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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【コミカライズ化】虐げられし黄金少女は御曹司に愛される

作者: 有栖悠姫


虐げられるヒロインが幸せになる話を書きました


ヒロインの年齢を変更しました




 


 私は6歳の時に両親を亡くし、とある夫婦に引き取られた。親戚でもなんでもない夫婦が私を引き取ったのは、私の「力」が目当てだというのは子供ながらに理解できていた。私の一族は、植物を金に換える、という能力を持っていた。高価で希少な植物ほど、高額の金に換えることができるが例えば道端のタンポポなどは二束三文にしか変えられない。一族の特徴として、能力の他に身体が人より丈夫、というのがある。どんなに殴られても、刺されても死なないのだ。だが、傷の治りは普通の人と変わらない。負った傷はいつまでも、いつまでも痛む。傷を負ってない心まで痛むのだ。それに、試したことはないが、丈夫なだけで不死ではない。例えば、首を斬り落とされたりしたら確実に死んでしまうだろう。


 そして、一族にはこの能力を引き換えに短命という宿命があった。長くても30歳までしか生きられない。私の両親もちょうど30になった時死んだ。両親は他に身寄りと呼べる人はいなかった。一族のほとんどは能力目当てに捕らえられ、酷使され最後は無残に殺されていったと両親に聞かされていた。そのため、両親と私は人目につかない山奥でひっそりと暮らしていた。

だが、どこから情報を得たのか知らない夫婦は、両親が亡くなって一週間も経たないうちに家に押し入り、私を無理やり屋敷に連れて行こうとし、私を絶望させるためか両親と住んでいた家に火を放った。

辞めてほしいと泣き叫んだが、夫婦は歪んだ笑みを浮かべ、嬉々として灯油をまき火をつけた。短いながらも両親との思い出の詰まった家は黒焦げになって消えた。


引き取られてから10年、私は離れに軟禁され夫婦が運んできた植物、主に花を金に換える、ということを繰り返していた。夫婦の望む量の金を作り出さなければ折檻が待っていた。


「まだこれだけしか作ってないの?昼までにやっておけって言ったわよね?何のためにあんたみたいな化け物を引き取ったと思ってるの!」


 そう言いながら夫人はいつも私の頭や背中を蹴った。痣が出来ようが、顔から血が流れ腫れ上がろうが御構い無し。ただ自分の鬱憤を晴らそうとしているのだ。私が言われた通りの仕事をこなさないと躾がないっていないと、夫人が旦那様に叱られるからだ。


「ご…ごめんなさい…ちゃんとやります…から…」


 痛みに耐えながら喉から声を絞り出す。10年も経てば暴力にも慣れてしまったが、今日のは殊更酷かった。何か気に喰わないことでもあったのだろうか。ひとしきり殴り気が済んだのか夫人は離れから出て行った。そしてヒステリックな声で「この子のご飯一週間与えなくていいわ!」と使用人に命令していた。また一週間ご飯を抜かれるらしい。死にはしないが空腹に耐えると言うのは殴られた痛みに耐えるよりきつい。


使用人はこんな扱いの私に対し同情的だが助けようと言う人は居ない。昔夫人に内緒で私にご飯を与えていた使用人がクビにされた。しかもその後どこにも就職できないように夫妻が手を回したらしい。同じ目に遭いたくないために私の事は無視している。いや、数年前から働いている少し年上の使用人は何かと私の事を気にかけてくれているが、表だって何かすることは出来ないようだ


それについては仕方ない。あの夫婦は自分の命令に逆らったものに対しては容赦がない。使用人だろうが部下だろうが身内だろうが関係ない。夫婦にとって私を含めて奴隷なのだ。奴隷が逆らったから処罰した、至極当然のことなのだ。

ここに来たばかりの頃は逃げようと藻掻いていたが、すぐに諦めた。この屋敷がどこかは分からないから山奥に戻ることも出来ない。戻ったとしてもあの家はもうない。仮に逃げられたとしても学もない、金もない娘が生きていく術などない。それに、この力がバレてしまったら夫婦のような人間に良いように使われてボロ雑巾のように死んでいくだけだ。何もせず大人しくしていた方がいい。




