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5話『青春戯言会話劇、はやく勉強しろ』

「勉強するっていってもさ、どこでやるんだよ」


「そりゃあマイホームだよ」


「マイホーム? 僕の家には、妹やら母やらがいて……一応女子であるあんたを家に連れていくなんて無理だからな?」


「一応ってなんですかー」


 あれから書店で一つだけ数学参考書を購入し、僕たちは駅からどこかへ向かうため桜の花びらが舞い散る並木道を歩いていた。舞って踊って落ちていく桜が、周りに建つビルの光などに照らされている姿には見惚れてしまいそうだ。


「失言とは言わせないぜ? これは事実だからな。竜舞坂には悪いが……あんたは女の子、女子っていうよりは可愛い妹ちゃんみたいだから」


「そ、そうなの?」


「そうだとも。少なくとも僕はそう認識しているよ」


「”一応”言っておくけど、一応じゃなくて私はれっきとした普通の女の子だからね!」


 そ、そうですか。

 理由も教えずに、急に僕を溺愛してくる女子が、れっきとした普通の女の子か。僕が想像していたものと随分違うな!

 ───だが、女の子と今まで十七年間の人生で絡んでこなかった僕は、完全にそれを否定することが出来ない。


 それは悲しいところである。


「で、だけど!」


 頬を破裂寸前のフグみたいに膨らませて、話を元に戻す普通の女の子。


「はい」


「マイホームっていうのは、私の家のことね!」


「竜舞坂の家……だと? いや、でもさ。竜舞坂さんちの家族とかに悪いし」


 女の子の家だと?

 ……それはマズいだろう。彼女は確実に僕のことを好いているとはいえ、しかしまだ公式に『付き合って』とはいわれてない恋人状態ではない、ただのクラスメイトの関係に過ぎないのだ。

 それだと竜舞坂の母親や父親に、なんて言えばいいのか分からないだろう。


 ”普通の女の子”ならば『ただの男友達だよ』と理由付け出来るのかもしれないけどさ。今の竜舞坂は、自分で言うのは気持ち悪いかもしれないが……この溺愛っぷりだ。


 しかも、今なら”優等生からたった一か月でその地位を転落させた彼女が連れてきた男友達”というレッテルをはられるだろう。


 圧倒的ヤバイ奴だ。


 それに。

 そんなの、竜舞坂のお母さんに喉を掴まれて絞殺(こうさつ)エンドになるか、即座に竜舞坂のお父さんに心臓を殴られてショック死エンドになることはまるで見え見えである!

 だから僕は断らせてもらう。


 つもりだったのだが、


「ごほんっ」


 と、彼女が咳払いして”僕の断りを断り”ながら、補足する。


「私の家、裕福だからさ。大人になるためのステップアップとして……、高校生から一人暮らしさせてもらってるんだよね。タワマンでさ!」


「……うぐ」


 そうだったらしい。

 つまり、僕が彼女の家にお邪魔したところで、僕を殺しにくるお母さんはいないし、僕を殺しにくるお父さんはいない……とのこと。

 なるほど。


 いきなり──女の子の家で、勉強会か。


 陰キャオタクの僕には少々レベルが高い気がする。彼女に好かれ初めてから、もう数週間程度が経過した。なので竜舞坂緋色とのコミュニケーションは段々慣れてきたのだが……、それでも陰キャオタク感は抜け切れていないのだ。


 若干不安が残っている僕。


「もう一回、聞くけどさ。竜舞坂の家で勉強会をするっていうことか?」


「そうだよー!」


「そ、そう」


「大丈夫だよね!? もちろん!」


 この世の中に、こんな可愛くて、自分を溺愛してくれる美少女にそんなお願いをされて、断れるヤツなんて本当のイケメンぐらいしかいないだろう。

 というか、それじゃなきゃ許されないはずだ。


 哀しき現実。顔面至上主義のこの社会では、僕のような弱者に……選択肢はないのである。


「……うん。もちろんだとも」



 ◇◇◇



 大理石の玄関。靴を脱いで一段上がって木の床。1LDKで、一人暮らしをするには十分すぎる広さだ。生活必需品はしっかりと揃っており、尚且つ女子らしくおしゃれなカーペットがあったり、可愛い人形があったりと、女子力抜群のマイルーム。


 僕みたいな陰キャオタク男子ならば思わず、この部屋に立ち入るだけでドキっとしてしまうような部屋であった。


「流石、お嬢様の家だな」


「どうもどうも! もっと褒めてくれても良いんだよ?」


「よっ、お馬鹿お嬢様!」


「誉めてないよねそれ? この部屋のベランダから落としていい?」


「それは、ダメだ───。だってまずさ、三十三階から落ちて生きている男子高校生がいると思うか? 吸血鬼だったり超人だったり、異世界帰り系の最強系じゃない限り、無理に決まってるだろ?」


 そう。


 僕たちが今足をつけているタワマンはなんと、駅から徒歩五分の立地に位置する良い所だ。そして三十三階にある一部屋。それこそが、竜舞坂緋色の家なのである。……エレベーターで上がって直ぐにあるこの部屋は、先述した通り中々広い。


「まあ別に、ひむろっちがここから落ちて死なない、なんて一言も言ってないし」


「そうですか……そうだったね」


「取り敢えず、あがってあがって」


「さっきの話題から『取り敢えず』で話題を変えられるあんたの凄さといったら、なんだろうな」


「私が惨いって!?」


「待て! (むご)いじゃなくて、凄いって僕は言ったんだよ。それは聞き間違いだし、勘違いだ」


 失敬。間違えてしまった。

 いや、間違えたのは竜舞坂の方か……。


 彼女が変な聞き間違い方をしてしまったせいで、一瞬焦ってしまう僕。しかし、混乱している暇はなかった。……彼女は悪魔なのである。更に氷室政明を追い詰めようと、彼女が嘲笑うのだ。

 彼女の気持ちなんて知らず……僕は女子慣れしているイケメンクールサムライを演じようと『やれやれ』と言いながら、手を頭に当てて目を瞑ってため息を漏らすのだが。


 そんな愚か者は気がつかない。


「じゃあ、これは?」


「うわっ、びっくりした!」


 ふと、僕の視界が真っ暗になっている間に背後へと回っていた彼女に気がつかなかったのだ。感知出来なかったのである。

 ……これは?


 ───僕の後方でにこりと問いかける竜舞坂(ドラゴンダンススロープ)


 ”これは”って、何だろうか。


「これはって?」


「さっきのは勘違い。今のは?」


「……感知外(かんちがい)、か?」


「せいかーい! ひむろっち、頭良いね?」


 馬鹿にされているんだろうか、僕は。ニコニコしながら始まったのは、やはり彼女の言葉遊びだった。いいんだよそういうのは。国語が大の苦手な僕からすると、全然いらない───これ、冗談抜きで、本当に。


「はあ、取り敢えず勉強するぞ」


「はーい」


 そういうわけで、僕たちは竜舞坂のマイルームで勉強を開始する。……玄関をあがって直ぐにあるリビングを利用することにした。1LDKなので、リビングと寝室は別室。そのため、広いスペースの中でくつろぎながら勉強をスタートすることが出来たのだ。

 まあ、女の子の家に初めて来た僕が……くつろげるワケなかったのだけれど。


「じゃあこの机でやっていい?」


「うん」


「……よ、よし。じゃあ、早速やるとしよう!」



言うまでもなかった。早く役目を果たせ、少年。

──次の話からようやく、再教育についての話が幕を開けます。

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