旦那様をその気にさせる方法・4
かわいらしい小鳥の泣き声と瞼の上をなぞる太陽の光に、フランチェスカは朝の気配を感じ取って目を覚ました。
(アンナが起こしに来るよりも早く目が覚めちゃった……)
そんなことを考えながらベッドの中で寝返りを打つ。
だがぼんやりとした視界に、長椅子に大きな男が腕を組んで横になっているのが目に入って、息が止まりそうになった。
「っ……!?」
発作的にビクッとベッドの中で体を震わせたが、寝椅子で眠っている男が夫であるマティアスなことに気が付いて、今度は全身からさーっと血の気が引いてゆく。
(えっ、どういうこと!?)
毛布にくるまったまま必死で考えて、ようやくピンと来た。昨日フランチェスカは疲れに負けて、夫を出迎える前にそのまま寝てしまったのだ。
「……」
一応自分の体を見るが、夜着に乱れもなければ体のどこかが痛いだとか、そういった違和感もない。
(ふーんなるほど……私は相変わらず乙女ってことね?)
フランチェスカはゆっくりと体を起こし、毛布の上にかけていた毛皮を肩に羽織り、寝椅子で眠るマティアスを見おろした。
彼は大きな体を寝椅子にむりやり押し込んだような体勢で、体の前で腕を組み、眉間のあたりに皺を寄せて眠っている。
(寒くないのかしら……)
暖炉はすでに消えている。
軍服を着ていた時にも思ったが、上下別の薄い夜着に身を包んだマティアスの体は、なおたくましかった。組んだ腕は太く筋肉が盛り上がっている。伏せたまつ毛は髪と同じ深い赤色で、昔図鑑でみた、南国の鳥を思わせる。
本当に自分とはなにもかもが違う、大人の男の体だった。
そうやってしばらくフランチェスカはマティアスをじろじろ観察していたが、
(なんだかいけないことをしているみたい……)
恥かしいやら照れくさいやらで、次第に見ているのが申し訳なくなってきた。
「あの……」
とりあえずマティアスを起こそうと、おそるおそる手を伸ばした次の瞬間、彼の目がカッと見開かれて手首がつかまれる。そしてフランチェスカの体は宙を浮き、気が付けば寝椅子に押し倒されていた。
「きゃあ!」
「わあっ!?」
フランチェスカが悲鳴を上げると同時に、マティアスも驚いたように声をあげた。
そして慌てたように上半身を起こし、フランチェスカに向かって深々と頭を下げる。
「すみません、つい条件反射で!」
「あっ……あ、そうですね、マティアス様は軍人でいらっしゃるから……そっか……はぁ……」
押し倒されたフランチェスカの心臓はバクバクと跳ねていたが、条件反射なら仕方ない。むしろいきなり驚かせてしまった自分が悪い。手のひらで胸のあたりを抑えて呼吸をしていると、マティアスが目を見開く。
「お体は大丈夫ですか?」
「えっ? はい、ちょっとビックリしただけですから」
フランチェスカがこくこくとうなずくと、マティアスはホッとしたように息を吐いた。そして寝椅子の上で居住まいをただすと「おはようございます。熱いお茶でも運ばせましょうか?」と少しだけ微笑んだ。
とにかく体が大きいので黙っていると少し怖そうに見えるが、ふとした瞬間に彼はとても優しい顔になる。
にこりと目を細めると目元に少しだけ笑いじわができて、それがとてもキュートだった。
「はい、でもあの……その前にちょっと……」
お茶は嬉しいが、まず確認しておきたいことがあった。フランチェスカも上半身を起こし、それから思い切ってマティアスを見つめた。
「昨晩は、私たちにはなにもなかった、のですよね?」
するとマティアスはすっと真顔になり、
「――ええ」
と低い声でうなずいた。
いかめしい顔が若干強張っている。
きっとフランチェスカの行いを苦々しく思っているのだ。
「……ごめんなさい、気が付いたら寝てしまっていて」
初夜をこなせなかったなんて大失態だ。申し訳なくなりながらぺこりと頭を下げると、マティアスは驚いたように目を見開き、慌てたように首を振った。
「フランチェスカ様が謝る必要などないのです。結婚の儀式は一日がかりだったし、お疲れになって当然です」
マティアスは本気でそう思っているようだ。
「でも、だからって夫を寝椅子に寝かせてしまうなんて、いけません」
部屋から出ずに寝椅子で夜を明かしたのは、マティアスなりのフランチェスカに対する気遣いなのだろう。だがベッドは、大人が数人が横になってもまったく問題がない広さだ。せめて隣で寝てくれればよかったのにと思わずにはいられない。
するとマティアスは一瞬視線をさまよわせた後、なにかを決意したようにフランチェスカを正面から見つめる。
「フランチェスカ様」
マティアスの大きな手で肩をつかまれて、心臓が跳ねる。
「は、はい……」
もしかして今から初夜の続きをやるのだろうか、と考えた次の瞬間、
「夫婦の寝室は別のままにしましょう」
マティアスは信じられない言葉を口にした。