何の希望も持たずに生きていた私の前に『先生』は現れた。


 ある晴れた日の事。いつものように夫人が置いて行った花を金に換え、疲労から椅子に座って休んでいた。この離れの部屋には暇つぶしになるようなテレビなどは置いていない。が、大きな本棚はある。仕事ばかりさせてストレスから質のいい金を作れなくなることを危惧した旦那様が本なら与えてもいい、と許可を出しているからだ。ストレスなら夫人の暴力が一番の原因なのだが、口には出さなかった。言ったら酷い目に合わされるのは分かっていた。


なので普段は本を読んで過ごしている。本棚から本を出そうとするとドタドタという足音が聞こえてきた。行ったり来たりと迷っているような足音だ。


「あれ、ここどこだ。応接間に戻ろうとしたのに…」


若い男性の声だった。応接間ということは夫妻のお客様だろう。どうやら道に迷ったようだが、応接間からこの離れまでは結構距離がある。トイレに行った帰りに道が分からなくなったとしても、ここまで迷い込むなんてことがあるのだろうか。

そんなことを考えていると、男性が部屋の前で立ち止まった。この部屋に明かりがついていたからだろう。


「すみません、誰かいませんか?」


 その声に体が強張る。夫妻や使用人以外の人間と話したことがない私はどう対応すればいいのか分からなかった。困っているのに申し訳ないがこのまま居留守を使わせてもらおう。

障子の奥から何の反応もないので、そろそろどこかに行くだろうと高を括っていた。


「…もしかして誰か倒れているのか…すみません開けますよ!」


 どうやら反応がないのは意識を失っているからだと思われたらしい。人影が戸に手をかける。待って、と言おうとしたが声が出ない。何も出来ないまま襖が開かれる。


あけ放たれた戸の先には背の高い男性が入っていた。短いのにサラサラとした黒髪、切れ長だが優しそうな瞳、白い肌の美しい男性だ。その身は黒いジャケットに包まれていた。私でも分かる高価なものだ。人を知らない私でも目の前の男性が端正な顔立ちだというのは理解できた。

男性は驚いたように目を見開いた。その瞬間この男性に顔を見られたことは察し無駄だと分かっていても顔を背けるように隠す。男性の口から今まで散々聞いてきた言葉が出るのを体を震わせながら待った。しかし、その言葉は出てこない。


「…君、凄く綺麗だね」

「…え…」


 この男性は今、何と言った。顔を隠すのを辞め、恐る恐る男性に視線を合わせる。男性の視線は真っ直ぐ私に注がれているが、今までの人たちが向けてきた、悍ましいものを見るような目ではなく、夫人が私の生み出した金を眺めているような目だった。いや、夫人のような欲に塗れたものではなく純粋に美しいものに感動している目のように思えた。


「銀髪に紅い瞳なんて初めて見た…君ここの家の子?夫妻に娘がいるなんて聞いたことないけど」


そう、私は銀髪に紅い眼だ。一族の特徴であり、人の目から逃れることのできなかった元凶。この目立つ容姿のせいで隠れて暮らしていても見つけ出されてしまう。夫人が私の事を化け物と罵るのは花を金に変える能力を持っているからではない。この容姿のせいだ。

夫妻は勿論、食事を持ってきたり、世話をしている使用人の殆ども私の事を怯えた目で見る。容姿が特異なだけで危害を加えるような力など一切ないのに、私と接しなければいけないときはいつもビクビクしている。

なので私は自分の容姿が好きではない。だが、殆ど記憶にない両親と似た容姿を変えたいとも思えないのだ。

今私は、初めて両親以外に容姿を褒められたことで戸惑っていた。その時、使用人の声が聞こえた。


菖蒲(あやめ)様、どちらに行かれたのかしら」

「四ノ宮様は放っておいていいとおっしゃっていたけど、心配だわ」


 私は咄嗟に男性を部屋の中に引っ張っりこみ戸を閉めていた。このまま使用人に見つかれば男性は戻ってしまうだろう。それは何だか嫌だった。

男性は私の行動に驚いていたようだが、意図を察したのか黙り込んでいた。暫くすると使用人の声が遠ざかる。男性は私の顔を覗き、ほほ笑んだ。


「あの人たち行ったみたいだね、まだ戻りたくなかったから助かったよ」


 私はこの男性はしゃべり方も身にまとう雰囲気も全てが柔らかさで出来ていると感じていた。若い男性とほぼ話したことない私が驚くほど緊張していなかったのだ。


「い、いえ、こちらこそ突然申し訳ありません」


 いつもなら夫人にはっきり喋れと叱責されるか細い声で答えても、男性は不快そうな様子は一切なくむしろ楽しそうだった。


「いや、女の子の部屋だと知らなかったと言え勝手に戸を開けた僕が悪いんだし」


 頭を掻きながら申し訳なさそうに答えた。身なりや先ほどの使用人の声から察するに高貴な身の上であろうことは、想像に難くない。にも関わらず、見るからに得体のしれない小娘にあっさり謝罪したことに驚いていた。夫妻なら何で声を出さなかった、と逆に怒られるのに。


