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旦那様をその気にさせる方法・7


 マティアスは両手で包み込んだポポルファミリーの人形を祈るような思いで口元に運ぶ。そう、これは毎日疲れをとってもらっている、白猫ちゃんへの思いと似たようなものだ。

 だからこれは問題ない、大丈夫だと己に必死に言い聞かせたが、


「大将、おつかれ~!」


 ノックもなしに、いつもの気安い調子で副官のルイスが執務室に入ってきて、あたふたとマティアスは手に持っていた人形を、引き出しの中に押し込んでいた。


「――なんだ急に」


 見られてはないと思うがやはり平静を保つのは厳しい。眉間に皺を寄せて尋ねると、ルイスは大きな紙袋を抱えたままマティアスの前に立ち、中から林檎を取り出して差し出す。


「はいこれ差し入れ」

「ん? ああ……助かる」


 とりあえず受け取り、手持無沙汰でかじりつくとみずみずしい香りと果汁が口いっぱいに広がる。今日は書類仕事が溜まっていて、一日中机にかじりついていたので、酸味が体に染みた。


「大将、ちゃんとメシ食ってるか? 食べなきゃだめだぜ」

「わかってる」


 ルイスは十年以上の付き合いがある副官だ。今のルイスは中将だが、そうなる前から親分的な意味でマティアスのことを『大将』と呼ぶ。昔は紛らわしいと思って訂正していたが、もう慣れてしまった。


(悪気はないんだが、軽いのが玉に瑕だな)


 ホッとしつつ林檎を咀嚼していると、

「今日さぁ、奥様と一緒に街歩きしたんだ」

「ゲホッ!」

 ルイスから爆弾を投げ込まれて、口の中の林檎を噴き出しそうになってしまった。


「ちょっと待て。どうしてお前が彼女と……!」


 唇を指先でぬぐいながら尋ねると、ルイスは執務机に腰掛けて、肩越しに振り返りニヤリと笑う。


「ダニエルさんから、奥方様が買い物に出かけるから警護をして欲しいって頼まれてさぁ。結局買い物はそこそこで、シドニアっぽいところに連れて行って欲しいって言われたんだけど。まぁ楽しかったよ」

「楽しかったって……」


 マティアスは腹心である部下のニヤケ顔を見て、無性にモヤモヤしてしまった。

 マティアスは奥歯を噛んで表情を引き締めつつ、ルイスに尋ねる。


「で、どこに連れて行った?」

「行商人が集まってる中央通りを散策したよ。市場を見て周った後は、奥様は読書が趣味だって聞いたから、書店に行った」


 ルイスが指を確かめるように折りながら説明する。


「お前なぁ……中央通りは確かに活気があるが、人が多い分危ないだろう。少なくとも女性だけで歩かせる場所じゃないぞ」


 中央通りは文字通りこの町で一番栄えている通りで、文字通りシドニアが始まったともいえる場所だ。通りの中心地に公舎があり、王都から着いてきた五十人の部下がそれぞれの得意分野で働いている。マティアスが毎日律儀に出勤している場所でもある。


「だからそのために俺が護衛についてたんだろ? なにもなかったよ」


 ルイスは薄い唇の両端を面白そうにやんわりと持ち上げて机から降りると、スタスタとドアの方に向かい、ガチャリとドアを開けて「奥様、どうぞ」と舞台役者のように膝を折った。


「マティアス様」

「――は?」


 手に帽子を持ったフランチェスカが、ニコニコしながら執務室の中に入ってくる。

 彼女が姿を現した瞬間、あたりがパッと輝くように明るくなったが、それどころではない。


「ちょっと待て。なぜここにお連れした、ルイス!」


 マティアスは慌てて椅子から立ち上がり、フランチェスカの元へと駆け寄った。


「ルイスを叱らないでください。私がマティアス様が働いている公舎を見てみたいと言ったんです」


 するとフランチェスカにかばわれたルイスが、首の後ろのあたりをクシャクシャとかき回しながら、へへっと笑って肩をすくめる。


「外から建物を見たってつまらないでしょう。だから執務室にお連れしたんです。新婚早々仕事尽くしなんて、奥様がかわいそうじゃないですか。ねっ?」


 ルイスはパチンとウインクをすると、「では失礼します」と林檎をかじりながら楽しげに執務室を出て行った。


(あいつ……!)


 まさかフランチェスカを公舎に呼ぶとは思わなかったが、今更ルイスを咎めても仕方ない。マティアスは腰に手を当てて大きくため息をつく。


「……急にお邪魔してごめんなさい」


 フランチェスカが申し訳なさそうにしゅんと肩を落としたので、マティアスは慌てて首を振った。


「いえ、あなたに対してため息をついたのではないです。ただその……本当にびっくりして。それだけですよ」


 するとフランチェスカはホッとしたように顔を上げて、またにっこりと微笑んだ。


「よかった。ご迷惑ではないかと不安だったんです」


 軽く首をかしげるフランチェスカは、まるで陶器でできた人形のようだった。身に着けているのは贅を尽くしたものではなく、街を歩く普通の女性のような服だったが、なぜこんなに光り輝いて見えるのだろう。

 ふと唐突に、脳裏にポポルファミリーの青い目をした白猫ちゃんが浮かぶ。


(いや可愛すぎないか!?)


 心の叫びをおくびにも出さなかった自分を褒めてもらいたい。マティアスは表情を取り繕いながら、彼女の顔を覗き込んだ。


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