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8話『動き出す』

 私立、日向第二高等学校。


 ───ここは、一応ある程度の偏差値を持つ学校だ。具体的な数字にして大体、六十六ぐらい。……まあ超高いわけじゃないけれど、そこそこ頭が良い集団が集まっている高校なのだ。

 なんと受験も一教科を選んで受験することができるちょっと特殊な所なのだが、中学生時代出来損ないだった僕は唯一ある程度出来ていた教科である『数学』を選択し、運よく合格してしまったのだ。


 だからもちろん、僕はこの高校でも出来損ないのまま高校生になった。


 周りは優等生ばかり。……彼らを、僕以外のクラスメイト全員を見るたびに自己嫌悪でこの世界から消えたくなる。

 本当に。


 ……例えその自己嫌悪をしてしまう原因が自分であるとしても、僕は現実を直視しない。そして僕は優等生を苦手──嫌いでありつづけるんだ。


 今日の授業は一旦小休止。

 四限目が終わり、昼休みの時。教室の隅に位置する自身の席で僕が耽読していると、ふと一人の同級生が話しかけてきた。

 言うまでもなく彼も優等生である。


 やれやれ、気が滅入る毎日だよ。


「氷室くん? ちょっといいかな。この課題、古文のやつ。出せそう? 明日提出でさ。先生にみんなのを集めておけと言われたんだよ。後は氷室くんと楓さんの分だけでさ」


「古文の課題? あー、……忘れてた。ごめん。明日出すよ」


「分かった。焦らずにね」


 そんな高校に通う僕の日常は、一点を除いては非常に普遍的なものだった。眼前に立つ丸眼鏡をかけた短い黒髪少年。名前は『日比野(ひびの)カケル』。この学年の委員長だ。優しそうな見た目通り、とても他人に優しい性格であり……それでいて学力は竜舞坂に引けを取らない。


「じゃ、また明日。もう一度聞きに来るから」


「悪い気がする……」


「大丈夫大丈夫、問題ないよ。俺は優しいから」


「……それ、自分で言うもんか? いや確かにそうなんだけれどさ」


 おかしなノリをする日比野。彼は冗談紛いの言葉を一つだけ机に置いて、また明日取りに来ると去っていった。どうやら彼が言っていた、もう一人の分を回収しにいったらしい。


 学級委員長。

 性格が良い所為で大変だろうな……。


 そんな風に達観しながら彼が去るのを見守るのと同時刻。


「氷室、ちょっと来い~」


 貝絵先生が教室前方の扉から僕を呼んでいるのを発見した。いつも通りのだらけたジャージ姿の彼女を見ると、時折心配になる。大人として大丈夫なんだろうか、あれは、と。

 他人事にそう思いながら、僕は読み途中の本のページをぱたんと閉じ立ち上がった。


 さて。

 じゃあアラサーさんの所へ行ってやるか。



 ◇◇◇



「何の用ですか?」


「竜舞坂に勉強を教える件、頑張っているか?」


「それは、頑張ってますけど……」


「その表情から察するに、やはり。あまり上手くいっていないようだな!」


 教室を出た廊下。で話すわけではなかったらしく、……僕は彼女に先導されて、ある場所へとやってきた。生徒が少ない、学校の屋上だ。


 ふつう学校の屋上に行くことは、危険だからという理由で禁止されているはずなんだがな。貝絵先生はそんな学校のルールを教職員の立場でありながら平然と破り、僕を立ち入り禁止区域へと(いざな)った。


 立ち入り禁止に立ち入る。

 僕はそんな優等生だぜ!


 ……勇投生(ゆうとうせい)だ。


 勇気を投げて生きるスタイル。

 要らない所に勇気を出す───そう、蛮勇だ。


 どうやら僕はそんな優等生からかけ離れた勇投生だったらしい。いいや、そんな非道に走る行為から友達を捨てる意味として、”友投生”でも意味的には適当かもしれないな。


 最も、僕に友達はいないんだが。

 ほぼいないんだが。


「まあ上手くいくわけがないでしょう。僕をなんだと思ってるんですか、彼女をなんだと思ってるんですか。やっぱり僕一人程度で、どうにか出来る話じゃないです」


「氷室はそうか、自分はどこまでいっても───自分は劣等生だと言い続けたいのか?」


「いや、そういうことじゃないですが。僕だってなれるもんなら、優等生になりたいですよ。自己嫌悪しなくて済みますしね」


「ふぅむ、氷室政明は向上心アリと!」


 今日は晴天である。空は限りなく広く、そして蒼い。僕はどちらかというと黄昏時の方が好きなのだけれど、こんなシチュエーションも案外ありかもしれないと思った。春にしては冷たい風が、僕の頬に衝突する。


「向上心はありますよ」


「まるで(あり)だな」


「はい?」


「蟻みたいに小さくて弱いのに、向上心は在りありなんだから」


 冗談きついぜ。

 数学教師、貝絵。彼女はもうアラサーなんだから、ちゃんと教師らしくしてほしいもんだな!