男性は本棚以外目立つものがない部屋を軽く見渡していたが、先ほど変えたばかりの金を見つけ不思議そうに眺めている。この部屋には似つかわしくないものだ。突然のことに焦り存在すら忘れていたのだ。私は背中に変な汗をかき始めていた。


「…あれって金?しかも結構量がある、なんで君の部屋にあんなものが」


 そこまで言いかけて私が明らかに動揺しているのに気づいたのだろう、ハッと息を呑む音が聞こえた。私はあの金はなんだ、という問いかけに対する適切な返事を必死で考えていた。私の部屋にあること自体不自然なものだ、何と言ったって納得させる答えは出せそうにない。

勿論馬鹿正直に私が花から作り出しました、と言うつもりもない。信じないだろうし、もし私の一族の事を知っていたらここから無理やり連れだされる危険すらある。暴力は振るわれるが、最低限の衣食住は保証されている今の生活よりマシである確証はない。鏡は見ていないが自分の顔色が悪くなっているのが分かった。しかし、


「…まあ初対面の僕に言うことでもないよね」


男性はあっさりと興味を無くした様に金から視線を逸らし、私に向き直る。それ以降部屋の金については聞いてくることはなく、他愛ない話をしていた。


「僕は四ノ宮菖蒲(しのみやあやめ)。ここのご夫妻の取り引き先の関係者、かな」


 何となくだが、名前以外は暈して伝えている気がしたが特に気にならなかった。彼の菖蒲という名前を聞いた時、名は体を表すと率直に感じた。地味だと言う人もいるが、紫や青の美しい花だと思っている。

相手の名前を聞いたので当然私の名前も言わなければならないが、気が重かった。


「そんな見た目のあんたにこの名前って、合わないわよ。親は何考えて名付けたのかしら」


 夫人は私の名前も、付けてくれた両親のことも嘲笑った。そういわれて育ったせいか自分の名前が似合っていないと常々感じていた。名前を言ったとして夫人と同じ反応をされるという不安が一瞬胸をよぎったが、その不安は何故かすぐに消えた。


「姫、です」


 先程と違いハッキリとした声で告げることができた。彼の反応を恐る恐る伺うと、名前の通り花の咲いたような笑顔で告げた。


「可愛い名前だね」


 すると私は泣きそうになったがグッとこらえた。両親の付けてくれた名前を初めて認めてもらえた気がした。

 彼は博識だった。本棚に並んでいる文学作品の内容や作者のこともほぼすべて知っているようだった。彼は好きだから覚えられると笑っていたが、まともな教育を受けていない私は彼の博識さが羨ましかった。まるで先生のようだった。それと同時に、この離れに閉じ込められ花を金に換える以外存在価値のない自分がより一層惨めに感じられた。


気を取り直し、本棚から本を取ろうとして腕を上げると長袖のワンピースから夫人からぶたれた痣が少し見えていたらしく、それを確認すると不快そうに眉を潜めた。

私は見えていることに気づいていなかったので、いきなり機嫌が悪くなった彼に対し何か粗相をしてしまったとかと不安に駆られた。


「その腕の痣、どうしたの。誰かにやられた?」


 怒りを滲ませている声だった。自分に向けられたものではないと分かってはいても、声から感じる圧に体は硬直してしまう。俯いて黙ったままの私が怯えていると思ったのか、慌て始めた。


 「ごめんごめん、怒っているわけではないよ。ただ腕の痣が心配だからさ、聞いておきたいんだ」


 困り眉で告げる彼に対し、本当に心配しているのだということが伝わってくる。何故会ったばかりの自分にこんなに親切にしてくれるのか分からなかったが、人に親切にされた経験がほぼない私は精神共にグラグラになっていた。

