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第129話 矜持の果てに

明日は20:25に更新します

 圧倒的な自信からなる威圧を相対するピーロヴィアはひしひしと感じていた。幾年ものジレンマが解消され、覚悟が決まったのか、大きなフードで表情は見えないものの全てが吹っ切れた様子。


仮面の下から再生していく優気(ゆうき)を横目に見る。元の上半身が完治しており、治療のペースを踏まえると後三十分も経てば意識も回復するだろうと推測できる。


だが、標的のことよりも優先しなければならないことがある。神の使者として、これまでの自身を創り上げたプライドにかけて問わねばならないことだ。


「な、なぁ~ぜ私が貴方を負かすことが出来ないと言えるのでしょ~うっかぁっ?」


「簡単なことだ。俺はお前のくだらない玩具遊びが面白いと感じないからだ」


「何ですとぉっ!?」


「もぅ…さっきから気付いていないから教えてやるむぅ」


ため息交じりの声は気怠けに身体を起こさせるも、そんな言動を目の当たりにされ、思わず眉間に皺を寄せるピーロヴィアは、奇しくも数滴零れた血と同じ顔色を浮かべる。


「お前は自分の奇術に相当な自信を持っているようだが、満足という感情は人それぞれであって、俺からすれば何も面白くない。そんな奴が興味を引こうなんて烏滸がましいにも程があるんだよ」


向けられたナイフに反射した光がフードの内部を照らし、真っ赤な鼻口が薄っすらと視認できる。しかし、ピーロヴィアはそんなことに興味を惹かれる程ではない状態だった。


懊悩とした気持ちが苛立ちを煽る。流石に我慢の限界を迎え、再び杖を現前させると片手に握りしめていた優気を放り投げる。シルクハットの(つば)に触れ、流れに沿って白のタキシードに付着した汚れを払う。対象へ奇術を行う者が戦闘体制を整えた。


合成獣(キメラ)如きがぁ…口の利き方に気を付けろ」


胡散臭い話し方が無かったかの様に、あからさまな苛立ちだけがモグフィンへ向けられる。


「人でも動物でもない失敗作が…!」


「むぅ…ならば碌に戦闘も出来ないお前は贋作だな?」


両者の煽りが止み、静観状態が続く。


 優気の再生時間が稼がれることはピーロヴィアにとって大きなマイナス要素だったため、足に神力(じんりょく)集中させ勢いよく近づいた。


モグフィンも対抗するように近づきナイフを向けると、ピーロヴィアの杖とナイフが大きな音を立てぶつかり合った。


両者の一撃目は反発すると、これまでの戦闘においてトップスピードの攻撃が何度もぶつかり合う形となる。先の戦闘を踏まえれば力量はこちらが優勢。その情報がある限り、相手から仕掛けることは明白のため、あたりに注意をしながらモグフィンは何度も攻撃をはじき返す。


すると、杖が伸び、左肋鎖間隙を強く突かれた。防弾チョッキが身を守るも、強い痛みが走る。だが、長年積み重ねてきたキャリアから、攻撃の命中後は防御が疎かになりやすいことを把握しており、すぐにカウンターを狙う。左足で上腕骨を下から突き上げると空いた身体にナイフを突きつける。


カウンター後に受けたダメージは大きく、ピーロヴィアは後退のステップを取っていたことで、この追撃は命中せず、両者距離を取る形となる。杖の伸びた範囲(レンジ)の変化ということもあり、ナイフの弱点を思い知らされる結果となった。だが、左腕を庇うピーロヴィアを見るとカウンターの効果は絶大なものと言える。


 そうとなれば攻撃を緩めることは愚策である。内からナイフを取り出すと思い切り投じる。ピーロヴィアは簡単に回避するもエネルギー弾を放出して対抗に出る。


「お返しで~っすっ!」


杖を放るとこれを余裕を持って回避。だが、ピーロヴィアの狙いはその回避にある。モグフィンの上空に舞う五十二枚のトランプが攻撃を躱したボーナスのように降り注ぐと激しい音を立てて爆破した。


ピーロヴィアは予想が命中し、手応えを感じる。だが、これまでの交戦を踏まえればまだ勝利宣言には早い。


少々の煙立つ空間から殺意を察知すると再び投じられたナイフが顔横を掠める。横目で見たナイフは壁に突き刺さっており、視線を煙の方へ移す。フードは残っていたが、分厚いコートの一部が破け、真っ黒な体毛が微かに見えたその姿は防御に特化した服装が相まって軽傷に事を済ませていた。


