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旦那様をその気にさせる方法・6


 それからしばらくして、午後のお茶の時間を終える頃に、アンナが軍服姿の男性を連れて戻ってきた。

 年のころはマティアスと同じくらいだろうか。丁寧に頭を下げた男は、ずいぶんな色男だった。


「初めまして奥様。ルイスと申します。本日の護衛を務めさせていただきます」


 こげ茶色の髪と少し垂れ目の紅茶色の瞳をしていて、すらりとした体躯を軍服に包んでいる。


「こう見えて十年前からマティアスの副官でもあります。ジョエル様をお助けした時も一緒にいたんですよ」


 マティアスがいかにも軍人然とした男だとしたら、この男はまるで正反対でどこか舞台俳優のような雰囲気があった。


「まぁ、そうだったのね。兄の命を救ってくださったこと、家族を代表して感謝申し上げます」


 フランチェスカは立ち上がり、ドレスの裾をつまんで会釈する。それを見たルイスは慌てたように顔の前で手を振った。


「いやいや、そんな俺がお礼を言われるようなことはありません。助けると決めたのはマティアスだし、ジョエル様を背中に括り付けて走ったのも、全部あの人ですから」


 そしてニコニコと微笑みながら顎のあたりを指で撫でながら、フランチェスカを見おろした。


「僭越ながら申し上げます。今日はお買い物をされるということですが、もう少し庶民の格好をなさいませんと、目立ちすぎるかと」

「あらっ、そうなのね? わかりました。すぐに着替えます。アンナ、とりあえず今日はあなたの服を貸してくれる?」


 フランチェスカとしては実家で着ていた部屋着なのだが、どうやら装飾過剰らしい。


「私の服ですか?」


 アンナは驚いたように目を見開いたが、王都から持ってきたくるみ製の収納箱には、部屋着一枚にしても目立たない服は一枚も入っていないことに気づいたようだ。


「……わかりました」


 アンナがうなずくと、ルイスは胸元に手を当てて丁寧に頭を下げる。


「では馬車の用意をしてお待ちしております」


 そう言って部屋を出て行った。

 慌ただしく身支度を整えたフランチェスカは、アンナに手伝ってもらいながら、若草色の筒袖の簡素なつくりのドレスに着替える。たっぷりしたレースも過剰なフリルもほぼついていない、庶民の女性の外出着だ。黄金の髪は後ろでまとめ、リボンで結んで帽子をかぶった。


「これなら目立たないわね」


 姿見の前でくるりと回る。我ながらどこぞの町娘のように見えて、ワクワクした。


「そうですね。お顔を見られなければ、普通の商家のお嬢さんのように見えなくもないです。大丈夫かと」


 アンナもメイド服から外出着に着替えて玄関へと向かうと、同じく軍服から普段着に着替えたルイスが待っていた。

 彼に手伝ってもらいながらホロ付きの馬車に乗り込み、向かい合って腰を下ろす。


「さて、お買い物ならまずは町の中心地ですかね。若い娘さんが好きそうなアクセサリーだったり、ドレスだったりも取り扱っていますよ。王都でお求めになっていたような高級路線のものを、ということでしたら、この町の商会を取り仕切っているケトー商会にお連れします。ダニエルの息子夫婦が運営しているんです。少々時間はかかりますが、いい職人を取り揃えていますので、新しいドレスだってアクセサリーだって、奥様にお似合いのものを用意することができますよ」


 滑らかな口調のルイスの様子からして、ダニエルが彼を護衛に選んだ理由もわかる。

 きっと彼はいわゆる都会的な男なのだろう。女性相手ならこのくらいの優男のほうが身構えなくていい。


「それも悪くないけれど、シドニアのことをもっとたくさん知りたいの。だからあなたがシドニアらしいと思うところに連れて行ってくださらない?」

「え?」


 フランチェスカの言葉を聞いて、ルイスは驚いたように目を丸くしたのだった。





 窓の外はすでに真っ暗で、煌々と月が上っている。

 静かな執務室ではただ薪の燃える音が鳴っているだけ。机の上には領民たちから寄せられた嘆願書や、決裁するべき書類が積み上げられていて、マティアスはそれを一枚ずつ確認しながら、ああでもないこうでもないと頭をひねっていた。

 だがふとした拍子に、今朝ソファーに押し倒してしまったフランチェスカの姿が浮かんで、なんとも形容しがたい、妖しい気持ちが込み上げてくる。

 将来のために『白い結婚でいよう』と提案したまではよかったが、フランチェスカはマティアスの話を聞いても、あまり納得していないようだった。


『せめてフランチェスカとお呼びください。仮に表向きだとしても私はあなたの妻になったのですから』


 そう言って目を潤ませるフランチェスカは非常に愛らしかった。

 あまりにもかわいいことを言うので、勘違いして思わず抱きしめたくなってしまったのを、必死にこらえた。とはいえ、額にキスをしてしまったので言い訳はできないのだが。


「――」


 マティアスは無言で引き出しからポポルファミリーのウサギちゃんを取り出し、じっと眺める。

 いつもなら『かわいい……』だけで済むのだが、今日は手の中にあるかわいいお人形とフランチェスカが重なって、なんだかいけないことをしているような気分になる。


(いや、俺は悪くないぞ! あの人が可憐すぎるんだ……!)


 いい年してこんな言い訳をしたくないが、きれいでかわいくて繊細な女性を嫌いな男がいるだろうか。もちろん人の趣味は多様なので、美しいものにまったく興味がわかないという男がいるかもしれないが、大半の男は好ましく思うものだろう。

 そして可愛いものが大好きなマティアスも、当然『好き』だと感じてしまう。


(だがしかし、これは淫らな目で見ているのではなく、子猫とか子犬とか小鳥とか、そういう愛らしい生き物をいいな、かわいいな、と思うような目線であって、決して人に言えないような劣情ではないっ!)


 この問答を朝から朝から百回は繰り返している気がする。


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