本当のことを言えば、彼は夫妻にこのことを告げるだろう。暴力を受けている哀れな娘を正義の味方の如く救おうとするかもしれない。

だが、恐らくかなり格上の取引先の関係者に、公にしていない娘を軟禁している上暴力を振るっている、なんてことが知れたら夫人は烈火の如く怒るだろう。その様を想像するだけで恐怖で体が震える。長年の暴力で身に付いた恐怖は体に染みついている。


だが、容姿と名前を褒められた事で私はある意味おかしくなっていた。普段なら絶対正直に言わなかったであろうが、この人は私を救ってくれる気がしていた。


「…私が悪いんです。私が言われた通りに出来ないから…」


 私が絞り出すような声で呟いたのは、暴力を受けていると肯定したに等しい言葉だった。黙っていた彼は暫く考え事していたが、おもむろに私の頭に手をのせ撫でてきた。突然の行為に反応できずにいると、一言だけ告げた。


「…よく頑張ったね」

「っ…!」


 その瞬間両目から涙があふれて来た。私が嫌がって泣いたと思ったのか再び慌てだした。


「ご、ごめん、妹がいるからつい癖で」


 良く謝る人だと思った。謝らせているのは私だが。結局私が泣き止むまで傍にいてくれた。

流石に長居しすぎたのか、「そろそろ戻らないと」と言いながら腰を上げた。帰って欲しくないと後ろ髪を引かれる思いだったが、これ以上引き留めることは出来ない。もし夫人が部屋を訪ねてきたら面倒なことになることは明白だった。

戸に手をかけてから彼はこちらに振り返った。初めて見る真剣な表情だった。先ほどと違う雰囲気に心臓のあたりがドキッとした。


「あのさ、また遊びに来てもいい?」

「え?」


 予想だにしない申し出に答えることが出来ないが、彼は続けた。


「もっと君と喋りたいからさ、あ、嫌だったら断ってくれて」

「是非遊びに来てください!つまらないところですけど!」


 気が付くと食い気味に返答していた。余りの勢いに驚いた様子だったが「ありがとうー」と言うと戸を開けた。


「来るときは夫妻に連絡入れるよ。夫妻には話を通しておくから心配しないで。またね、姫ちゃん」


 そう告げると今度こそ彼は帰っていった。私は一分ほど呆然としていると


(名前、呼ばれた…っ!)


 初めて彼に名前を呼ばれたことに気づき、照れや恥ずかしさで顔が赤くなっているのを感じる。今日の私は本当にどうかしている。名前なんて使用人や、極まれにだが夫人や旦那様も呼ぶが、こんなに心臓がドクドク鳴っているのは初めてだ。病院に行くべきか悩んでいると、大事なことに気づいた。


(私、あの人の名前を読んでいない…)


 一度も彼の名前を読んでいないことだ。次に会うときは流石に呼ばなければ失礼だろう。だが、何と呼べばいいのか。四ノ宮さん、だと何だか距離がある気がするし、かと言って名前呼びは馴れ馴れしい。悩んでいると、良い呼び方を思いついた。


(…先生)


 私に色々なことを教えてくれる、という意味を込めて彼を先生と呼ぶことにした。

その日は久しぶりによく眠れた。


それから週一のペースで先生は私に会いに来た。夫妻にはなんと伝えたのか教えてはくれなかったが、恐らく私への暴力を黙っている代わりに自分との面会を強引に許可させたのだろうと思っている。あの日以降夫人が暴力を振るうことは無くなったし、殆ど会ったことのない旦那様まで、「あの方に失礼のないように」と厳命された。毎日のように花を金に換える様に言われてるけど、先生に会うようになってから上質な金が作りだせるようになっている。


先生は自分がお父様の会社を手伝っていて、この家に来るのも秘書の代わりらしい。また、学生時代は私と同じで本好きが幸いし、文学を専門的に学んでいたと。


「就職は厳しいけど僕には父親の会社があったからね、好き勝手させて貰えたよ」


 笑いながら心なしか自虐的に語る先生。まるで自分の環境を申し訳なく思っているような。私は人間は生まれる場所を選べないのだから、その環境で生きていくしかない。先生が自分の生まれた環境に後ろめたさを感じる必要はないと考えている。そう伝えると何故か驚かれた。


