る。
そして瞬時にそれは形を結び、明確な輪郭を描いていた。
全身がぶるぶると震え始める。まさかの武者震いだ。
「フランチェスカ様?」
急に黙り込んでしまったフランチェスカを見て、テオが首をかしげる。一瞬、意識が飛んでいたことに気が付いて、フランチェスカは慌てて椅子から立ち上がった。
「やれる気がしてきました。いえ、やりましょう、お芝居っ!」
「えっ!」
テオが驚いたように目を丸くした。
「作家にはあてがあります! その……王都にいた頃の知り合いに、作家がいるので! その人に頼んで、脚本を書いてもらいます!」
しばらく書いてなかったが、これこそBBの出番ではないか。
お芝居で見どころだけ上演するなら、長い小説でなくてもいい。
なおかつシドニアの領民たちに向けて上演するなら、これしかないと思う題材も頭に思い浮かんでいる。
一度思いついたらいてもたってもいられなくなった。
「そうと決まれば企画書を作って持ってきますので、今日は失礼します!」
フランチェスカは小さく会釈すると、淑女らしからぬ怒涛の勢いでケトー商会を後にしたのだった。