殺し屋の意地なのか、フード越しから睨まれているような感覚がピーロヴィアの内心をかき乱す。


「おぉ~のぉ~れぇ~っ!」


神器の杖を現前し、今日最も多量の神力を込める。ダメージを負った今、距離を詰めるともう一度ナイフが投じられた。


簡単に弾いたのも束の間、何かを宙で引く所作を見せると、背後からスルスルと聞きなれない音が近づいてくる。思わず振り向くと、壁に刺さったナイフが背後へこちらに刃を向け、凄まじい速度で向かっていた。


すれすれのところで首を傾け回避し、視線を前へ戻す。モグフィンのフード横を掠めていく光景が映り、思わず笑みが零れてしまう。


内側に収納されたナイフを取り出す時間も無ければ、私の攻撃は手負いの者に与えるには十分な火力。このままフード越しから首を弾く。


____待ってました、とも言わんばかり


常人には反応できないスピードで向かって来るナイフの柄を人差し指と中指の隙間で掴むと、思い切り振られた杖を潜り抜ける。クナイのように握ったナイフでガラ空きの懐に吸い寄せられるように腹部を刺した。


「んぐぅッ…!」


ピーロヴィアにとって、これまでに感じたことの無い激痛が走るも、そんなことお構いなしにモグフィンの持てる力持って押し付ける。


首を狙いたいものの、優勢な現状において刈り取るには焦る必要は無いと判断し、ナイフを抜いて蹴り飛ばす。


 白きタキシードは鮮血が滲み出ており、当のピーロヴィアは腹部を抑え、ぜぇはぁと大きく呼吸を整える。使術(しじゅつ)を使うことのできないピーロヴィアにとっては、かなりの痛手であり甚大なダメージに変わりはない。再び前を向くことで虚勢を張る。


「おのれぇ…おのれおのれおのれぇ~っ!」


明らかに冷静さを失った余裕のない大きな声が無情に響くも、モグフィンは静観を貫く。自信過剰な奇術に驕りを見せた者の末路にも似た虚しさが垣間見えた。


 だが、こんなことでは終われない。胸元から一枚のトランプを取り出すや否や、ハンマーを叩くように右腕を向けた。可笑しなことに腕は空間を無視するよう、トランプの中に吸い込まれていくと、部屋中央部に設置された机の上から腕が現れた。先のぶつかり合いの際に念を入れて巻いていた種が実った瞬間である。


モグフィンの反応が遅れ、首元を思い切り掴まれるとそのまま握り潰される。ここまでの力は連動して腹部にも発生し、当然痛みもやってきたが、そんなことお構いなしに今持てる力をフルに込める。ピーロヴィアにとって、最高の好機とも言える機会を逃すことは出来やしない。


だが、モグフィンの苦しみは数秒。伸びた腕を目にも止まらぬ速さでおろすと、離れたピーロヴィアは絶叫を上げた。


庇う右腕は赤に染まり、高貴なる絨毯や壁紙に血が舞う。何とか相手にダメージを負わさねば。一心不乱の状態から、左手で神力のエネルギー弾を隠したシルクハットを投げ込むも、見事に斬り落とされる。この斬撃から何かが折れる音がした。


「ば、バケモノがぁ…」

「あぁそうだよ。俺はバケモノだ」


 この戦況を何も知らず、ましてや自身の身体が回復していることも知らない優気にピーロヴィアは離れた左腕を向けるも、その先にはナイフが投じられた。『その行為は御法度だ』と告げるような守護ぶりに薄ら笑いが込み上げる。


 自身の奇術が通用することもなく、はたまた、たかが合成獣相手にこの惨状。ピーロヴィアは満身創痍の身体をゆっくりと起こし、最初の戦闘体制のように神器を現前させた。次の攻防で勝敗が決まる。そんな雰囲気すら湧き上がると、モグフィンもナイフを一本取り出し構えた。


 「んぉぉおぉおぉぉぉおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉおおぉぉおおぉぉぉぉおお!!」


ピーロヴィアが先に動き出し、モグフィンが迎撃する形で動き出した。全速で立ち向かうモグフィンとよろめきながら近づくピーロヴィア。対照的な二名だが、既にピーロヴィアの身体中から多量の血が流れ落ちていたことから、大声を出して痛み紛らしていると解が出される。


 勢いになぞるように、戦闘の終幕も下ろされた。振り下ろされた杖をナイフで弾き返すとフードの中から肥大化した口が現れる。


全速のまま、武器を持たぬ相手の首を大きな口で喰らった。そう、()()()()、喰らった。一瞬にして()()は行われ、人よりも強化されたスピードにブレーキをかけ踏みとどまる。


 モグフィンの背後には首から上の無いピーロヴィアの姿が倒れる。多大なる出血とサラサラと消えゆく神力。故に勝負あり。


振り向いて死を確認するとペッ、とピーロヴィアの顔面を吐き出した。


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