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旦那様をその気にさせる方法・9

 マティアスの書斎から戻るところで、ソワソワした様子のアンナが慌てた様子で駆け寄ってきた。


「あら、アンナ。どうしたの?」

「どうしたのじゃないですよ……」


 アンナは呆れたように眉をしかめ、フランチェスカと一緒に私室に入る。


「お姿がないから、旦那様に夜這いでもしに行ったのかと思いましたよ」

「まぁ、半分くらいはそのつもりだったわ」


 こっそりと罪を告白すると、案の定アンナはぎょっとしたように肩をすくめる。


「マティアス様はお仕事で忙しそうにされていたし、だからおやすみのキスで我慢したの。そもそも私が強引に迫って既成事実を作ったとしても、それではマティアス様の信用を得られないでしょう? 私はやっぱり、あの方に本心から必要とされたいって思ったのよ」


 そして書き物机の上に積んだ本の表紙を手のひらで撫でる。


「それでね、考えたことがあるの」

「考えたこと? なんですか、それ……」


 碌なことにならなさそうだと不安顔のアンナがおそるおそる尋ねると、


「町おこしをします!」


 唐突ともとれる勢いで、フランチェスカは高らかに宣言したのだった。


「町おこし~!?」


 アンナがぽっかりと口をあけ、茫然とした表情でフランチェスカを見つめる。だがフランチェスカは本気だった。


「調べたところ、元々この地は王家の保養地だったんですって」

「保養地……? この地味なシドニアがですか?」


 アンナの戸惑いもわからなくもない。マティアスが領主になった八年でかなり持ち直したとはいえ、王都から見れば辺境のさびれた田舎なのだ。


「温泉が出るのよ。初代アルテリア王はこの地の温泉で刀傷を癒したと本に書かれているわ」

「へぇ……そうだったんですね」


 アンナが感心したようにうなずいた。


「今から百年以上前のことではあるけれど、温泉を求めて世界各国から観光客が集まっていたんですって。シドニア渓谷沿いに建てられた宿泊施設や湯治場にはずっと明かりがともっていて、夜でも昼のように明るかったんだとか」


 今日、フランチェスカが書店で購入した本は数十年前の歴史書だった。かつて栄華を誇ったシドニア領のことが昔を懐かしむような筆致で描かれていて、すっかり夢中で読んでしまった。

 そして読み終えた頃に、感じたのだ。

 昔出来たことなら、今だってできていいのではないか。

 またシドニアを活気のある地に戻せたら、どんなに素晴らしいだろうかと。


「でも……そんな大きな観光地が、なぜ寂れてしまったのですか?」

「理由はいろいろあるけれど、一番の理由は当時の領主一族の銀行経営破綻ね。飢饉や天災という時代の流れで観光客が減り続けたのにもかかわらず、地元の観光業者たちに過剰な融資を行い続けたの。そして破綻後はなんの補填もせず、さっさとこの地を離れてしまった」

「なるほど……」


 銀行が離れてしまっては、経営がうまくいくはずがない。この町の観光業者はあっという間に破綻してしまい、その後は推して図るべしである。

 フランチェスカは本を胸に抱き、キリッとした表情でアンナを見つめる。


「でもシドニアにはまだまだポテンシャルは残されているわ。初代国王がその体を癒したと言われる温泉と風光明媚で豊かな自然、川だけでなく海も近い立地とおいしい魚介類。これを生かさない手はありません」


 するとアンナが軽く首をかしげる。


「なにか人を集める方法でも?」

「結婚式で領内をパレードしたときに思ったのだけれど、領民は娯楽に飢えているみたい。だからこの土地ならではのお祭りを開催してはどうかって思ったの。行ったことのない場所で楽しい祭りがあって、おまけに王都では見たことがないものが見られるとなれば、新しいモノ好きで刺激に飢えた人だって呼べるようになるんじゃないかしら?」


 国民あっての国、領民あっての領主だ。この土地に住む者たちに心豊かな生活を送ってもらわなければ、繁栄はあり得ない。

 そう、領主の妻として一番望まれていることはシドニアを豊かにすることだと、フランチェスカは理解したのだ。


「よし、がんばるぞ!」


 グッとこぶしを握って気合を入れるフランチェスカを見て、アンナはなにか言いたそうに口を開いたが「まぁ、どういうことであれあたしはお嬢様を応援しますよ」としたり顔でうなずくだけだった。

 この時点で、アンナはフランチェスカの気持ちの変化に気づいていた。


「これは、もしかしたらもしかするかもしれませんねぇ……」


 元はと言えば執筆の自由を求めてこの地にやってきたはずだ。しかもマティアスが善良なおかげで、もう目的は達成している。

 彼はこのまま『白い結婚』が続いても、おそらくフランチェスカが小説を書こうがなにをしようが、制限することはないだろう。

 なのにフランチェスカはマティアスの特別になりたいと思っている。

 もともと貴族の付き合いが面倒で、なおかつ執筆しても己の正体がバレなさそうという理由でシドニア領にやってきたはずなのに、フランチェスカの目標は『マティアスに妻として認めてもらうこと』になっているのだ。


「やっぱり赤ちゃんを抱っこできる日もそう遠くないかも」


 子供好きなアンナの顔がにやりとほころぶ。

 だがフランチェスカがそのことに気づくのはもう少し先のことだった。



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