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2話『職員室にて、命令』

 竜舞坂を教室に帰して、五限目が始まる五分前。

 僕は……日向第二高等学校の職員室の中にいた。女教師が座る椅子の前で、姿勢よく立たされていたのだ。


 ……僕は、何をしているんだろうか?


 丸メガネをかけたウルフカットの数学教師。


貝絵(かいえ)先生、わざわざ僕に何の用ですか? もうすぐで、五限目が始まっちゃうんですが」


「まあ待て。落ち着けよ、助手クン」


「あんたの探偵ごっこに付き合っていたつもりはないんだけどな」


 数学教師。貝絵(かいえ)(ひとみ)

 丸メガネをかけた黒髪ウルフの、理論派女教師だ。学校の教師ぽくない雰囲気を放つ彼女は、ぱっと見体操服にも見えなくない蒼色のジャージを着用している。

 容姿は、教師とはかけ離れている彼女だが……。


 性格は教師らしい───なんてわけでもなく、ただのネットミームが大好きなアラサーだ。


「だから落ち着けと言っている。助手クン」


「はあ、ふざけているつもりなら……教室に戻らせてもらいますよ? これで授業に遅れたりして、あの鬼教師に怒られたりしたらたまったもんじゃないですから」


「大丈夫だ。古文(おに)教師には事前に話を通してある。氷室政明に少々話があるので、少し授業に遅れるかもしれないとな」


 こういうところだけ妙に用意周到なのは、論理派(すうがくきょうし)のサガなのだろうか? これでも彼女は僕の高校一年生時での恩師なので、あまり大きく反論出来ないのが悔しい。


「……でも古文の授業に出席したいので、出来るだけ早めに要件を教えてください」


「君は古文が苦手で嫌い。という話を聞いたことがあるんだけどな? 気のせいだったか。教えてエライ人!」


「傍若無人過ぎないですか?」


 一人でネタに走り、一人で笑って、一人で話を完結させる。

 そんな少しズレているような貝絵先生は、なんだか全然本題に入っていかなかった。もしかすると、ただでさえ嫌いな古文の授業……その授業を受けさせる意欲を減らそうとしているのだろうか。


 いや、意味が分からない。

 なんで先生がそんなことしなくちゃならないんだ?


 そんな疑問を僕の脳内で駆け巡らせていると。



「竜舞坂」



 目の前のアラサージャージは、そう告げるのだった。たった一単語。人名。この日向第二高等学校の、一人しかいない苗字部分を口に出したのである。珍しい苗字であるが故に、この学校でソレは固有名詞そのものだ。

 そう。竜舞坂緋色。彼女を意味する、単語。


 一か月前までこの学校にて、『勉学』でも『運動』でも『人望』でもトップクラスに位置していた優等生。

 その名前を彼女から聞いて、僕はちょっとドキっとしてしまった。


「竜舞坂が、どうしたっていうんですか」


「君も彼女について、知っているだろう? 一年生時の成績時点で、うちの三年生の模試、学年一位なんかよりも遥かに点数を取る優等生───天才の名前を」


「そりゃあ、知っていますけど」


「そして、二年生の五月。四月まで順調だった彼女の成績が、ここ一か月で急にヒビが入った」


 そう。彼女はこの一か月で、成績が落ちた。それは何の外連味もない、正真正銘の事実である。


「知ってます」


「その原因が、分かるか……?」


「え? いやあ、分かりません」


 ───ここで、普通言えるか? いやあ、彼女はね。僕に溺愛しているあまりに、成績を落としちゃったんですよ。なんてさ。……言えるわけないだろう。なにせ僕は、偶然彼女に好かれてしまっただけの陰キャオタクだ。そんな自慢げに語れるエピソードではないのだ。


 今回の”事件”というものは。

 でもまあ、原因は完全に僕である。

 それも正真正銘の事実だ。


 そしてわざわざ僕を職員室に呼んでこんな話をするもんなんだから、とぼけたりして言い逃れ出来るはずもなかった。


「周りの生徒や先生からの話なんだが、なんと彼女は氷室に溺愛しているあまりに、成績を落としたらしいじゃないか。……本当か?」


「とても否定したいです。が、否定するとソレは嘘になる……とだけ」


「つまり、本当なんだな」


 僕の応えを聞いて『意外だが、やはりか』と矛盾する小声を漏らす貝絵先生。頭を抱えている。……困ったリアクションだ。どうすればいいのか、分からないって思っているんだろうな。

 僕もそうだから。


「高校生の恋愛は、誠に結構。……健全にやってくれれば、何の問題もない」


「はい」


「だがな、高校生の本分はあくまでも勉強だ。こういう事を言うのは、私の柄じゃないんだが……勉強以外のことにふけりすぎて、勉強を疎かにしてしまったらそれは高校生失格なのさ」


 正論だ。彼女の言っていることは正論である。

 ……恋愛は好きにしたらいい。だが恋愛に熱中しすぎて、高校生がするべき本来の仕事を疎かにしてはいけない。と。

 そりゃそうだろう。


 僕たちはなんで高校に通っているのか?