 少なくとも。アラサーなんだから、そんな親父ギャグ言わないでほしい。


「……今、心の中で私のことを馬鹿にしたか?」


「してません!」


「アラサーなんだから、そんな親父ギャグ言わないでほしいのか!?」


 それは思っていた。


「思っていません!」


「なら良い。良かったな。私は生徒に手を出す時は、本気でやると決めているからな。なにせ人生に一度きりの大事だ。私は千歯こきを凶器にするが、容赦はしないタチでな」


「もしかして思ってたら、地獄見てたパターンですか僕は!」


「まあ、千歯こきコースだったかもな」


 千歯こきは人を殺す道具じゃないだろう。脱穀するためのモノだったはずだ。それになんでわざわざ、そんな凶器にしにくそうなモノを使う? ……もしかして、その巨体を持ち上げて殴ってくるのか? 千歯こきを持ち上げて、僕の頭部を強打するつもりだったのか!?


 ……なわけないか。


 ……いや、彼女のことだ。あり得る。

 あり得る話なのが、怖い。


「で、話を戻しましょう」


「そうだったな。それで、だ。向上心のある氷室政明クンよ」


「はい?」


 目を(さら)す女教師は、にやりと口の口角を微かに上げた。


「お前は困っているんだろう? 竜舞坂の再教育に」


「いやまあ、そうですけど……」


「要はお前一人程度じゃ何も出来ないということなんだろう?」


「要約されてないですが」


 つまり、彼女は何を言いたいのか。

 本題を焦らされて、僕は声を荒げてそう揚げ足を取った。のだが、それを全く気にもしていない様子で貝絵先生は笑う。


「”要は”、お前にヘルプをよこして、それでいて勉強がしやすい環境を作ればいいんだろう?」


「──それが出来るんなら、もうとっくに僕は実践してますよ」


 そりゃあ、、僕にヘルプがいれば。彼女の勉強を手伝ってくれる他の人がいたら、どれだけ楽な話だろうか。楽に越したことはないし、メリットばかりだろう。……しかしな、僕はコミュニケーション能力が皆無な人間で、そんなことをお願い出来る友達なんて碌にいないんだ。

 そんな方法取れるわけがないんだ。


「……はあ、だろうな」


「肯定されちゃったよ」


「だからな、私がソレを用意してやるんだ。どうだ。やってみないか。『勉強部』。竜舞坂とお前でな! 因みに”やってみないか”と言ったが、これは強制だ」


「選択肢ないのかよ!?」


 強制で提案された、この案。そう。

 部活動として、勉強をしないかという……超真面目っぷりだ。そこで、他の部員に助けを借りながら竜舞坂の再教育をこなしていく。

 ということなんだろうけれども。


 そんな部活動、人が集まるとは到底思えないのだがな。


「まあ氷室。貴様が不安に思っているようなことは大丈夫だ。部員なら今のところ一人だけ確保しているし、ちゃんと美少女だぞ」


「先生!?」


 僕のことをなんだと思っているんだ──。

 そんな見え見えの餌で、決して僕は釣られたりなんてしないぞ? それより待て、さっき聞き逃せない情報があったような。

 部員を一人確保している? ちゃんと美少女?


 ……ふむ。


「先生、一生ついていきます!!」


 ……前言撤回!

 別にさ、餌につられたっていいじゃない!


「ふっ、そうか」


「ついていきます! いきます、ついて、ついていきます!」


「なら放課後、竜舞坂を連れて廃部してしまった卓球部の部室に来い。そこを勉強部の部室にするから」


「了解です!」


「竜舞坂には、既に話をつけているからな」


 そこら辺は変に用意周到な貝絵先生。流石というべきか、もうちょっと手をかけるところが違うんじゃないかと言うべきか。

 まあ僕は彼女の恩恵をかなり受けているので、とやかく言う筋合いはないのだが。


「そういえば、ですが……屋上って立ち入り禁止ですよね、入って良かったんですか?」


「氷室、ルールは破るためにあるんだ」


「教職員としてその発言はアウトじゃ」


 そういえば、と思い出した疑問を口にする。


「貴様、千歯こきコースでしごかれたいのか?」


 しかし、職権乱用を多用する貝絵先生の魔の手によって───僕の疑問(せいろん)はかき消されてしまうのだった。

 千歯こきコースはまずい。殺されてしまう。


 それにしても、なんて教師か。

 悪魔にも程があるだろうに。


「僕は何も言っていないです!」


「うむ。よろしい」


「職権乱用だ!」


「ん?」


「何も、言ってないでです!!」


「うむむ。よろしい」


 そういうわけで、僕は強制的に『勉強部』に入らされ、竜舞坂に勉強を教えなくちゃいけなくなるのだった。

 僕の冒険はまだままだ終わらない! のだが、ここで終わりたい! ……これから嫌いな勉強に励まなきゃいけないと考えると、人生終わらせてもいいぐらい嫌になる。


 そう思ってしまうような、最悪な昼休みの出来事はこうして終わるのだった。

勉強部とか実際にあっても、絶対入りたくないですよね。少なくとも、僕はそうです。そうだと断言出来ます。

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