「…そんな風に言われたの初めてだよ、君は凄いね」


 気のせいかもしれないが晴れやかな表情だった。多分、恵まれた環境の先生を妬み攻撃した人がいたのだろう。理解は出来るが共感は出来ない。私は不思議とそう言った感情は湧いてこなかったし、寧ろ満たされていた。この年になってようやく、私は人間になれた気がした。


「ここを出たくはない?」


 そう問われたのは先生と会うようになって数カ月が過ぎたころ。先生が私に勉強を教えてくれるようになり、先生曰く地頭がいいからちゃんとした教育を受ければ伸びると言われ始めたころだ。恐らくここを出てちゃんとした学校に通うべきという意味だろう。しかし、先生が頼んだとしても夫妻が私を手放すとは思えない。私は首を振った。すると先生は眉をひそめる。


「いや、君はここを出てちゃんと学んだ方がいい。夫妻は君を閉じ込めておくつもりのようだし、僕が姫ちゃんをここから出すよ。時間はかかるかもしれないけど」


 そう弱々しく語る先生を眺め、私はここまでやってくれることに改めて疑問を抱いた。先生は私の力を知らないはずだし、知っていたら無理やり連れだしているはずだ。それだけはないと信じている。だがそこまで頭が回ることはなかった。最初に感じた期待の通りに先生は私をここから連れ出してくれるかもしれない。まるで自分が物語のヒロインにでもなった気分だった。だが、それ以上に外の世界を見て学びたいと言う気持ちが日に日に強くなっていた。だから、先生の申し出に最終的に頷いたのだ。


「私、外の世界をもっと見たい。勉強もしたい、ここから出たいです」


 夫人の暴力に怯えていた時とは見違えるほど、ハッキリと先生の目を見て告げた。それを受けて先生の表情から「不安」が消えた。


「…そう、分かった。実を言うと不安だったんだ、僕があんまり前のめりだから断れないんじゃないのかって」


 私は先程と違う意味で首を横に振る。


「私の意思です、まあ少し先生の勢いに引っ張られたところはありますけど、ここを出たいのは本当ですよ」


 口角を上げて微笑むと何故か面食らった顔になる。


「変わったね姫ちゃん、最初の頃は目も合わせてくれなかったのに、今は僕の目をちゃんと見てる」

 すると何だか照れ臭くなって顔を隠した。それを見て先生は楽しそうに笑う。


 

それから暫く経ってから、私は一カ月後に先生の親戚の子供のいない夫婦に引き取られることになった。夫婦は渋っていたらしいがそれなりの金額を払うと言うこと、やはり私へ暴力を振るっていたことを公にすると仄めかされたこと、で首を縦に振ったらしい。先生の家からすると、その金額も大した額ではないと。先生の家はどれだけお金持ちなのか少し怖くなった。


私はこの家を出る一カ月の間に出来るだけ上質な金を作るよう努力した。あの夫妻には負の感情しか湧いてこないがこの年まで衣食住を与えてはくれていた。だからせめてもの選別だ。換えられた金を見て何だか夫人が怖い顔をしていたようだが、気にならなかった。




「明日ついにこの家を出るのね」


 別れの挨拶は先程済ませた。旦那様も夫人も張り付いたような笑みを浮かべていたが申し出を断ることも出来ず、歯痒い思いで一杯なのだろう。精一杯の嫌味も込めて「今までお世話になりました」と伝えると夫人に青筋が立っていたが向こうは何も出来ない。少し溜飲が下がった。そして明日に備えて寝ようとしたら襖の向こうから話しかけられた。


「姫、ちょっといいかしら、最後に少し話したいのだけど」

「奥様…?」


 今更何の話があるんだと内心憤慨していたが、もう会うこともないからと戸を開けた。夫人以外人影は確認できなかったからだ。

戸を開けた途端、屋根の上から黒ずくめの人間が降りてきて持っていた棒で私を殴った。突然のことに反応できずその場に倒れこむ。事態が理解できず夫人を見ると、いつものように侮蔑の眼差しで私を見下ろしている。