 ───学歴? ──未来? ───友達作り?


 答えは、その全てであり、その全てを達成するために必要不可欠なのだが『勉学』なのである。

 まあ僕は中学校卒業時点。高校入学時点では気持ち悪いぐらいのナルシストだったせいで、友達なんて作れなかったんだけどな。


 それはともかく。

 彼女の正論に僕は賛同した。


「それは、僕もそう思ってますよ」


「そうだろう? 氷室は良い意味でも悪い意味でもひねくれ者だろう? だから、理解してくれると信じていたぞ」


「この学校の教師陣で最もひねくれ者の先生には言われたくないですけどね!」


「まあまあ、それはともかく。そういうことなワケで、先生たちは竜舞坂の成績……その落ち度に驚いているというか、心配しているんだ。どうにか元に戻ってほしいと願っているそうだ。もちろん、私もな」


 話の結末が見えてこない。結局、先生は何を言いたいんだろうか……? 悪い予感が僕の背筋をよぎり、背筋に悪寒が走るのだが気にしないでおく。


「だから、氷室。この一件の大原因である君に一つだけ罪滅ぼしとしても、提案したい」


「な、なんですか……」


 椅子をくるっと回して、彼女は僕の方へと体を向けた。そしてどこかニヤけているような、ふざけているような瞳で貝絵先生が提案する。


「氷室政明。お前が竜舞坂に勉強を教えて、彼女を”元の優等生”だった状況になるように……再教育してみないか? ってな」


「はあ!? 僕は人に教える力なんてない、馬鹿ですよ?」


「そう。だから彼女に教えるためには、自分も勉強しなくちゃいけない。なので自然と彼女に勉強を教えている内に、自分も頭が良くなる仕組みだ」


 そんな提案、受けてたまるか!

 一石二鳥とでも、言いたいのだろうか? ……一件とても良さげな案だが、僕は引っかからないぞ。勉強を教えて頭が良くなる、とかそういうのはどうでもいいんだ。

 彼女は知っているはずだぞ?


「先生は知っていますよね? 僕が優等生が苦手だという話」


「知っているよ、もちろん」


 そう。この提案には、欠点がある。

 僕が受ける場合だけ存在してしまうであろう、欠点。そう。……彼女を再教育するということは、竜舞坂緋色という人間を優等生に戻すという意味なんだ。

 そして僕は優等生が苦手。


 すると、起こる未来は見えている。


「君は優等生に戻ってしまった竜舞坂に、身勝手に失望、落胆でもして……怒鳴って突き放すだろうね」


「分かってるじゃないですか、僕のことを」


「……でも、私はそんな性格の君を再教育したいとも思っているんだよ」


 氷室政明という人間はどこまでいっても、根本はクズである。


 一年生。貝絵先生のおかげで比較的収まったとはいえ……、僕というのは『努力しないくせに、努力して才能を伸ばした他人を妬む』、『能力のある人間を心の中で見下す』、ただのクズなのだ。


「高校入学当時。ハッキリ言って君は終わりみたいな人間だったよ……、友達なんておらず、無駄に高いプライドを持っているナルシスト、そして他人を見下す」


「──黒歴史、ですね」


「で、君はそんな黒歴史時代に逆行したいのか? 『優等生を苦手』だと意識を持つのは構わないけれど、だからって、そういう人間だからって、拒絶して壁をつくってしまうのか? そんなことしてたら、社会ではやっていけないぜ?」


「……」


 これは、彼女なりの警告。

 この事をキッカケとして、僕という人間のダメな部分を徹底的に直さないと……後で取り返しのつかないことになる。という人生の先輩からの警告であり、忠告であり、アドバイスなのだろう。


「……へい、分かりましたよ。まだ僕は納得してないですからね」


「ふ、それでいい。どれだけ時間がかかっても、納得出来なくても、今はちょっとだけでも理不尽に触れておくといいさ。もしかすると、そのおかげでその捻じ曲った性格が気楽になるかもしれないし。そうだな。これは先生として、君に対する補導だ」


 そして、貝絵先生は意気揚々と僕に指を差した。

 ついにとうとう、提案じゃなくて、強制(めいれい)になやりやがったぞ。



「氷室政明よ。責任をもって、竜舞坂緋色を再教育して優等生に戻すんだ!

 そして同時に、君自身の性格を再教育してみよ!」



 これは命令だ! 彼女は嬉しそうに笑いながら、そう宣言するのだった。……僕的には『まじかあ』と古文の授業を受けるよりも、テンションが下がってしまう出来事だったんだけれど。


 だがこの決定は覆せるものではないので、僕は仕方がなく受け止めるのだった。

 仕方ない。やってみよう。


 僕はこれでも、現実を受け止めるのは得意なんだ。



こんな女教師が恩師だったらいいのにと、僕は日々妄想に勤しんでいる──。

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