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旦那様をその気にさせる方法・1


 結婚式を終え、すべての予定をこなして屋敷に戻ってきたころ、時計の針はすでに深夜を回っていた。それから慌ただしくドレスを脱ぎ、熱い湯船に浸かり、花嫁衣裳を着るとき以上に磨かれたフランチェスカは、これまた感極まったアンナにぎゅっと抱きしめられて「旦那様におまかせすればいいんですよ」と言われ、うなずいた。

 そしていざひとりになり、夫婦の寝室で夫が来るのを待っている。

 お茶でも飲みたい気分だが、あまり水分を取りすぎるのもよくないだろう。水差しからコップに少しだけ水を注ぎ、唇を濡らして我慢することにした。


(緊張するわね……)


 薄い夜着を一枚来ただけのフランチェスカは、天蓋付きのベッドの縁にすわり、すぐそばでパチパチと音を立てる暖炉の炎をじっと見つめる。

 文字通り、箱入りを通り越して世間知らずの自覚があるフランチェスカだが、夫婦になった男女がなにをするかくらいは貴族の義務として当然知っている。幼い頃、大人しか読んではいけないような本もこっそり盗み読みしていたくらいなので、それなりの知識はある。

 とはいえ、ただ知っているだけの知識と実践に大きな隔たりがあることも、わかってるのだが。


(まぁ、マティアス様は大人の男性だし、ご経験も豊富だろうからすべてをお任せして大丈夫よね)


 経験豊富――。

 自分でそうに違いないと決めつけておきながら、なんだかその言葉がちくりと胸を刺す。


(そういえば、愛人がいらっしゃるのかどうかお伺いするのを忘れていたわ)


 あんな素敵な人にいないはずがない。頭ではわかっているが、そのことを考えると、なんとなく胸がざわつく。

 結婚前は『気にしない』と思っていたはずなのに。


「……はぁ」


 寝室に入ってから、自分でも何度目かわからないレベルでため息をついてしまっていた。

 フランチェスカは膝を引き寄せ、ベッドの上で足を抱える。

 マティアスはどんなふうに『する』のだろうか。

 優しくしてほしいと思いつつ、今日一日壊れ物でも扱うようにしてフランチェスカを気遣ってくれていた彼なら、きっと大丈夫だとも思う。

 問題は彼がやせっぽちの自分にその気になってくれるかどうかなのだが、そこはもうどうしようもない。なんとかなると思いたい。

 そう、マティアスは結婚式の間も、それが終わってからもずっと紳士だった。領民たちへのお披露目のため、馬車で移動している間も終始フランチェスカの体調を気遣っていたし、同時に両親への気遣いも完ぺきだった。

 両親も結婚式を見て安心したようで、ジョエルと一緒に涙を浮かべてフランチェスカの結婚を祝ってくれた。

 とにかく今日、フランチェスカは一生分の『おめでとう』を聞いた気がするが、あれはマティアスが領主として領民たちに慕われていることの証左だろう。


(なんだか、我が事のように嬉しいわね)


 フランチェスカはそんなことを考えながら、そのままごろんとシーツの上に横になり目を閉じる。

 瞼を閉じると、儀礼服に身を包んだマティアスが領民に熱烈に祝福されていた姿が思い起こされる。

 両親や兄夫婦のような特異な事例を除いて、基本的に貴族の結婚に恋愛感情はない。結婚は義務なのだから、それを寂しいと思うことはない。仕事のようなものだ。

 フランチェスカだって、兄の推薦と『人嫌いなら貴族の社交の場に出ることもないし、執筆を辞めなくて済むのでは?』という打算で結婚するのである。

 だがマティアスが領民に慕われている様子を見て、彼の足をひっぱりたくないと感じていた。

 半ば強引に貴族の身分をかさにきて押しかけて来たのだから、彼の利益になるような妻になりたい。


(そうよ、与えられるばかりではだめ。私もあの方に与える妻にならなければ)


 だがマティアスは落ち着いた大人の男で、きっとなんでも持っている。彼に足らないものなど何もな気がする。


(手っ取り早く恩返しできるとしたら……やっぱり跡取りを産むことかしら?)


 むしろそのくらいしか思いつかない。


「よし、がんばるわ……がんばって……こどもを……」


 むにゃむにゃつぶやいていると、疲れのあまり全身がずしんと重くなった。

 フランチェスカはそのまま泥のように眠りに落ちてしまったのだった――。


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