「…あんたを移動させるチャンスは今日しかないからね、間に合って良かった」

「移動…何を言って」


 すると夫人は私を蹴り上げた。そのまま踏みつけられる。蹴られた箇所が痛む。


「その目、生意気なんだよ化け物のくせに!あんたは強盗に攫われたことにして信頼できる奴の家に移す。そこで今まで通りに仕事をしてもらうわ。あんなはした金であんたを手放すわけないだろう?あんたは死ぬまで私達の奴隷なのよ?…仮にバレてもあの坊ちゃんなら脅せば金を出すだろうし。やけにご執心だったけど身体でも使ったのかしら」


 下品な笑い声を上げる夫人を睨みながら怒りがこみあげてくるのを感じる。今まで散々私から搾取したくせにこれからも搾取しようと言うのか。それ以上に先生を侮辱したことは許せなかった。私は踏みつけられたまま夫人を睨みつける。夫人は不快そうに眉をひそめる。


「この状況でもそんな目ができるとはね。言っとくけど坊ちゃんは来ないよ。旦那様が仕事の話があるって呼び出しているからね。お前たち縛り上げて車に運びなさい」


 夫人の声と同時に男達が私の身体を触る。その感触が気持ち悪くて吐きそうになる。こんなことに加担する人間など禄でもない。連れていかれたら人間扱いすらされないかもしれない。そして緊張の糸は夫人の一言で切れた。


「ああ、運ぶ前につまみ食いくらいしてもいいわよ、()()()()()()もう向こうも用無しだろうし」


 男たちの下卑た笑い声が聞こえるのと頭が真っ白になるのは同時だった。


「ぎ、ぎゃあああああああ、イタイイタイ!」


 私の身体に触れようとしていた男の右腕が金色に変わっている。そして徐々に部屋も金色に変化していく。男たちは恐怖で固まっているが夫人は笑っていた。


「本当だったのね、あんたら一族は身の危険を感じると人間でも何でも金に換えるっていうのは…このまま部屋が金になれば…!」

「奥様、四ノ宮様達が!静止も聞かずこちらに!」

「は?何で来てるのよ!旦那様は」

「社長ならここですよ、姫から離れて」


 その声を聞いた瞬間私は正気に戻った。会った時と同じスーツ姿だったが、その表情は異常に冷たかった。が、私の姿を確認するとすぐに部屋に入りそのままきつく抱きしめられた。突然の事に反応できなかったが安心したのか涙がとめどなく流れる。


「遅くなってごめん、傷は痛む?」

「大丈夫です…でも何でここに…」

「ここの使用人が教えてくれたんだ。夫妻が君を別の場所に移動させようとしてるって。何の動きもなかったけど、社長に呼び出されてもしやと思ってね。証拠を押さえるためにすぐにはいけなかった。本当にごめん」


 ああ、この人は謝ってばかりだな。先生の腕の中にいることで全てが満たされている気持ちになる。他の事なんてどうでもよかった。

先生は名残惜しそうに私から離れると後ろに控えている女の人に私を託した。その際、目にも止まらぬ速さで右頬にキスをされた。顔を真っ赤にした私の反応を楽しむように、


「続きは後で」


 そして私は車へ移動するために歩き出す。先生の唇が触れた右頬に手を当て、段々と熱を持ってるのが分かる。戻る道中、「お嬢様!」と後ろから呼び止められ、振り返ると一人の女性が申し訳なさそうな顔で私を見つめている。彼女は使用人の山根さんだ。彼女はこの家で唯一私の容姿を怖がらず、周囲にバレない範囲で私の事を気遣ってくれていた。私の食事を運ばないように夫人に申し付けられた時もこっそり食事を運んでくれようとした。しかし、昔同じことをして夫妻に酷い目に遭った使用人を思い出し必死で止めた。彼女は私と年の近い妹がいるらしいから、重ね合わせていたのかもしれない。もしかしなくても先生の言っていた夫妻の事を教えた使用人は彼女だろう。彼女が居なかったらどうなっていたか、想像しただけで背筋が凍る。


「お嬢様、良かったご無事で」


山根さんは私に駆け寄り、心底ホッとしたように胸に手を当てる。彼女の姿を見て私も気が緩む。


「山根さん、ありがとうあなたのおかげで助かりました」


ニコリと微笑み感謝の気持ちを伝えると、何故か顔を悔しそうに歪め、首を横に振った。


「お嬢様に感謝される資格なんてありませんよ、お嬢様の置かれた状況を知りながら今まで何も出来なかったんですから。今回の事も偶々知ったから四ノ宮様に報告しただけで、きっかけがなければ何も…」


