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第14話 ライフノート

 アラームにより目を覚ました午前七時二十分。普段寝起きの良い優気ゆうきは早速洗面を済ませようとするも、昨日のダンベルトレーニングによる疲労が目覚めを阻害する。そんな状態だとしても学校へ行くことは怠らず、とぼとぼと身支度を整えた。


朝食を作りにキッチンへ移動していた際に一件のメールをスマートウォッチが受信した。差出人は怜真れいまからで、『今日学校行くから前にあった人に会わせろよ。さもなくばお前の性癖をばらすからな』とのことだった。脅迫まがいのメールが唐突に来たことから朝から困惑する。普通の人生を送っていたらこんなメールが来るわけがないのは明白で、なんなら何か法を侵したような罪悪感に見舞われる。


また、変わった性癖など持ち合わせていない優気にはノーダメージで、くだらない冗談の類として受け取った。一見弱みを握られているような文書ではあるが仕方なく、くだけた了解の意を送った。


___________________________________

 

 学校に着き、教室の前に怜真が立っていた。こちらを見ている表情は明るいものだったが、何か言いたげな感情が醸し出ていた。


「怜真って今日和道部休み?」


意外にも優気から口を開いた。もうすでに変えられない選択に悪あがきをしても無駄だと考え、大人しく怜真を迎え入れる魂胆だろう。


怜真の所属する和道部とは日本の文化を広く体験する活動内容である。一年生の時は硬式テニス部に所属していたが、黄色い声援がウザったく思え、二年の頃になんとなく入部するも、想像を超える内容の濃さに日々何かに追われていた。


「いや、サボる。ちなみに休みは水曜日だけ。春はお茶と和食作ったり研究したりして、夏は浮世絵大会出て終わりなんだけど、これがほとんど平日埋まってんだよな」


「わざわざ予定こじ開けてサボんなくてもいいと思うけど」少し首を傾げて声色を明るくしながら儚い抵抗に試みる。しかし、わかりやすい感情の意図を把握した怜真は、おもわず苦笑を浮かべた。


「いや、俺にとってはサボるほどのビッグニュースだからな。大体俺の性格わかってんだろ?」


「お前の性格はなんてわかってるに決まってんだろ。傲慢で高飛車でエトセトラ」


「言いたい放題ね~、って十人十色のオープニング歌わせんじゃねぇよ!」


一連の流れに二人の表情がくだける。二人はアニメオタクの璃久瑛りくあに常日頃からアニメを勧められている、もとい強制的に見させられているため、今のアニメしか見ないアニオタよりかはかなり前の作品も知っていた。くだらない茶番だが、お互いしか知らないようなコアなもので笑い合えるのは何か特別な感情にさせてくれる。そんな体験していると朝のホームルームを知らせるチャイムが鳴り、放課後一緒にアジトへ行く約束をして教室に入った。


___________________________________


 帰りのホームルームが終わり、優気と怜真は身支度を整え空き教室へ向かった。怜真はこの日までたまりにたまった疑問の山が遂に瓦解することに少し高揚していた。

ところが、移動中に何度か優気に話しかけるも、あまり浮かない返答ばかりであしらわれているように感じる。それほど怜真には打ち明けたくなかったのか、またその理由はなんなのか静かに考えていた。

 

 廊下を一番奥まで進み、空き教室前に到着したが、あまり慣れない場所のため怜真は教室内を傍から観察する。もちろん誰もいない教室に疑問符を浮かべ、当然ながら困惑する。この入り口をくぐると風景と感覚が全く別の場所に変わるといった有り得ない事象が起こるとは知る由もなく、優気の口から発せられる言葉を待つのみ状態が続いた。


「じゃあ、空き教室に入ろう」


優気にしてはかなり力の抜けた声で、いつもとは違う雰囲気から何か不気味さを感じた。


「けど中には誰もいないし、違うところなんじゃないのか?あと、」「いやここで合ってるよ。さぁ中に入ろう」


優気の様子のおかしさを指摘しようと言葉を続けるはずだったが、被せ気味にどんよりとした声が発せられる。背を向けたまま暗いオーラを感じたため、もちろん怜真は納得するしかなく、空き教室に一歩二歩と足を進める。


すると、優気のスマートウォッチから大きなBGMが流れた。


「勝った…!」


急に奏でられた盛大なクラシック音楽が響き、全く状況を把握できない怜真は優気の表情を背から覗き込もうとした。


「計 画 通 り」


口角を少し斜めに上げ、鋭い目つきでニヤリとゲス顔を浮かべる。優気が始めたのは大人気漫画、ライフノートの名場面の再現だった。


壁の方向でボソボソと小声で呟いていたため、怜真からはハッキリと聞き取れず、どのようなリアクションを取ったら良いのか混乱し、少し無言の状態が続く。


当の優気も、このアクションを取った後は何も考えていない様子で、一刻も早くこの状況を打破してほしい言葉を待つ者と、この状況に理解が出来ず困惑する者のすれ違いの齟齬の幕が上がる。


