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3話『悩む』

 あれから教室へと遅れて戻り、古文の授業に出席した。しかし貝絵先生に頼まれた例の件について考えていた所為で、まともに授業に集中することは出来なかった。


 三十七人の生徒と、一人の教師が息をする二年五組の教室。

 閉まっているけれど、カーテンだけが空いている窓からは……暖かな陽光が差し込んできて、僕に当たる。


 窓際の席に座る僕『氷室政明』は、優雅にも頬杖をついた。

 窓際というのは、良い席だ。まるでどこかの世界の主人公みたいな気分で、黄昏に、感傷に浸れる。


「えーと、ここはーーだな。……こういうわけで」


 その中で続くのは、

 国語教師がひたすらに古文を熱弁し、前方のブラックボードに文字を連ねていき、ただそれを見るだけの退屈な授業だ。


 古文好きな人にはとても申し訳ないと思うのだが、───やはり僕はどうしても国語と相容れないらしい。これは国語ではなくて、酷語(ぐち)だけど。


 ……あれ、もしかして僕。

 上手いこと言えた?



 ◇◇◇



 五限目の国語。六限目の体育を終えて、放課後。

 僕はこれからどうしようかと悩みながらも帰り支度をしていた。参考書など自習に必要なアイテムを鞄に入れながら、ため息を吐く。

 ……そんな中でもやはり脳裏をよぎるのは、貝絵先生の言葉たちだ。


「──再教育っていっても、どうすればいいんだ? あの人は僕がそんなこと一人で出来るって思ってるんだろうか? そりゃ見当違いだぜ、アラサー教師さ……っと、やめておこう」


 小声でそう呟いて、貝絵先生への愚痴をついでにとこぼしそうになった。危ない。でも本当にどうすればいんだろうか。

 一応、僕は勉強を教えるのが大の苦手だと宣言しておくが……って、それを宣言しちゃダメか?


 人は思い込みが力になるって聞いたことがある。だからこれから『彼女を再教育』しなくちゃならないのに、自分で『彼女に再教育出来ない』なんて思い込んでいいんだろうか? 答えは、ノーだ。


 ダメだろう。

 思い込め。


 僕は人に勉強を教えるのが大の”得意”だ。

 

 と。

 

 ……だがそうはいっても、無理だろう。僕という人間は『赤点にだけは事欠かない男子高校生』なんだから。


「やっほーひむろっちー」


「リズム良く言うなよ」


「そ、そう!?」


 色々と試行錯誤しながら支度をしていると、一人の少女が嚙みつく犬のような勢いで駆け寄ってきた。──もちろん、その少女の正体は竜舞坂緋色だ。僕が悩んでいるのなんか気にせずに、ニコニコしながら迫ってくるのだ。


 ……ぐぬぬ。

 可愛いから許せちゃうのが、辛いところだぜ。


「で、どうしたんだ?」


「今日も一緒に帰ろ?」


「……あー、そうだな」


「むむ?」


 それにしても本当にどうしようか。コイツを再教育するって、どうすればいいんだよ……。全く考えが思いつかない。


 と。


「ひむろっち!」


「ん? びっくりした。なんだよ、急に大声出して」


「職員室から帰ってきてからのひむろっち、なんだか様子がおかしいよ? なんか返事が適当だし、疲れてる?」


 悩む僕に怒号を浴びせた彼女によって、ふと我に返るのだった。……どうやら僕は『これから』を考えるのに精一杯過ぎて、今に対して集中を割いていなかったらしい。そのせいで、竜舞坂への返事も適当になってしまったのだ。


 きっとそれが、彼女が怒号を上げた原因か。


 ……すぐさま謝罪する。

 別に疲れているわけじゃないさ。


「ごめんごめん」


「職員室で、何を話したの?」


 そしてずばり、彼女が聞いてきた。

 しかし僕は直ぐに答えることはしなかった。別にどう答えるかを思い浮かべることは、とても容易なことである。でも、それを口に出すことは決して容易ではなかったのだ。


 なにせ職員室で話したことは、『竜舞坂について』なのだから。

 それも、一か月で落ちた彼女の成績についてだ。


 そんなの簡単に、本人へと伝えられることじゃないだろう。


「……どうしようか」


「?」


 加えて放課後の学校とはいえ、この教室に残っている生徒は多い。十五人ぐらいはまだ残っていて、たむろって、友達同士で話し合っている姿が見受けられる。そんな公衆の面前でプライベートな話をすることはまず出来ない。


 なので、場所を移す必要があるのだが……。


 ぐぬぬ。こんなところで、僕の──陰キャパワーが発動してしまう。もし僕が生粋の陽キャで行動力が滅茶苦茶にあるのなら、すぐさま彼女を『カフェ』にでも誘って話が出来るのだが……。


 ──たとえ美少女に好かれようとも、僕が陰キャであることは不変なのだ。


 だから、そんなことは不可能。

 コチラから話す場所を変えよう、なんて彼女に提案することなんて無理なんだ。


 しかしだ。一点、僕は忘れていた。


「あー、ここじゃあれだし……本屋にでも行こっか? 私の好きな作家さんが新刊を出していたのを思い出したし。そこで話してくれる?」


 そう。

 どこまでいっても彼女は優しい人間であり、人を気遣えるということを。僕がもたもたしていると、それを察してくれた竜舞坂が僕にそう提案してくれた。


 こればかりは感謝しか言えないな。


 ……千載一遇のチャンスは、しっかりと掴み取る。


「え? ああ、うん。そうしよう」


 そうして、僕たちは下校して、最寄りの本屋へと行くことになるのだった。

青春は悩んでなんぼだ!

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