嵐の中で
武蔵食堂。帆華艦長の挨拶が始まった。
「みなさん、少しだけバタバタしてしまいましたが、性能テストも無事終わりましたので、お待ちかねの出航記念懇親会を始めたいと思います。なんと懇親会の目玉イベントとして、たこ焼き、ベビーカステラ、チョコバナナ、綿菓子の屋台を準備しておりますの。わたくしは綿菓子屋台を担当させて頂きます。キャラメル味の綿菓子がお勧めですのでご期待下さいませ。さぁ、懇親会を始めましょう。」
「艦長の中で敵艦隊全滅は、あくまでも性能テストなのデスね。」
艦長を怒らせるのは絶対にやめておこうと心に誓ったミミであった。
船医の杉下はミミと2人でなにやら話し込んでいる。話題は艦内に置いた観葉植物の塩害対策らしい。流石は元園芸部の先輩後輩と言ったところだろうか。
凪沙と拓海は操艦時の再現をしているらしく、手をひらひらさせながら体を前後左右に傾けて盛り上がっている。
試験クルー達は、大きなおもちゃを与えられた子供のように、試験装置の話で盛り上がっていた。
帆華艦長は一人で黙々とキャラメル味の綿菓子を作り続けていて、各自それぞれのスタイルでリラックスしているようだった。
初の戦闘での緊張が解けたこともあってか、結局クルー達は日付が変わるまで懇親会を楽しんでいた。
ただし、倍速で大量生産され続けたキャラメル味の綿菓子は大量に売れ残ってしまい、早朝に初島に差し入れとして半強制的に送り届けられたことを帆華艦長は知らない。
翌朝、帆華艦長が艦橋にあがった時、前方の空には真っ黒く厚い雨雲が広がっていた。
「あらあら、かなりの雨雲ですわね、少し荒れるかもしれません。監視ドローンも飛べなさそうだし、視界不良になるので、念のためアラートレベル3で航行しましょう。」
「アラートレベル3了解デス。初島にも伝えておくデス。」
ミミがMAIに武蔵のステータス変更を指示した。
30分もせずに艦隊は大きなうねりと落雷の嵐に巻き込まれ、超弩級戦艦の武蔵でさえ木っ端のように波にもまれている。
艦橋メンバーが船酔い気味でグッタリしている所にMAIがの音声報告が流れた。
「初島AIより通信、我、敵艦補足、距離、右舷前方10キロ、艦数不明。」
「え? 敵艦が10キロ? 視界不良を使って接近されたデスね。」
「アラートレベル1発令!武蔵、戦闘配置!全武装使用許可!」
艦長の声が響いた。
武蔵からでは、嵐での視界不良もありまだ敵艦は視認できていない。
前方に敵がいる、というだけの情報で嵐の中を航行、艦橋の空気は張りつめている。
10分程経過しただろうか、突然真っ暗な嵐の前方が赤く光った。
MAIが初島からの無線を受けて艦橋スピーカーへ繋ぐ。
「こちら初島、左舷前方に被弾。航行に問題ないが消火活動実施中。」
「え?初島が被弾?」帆華艦長は軽く震えたまま無線に答えた。
「初島艦長、武蔵には攻撃防御力がありますので、初島の前に出ますがよろしいでしょうか。」
「我々が学生艦の後ろというのは・・だが、現実的に練習艦の初島では戦闘の足手まといにすらなりかねない。わかった了解した。ただし、武蔵は学生の安全を最優先で対応して欲しい。初島は一旦後方へ下がり周辺警戒を実施する。」
「了解です、ありがとうございます。」
無線を切った艦長は壁面の飾り棚から布刀袋に入った儀礼用長剣を手に取った。
艦橋の最前部に立ち、恭しい大きなゼスチャーとともに儀礼用長剣を布刀袋から取り出す。
掲げた長剣の鞘には黄金の菊花紋章が輝いた。
艦長は再び目を閉じると、長剣を左腰に帯刀して、ゆっくりと目を開ける。
艦長の瞳は炎のような灼眼に変わっていた。
「武蔵、前進一杯最大戦速、全武装並びに全実験用装置使用許可、核融合炉最大出力、初島を追い抜き次第敵艦隊方向へ電磁砲を最大出力で扇状に連続発射します。」
武蔵艦内が核融合炉の最大稼働で地響きと重低音で振動している。
「周辺海域を焼き尽くす攻撃、やはりキレてるデスね。。」
「右舷前方2キロ、初島です。3分後に武蔵は初島左舷1キロを通過します。」
MAIが航行支援AIの情報を音声で流した。