居ても立っても居られなくなった優気は「じゃあ、中入ろっか」と声を上げ、自らこの空気の脱出へ向かった。優気から先に教室に入り、後に続くように怜真が入室した。

 

 先程までの空き教室の姿がテレビの砂嵐状態にカラフルな色付き施された光景を目にする。それらがぐにゃぐにゃと歪み始め、どこかの大きな家のリビングが目の前に広がった。


怜真は感じたことのない体験に当惑し、「どういうことだ」と言葉を漏らしながら部屋中を見渡す。キッチンカウンターを挟んだダイニングテーブルにパソコンを前にしてうひゃひゃキャッキャッとはしゃぐ外国人が三人と見たことのある青年、スサノオが並んでいた。


優気の顔を確認すると少し頬を赤らめており、その瞬間外国人と青年のいるダイニングテーブルに早歩きで向かっていく。


「クッソ恥ずかしかったですわ!!もうこんなこと二度としないから!!」


いやー面白かったね~と再びその男たちは談笑し合い、優気もおもわず笑みがこぼれていた。


「いや~迫真の演技だったなあ」


「結構表情も声の雰囲気も似てたよな。大体お前がじゃんけんで3回一人負けする方がおかしいんだよ!」


「サンマ3連敗が悪いヨ!けど、おもしろかたヨ!!」


「あの、これはどういうことでしょうか」


何も知らない怜真が恐る恐る尋ねる。自分をダシにして笑いを取っているようなしょうもないことだろうと察しはついていた。


「ごめんな怜真。この部屋に連れてくる直前にライフノートの『計画通り』ってシーンの再現をしなきゃなんなかったんだ。だからずっと静かにしてたんだ。本当にごめんなぁ」


俯きながら少し笑い気味にそう答える優気に対して、怜真は胸をなでおろした。


怜真自身ここに来ることは合意の上ではあったが、優気がここに連れてくることを望まない中、強引に押し入ったことを引きずっており、本心から傷ついていたのかと少し心配していたのだ。それがアニメのワンシーン再現のための沈黙だと判明し、気づけば「なんだぁ」とおもわず声をもらし、安堵する。続けて怜真は手を顔の前に持って来てごめんというジェスチャーを取った。


「悪いが、ライフノートは漫画しか読んだことないんだ。だから、アニメ版のBGMもわからなくて上手くツッコめなかった。こちらこそすまん」


あるのは怒りではなく、責任だった。


というのも、途中から明らかにネタのような流れを察することが出来ていたにもかかわらず、一連の流れに一塩を振ることが出来なかったことを悔いていた。怜真にとってこの感情は、大事なテストの直前に見ていたテスト範囲の問題部分が、いざテストに出てきたのは良かったものの、結局答えは分からず終いに終わったことと似ていた。


そんな惜しい出来事は日常でもよくあるということはなく、怜真にとっては珍しいことで、百点満点を取れてはずのテストでケアレスミスをして九十八点となる現実に近い事象である。そう考えると嫌な出来事だということは誰でも当てはまることだろう。


思わずこのお笑い芸人顔負けのプロ意識に他の四人は感心を寄せていた。普段の生活はどんなことにも笑いを取らねばならない環境下にいるのか、あるいはとある日本人に芽生えるお笑い魂の表れか、第三者にとってこの連携には理解が出来ない状況であった。


 「というかなんでそのシーンの再現をしなきゃなんなかったんだ?」


「ただ連れてくるんじゃつまらなかったから何かやることにしたんだよ。それで、白い肌だが心は真っ黒なウォックがライフノートのシーン再現しようと提案したんだ」


フィルセルが陽気に解答をするが、その文言の中に明らかな差別的な発言が含まれていたため、ウォックはいつものが始まった、と喜んで脳内のエンジンを蒸かした。


「そして、ここにいる5人で3回じゃんけん。で負けたらそいつが再現するっていうのをこのクソみたいな汚ったねぇ肌のフィルセルってやつが提案して、優気が選出されたってわけよ」


「ウォック。お前は罵倒のレパートリーが少なすぎるだろ。もっといい言い回しはないのか?それとも天才すぎてもう頭がホワイトアウトしちまったか??」


「うるせぇなフィルセル。オレは今ネタを温めてる最中なんだよ。もっとも、汚れた肌のお前だからこそそういうことがすぐに言えるんだろうな。今すぐ黒人だらけの国に行って同志と一緒にカカオ豆でも採っとけよ」


途轍もない差別発言のラッシュに困惑し、怜真は何が何だか分からなくなる。困惑する怜真に「いつものことだから大丈夫ネ!!」と元気よくリュウが諭すが、これが平常運転なことに気が知れない様子だった。


「こ、これが『日本と海外のトラフィックチャンネル』ってやつか…」


自らを落ち着かせようと自身の趣味の造語を言い出した。二人の言い争いはピタリと止まり、一同が聞いたことのない言葉に理解を示そうとする。


しかし、共感性羞恥が発動した優気は意味が解明されると地獄のような空気になることが容易に想像できてしまい、奇声を発して阻害した。


四名の者らは突拍子もないカオスな言動に落ち着きを求められたような気がしてくると、その結果、どちらのアクションも何なんだと啞然に感じ、皆一歩引き下がった。


「それにしてもゆうきは案外演技うまかったな!ほら見ろよさっきの映像!」


スサノオがテーブル中央にあるパソコンをこちらに向けてくる。画面には先程の動画が映し出されており、「確かに漫画のあのコマみたいな表情じゃん!」と再現した当人が笑みを浮かべながら関心を寄せる。


「というかカメラの位置がバッチリだ。これはいったい誰が」


「ボクが設置したヨ!」えっと、と名前が分からず言葉に詰まったところを「リュウでス!リュウ・チャン・ユー、よろしくネ!」と明るい返答が返ってきた。その後リュウとカメラの位置とこのシーンを深掘りながら話を進め、コミュニケーションを取り始めた。


「ぶっちゃけ自分でも結構似てんなって思ってます」

そう白状するとスサノオが笑いながら共感の意を示した。


「もしやサンマ三連敗はわざとで、これもまた『計画通り』ってわけか!?」


「んなわけないですよ」笑いながら優気は否定するが、フィルセルとウォックは顔を見合わせて「本物の朝神太陽だぁ…」と啞然とする。


「僕たち天に召されるね!!」大声でリュウが驚嘆し、またもやフィルセルとウォックが「うぁあああ」とわざとらしい声を上げて身を引いた。くだらないやり取りだが、ここにいる誰にとってもこの現場は明るく愉快な空間が広がっていることを実感する。それはここに連れてこられたばかりの怜真も同じ感情だった。


 その後もダイニングテーブルで談笑はしばらく続く。階段を下るような音が家中に響くも誰もその音には興味を示さなかった。


「いつまで遊んでるんだ!!」


大きな声が部屋に響き渡る。部屋にいる全員が声鳴り響く方向を見ると、リビングの入り口で仁王立ちをしているジャンジャンがむすっとした表情でこちら見ていた。ため息をつき、こちらに向かって歩み始める。


「大体お前ら本来の仕事はどうしたんだ?もう終わったのか。先日課したばかりなのにかなり手際がいいんだな。じゃあ、そろそろ突撃準備でもするか?はっはっはっ」


外国人三人衆の目の前に立ち、次の瞬間ギロリと鋭い視線で三人を小突く。それはまるで死神の鎌に首を掛けられた感触を味わっていたようだった。


「早く持ち場に戻れ」三人ともひぃいと甲高い声が飛び出し、怖じ気づく。席を立ち、とぼとぼと階段を上がって持ち場に戻る三人衆の姿は優気にとってシュールな光景であり、ジャンジャンの怖さを初めて知った。


「はぁ~全くしょうがない奴らだな」


「あたかも他人事を装ってるけど、スサ、お前の笑い声は2階に居ても聞こえてきたぞ」


「あ~バレてたか。わりぃわりぃ」


後ろに長く伸びた髪をわしゃわしゃと手櫛で揺すりながらそう答えるが、反省の色は全く感じられない。そんなことだろうと慣れたくもないリアクションを取るスサノオに見切りをつけていたジャンジャンはダイニングテーブルの真ん中の席に座り、怜真を真ん中の席に移動させるように優気が軽く促す。


その動きに倣ってスサノオがジャンジャンの隣に移動し、優気は怜真の隣に腰を下ろし、向かい合うように座る。傍から見ると、担任教師と学年主任の教員二人と生徒とその親という四者面談の体制だが、教員サイドが有り得ない髪型ということでその雰囲気ではなかった。


「前置き茶番が長くなってすまないね。さぁ本題に入ろう」冷静な声でジャンジャンは優気話した自身らの立場や先日の怪物などのことを講じ始めた。


ポイントがあると多くの人に読んでもらえるとのことらしいので、面白いと思った方や少しでも続きが気になる方は是非評価をよろしくお願いいたします!m(__)m

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