「そんなことないです!」


自分を責め始めた山根さんを見ているのが耐えられず、大声を出し彼女の話を遮る。大声を出した私を初めて見たであろう彼女は驚き、固まっている。


「山根さんはこの家で唯一私に優しく接してくれました。それだけで私は救われてました、お姉さんが居たらこんな感じだったのかな、って。だからそんなこと言わないでください」


すると山根さんはの瞳からツーっと涙が零れた。その涙を拭おうとするがハンカチ何て気の利いたものはない。どうしよう、と困っていると私の横に控えている女の人がスッとハンカチを取り出し、山根さんに差し出す。山根さんは受け取ったハンカチで涙を拭う。


「…姫様、あなたさえ宜しければ山根様を三条の家で雇うことも可能です」


今まで黙っていた女の人が突然そんなことを言いだした。三条家は私を引き取る予定の四ノ宮家の遠縁だ。私も山根さんも咄嗟に反応できず固まる。女の人は温度を感じさせない声で淡々と続けた。


「姫様の現状を知りながら見て見ぬふりを続けていた他の使用人にはそれ相応の処罰が下されますが、山根様の処遇は姫様に一任すると菖蒲様から仰せつかっております。いかがなさいますか」


「…」


私は暫し考える素振りを見せる。そして目を微かに赤くした山根さんに向き直る。


「私、新しい環境に身を置くのが初めてだから緊張しています。だから知り合いがいると心強いのですけれど…」


遠慮がちにそう告げ、右手を差し出す。彼女は普段私と接している時に見せる柔らかい、姉のような笑みを浮かべ差し出された手を取ってくれた。その様子を例の女の人は口角を僅かに上げ、静かに見守っていた。





********



 姫を車に移動させた後、顔面蒼白の社長と事態が呑み込めず喚いてばかりの夫人を無理やり客間に移動させた。彼女を痛めつけていた上に法外な金を要求し、挙句の果てに僕らを謀ろうとするとは、救えないクズだ。殺しても良かったが、彼女の存在が漏れずに今日まで来れたのも夫妻のおかげだ。最後に言い訳くらい聞いてやろう。


「何か弁明はありますか?四ノ宮を謀ろうとしたのですから、それなりの処罰は覚悟してください」


 僕としては優しい声を出したつもりだが、夫妻は震えあがる。横にいた春日が「菖蒲様威圧しないで」と窘められる。そんなつもりなないのだが。


「…あの娘は金の成る木ですよ、あんな金で手放せるわけがない。四ノ宮様も知っていたら私達のようになったはずだ」

「ああ、彼女の事は知ってましたよ。けど僕は金に興味はないので、純粋に彼女の為に手を回したんですよ」


彼女が珍しい一族だと言うことは一目見て分かった。だが、金に興味なんてなかったし純粋に好きな子に会いたくて夫妻を恫喝してまで会いに行った。夫妻は僕の言葉が信じられないのか大きく目を見開く。


「は?あの力がなければあんな化け物価値なんて無いっっっっ!」


 社長の首に刃物が当たっている。僕の足下から這い出た影が刃物を持っている。その様を見て夫人は口から泡を吹く勢いだ。魚のように口をパクパクとさせている。


「…あんなに綺麗な姫が化け物なわけないでしょう?化け物は寧ろ僕です」


 言い終わると同時に僕の頭から二本の角が生える。その瞬間二人は泡を吹いて気絶した。横に控えている春日に「菖蒲様、旦那様から力は使うなと厳命されていたでしょう」と呆れたように叱責される。


所謂先祖返りの僕は能力を使うことも、この姿を晒すことも嫌っていたが、彼女のためなら何度でも使うつもりだ。僕は端的に言えば彼女に一目ぼれした。それに僕の言うことを何でも信じる純粋なところも愛おしく思えた。父に彼女の事を伝えた際は「お前に誰かを好きになる感情があったんだな」と揶揄われた。僕に人の心がないとでも思っているのか、まあ当たってはいる。


先祖返りという性質のせいか幼少期の頃から思考が人とズレている、と感じることが多々あった。しかしそれも先祖返り云々は関係なく、生まれ持った僕の性質だろうけど。今だって春日が止めなければ夫妻を殺していたかもしれない。そして罪悪感も恐らく感じない、中身まで化け物のそれに近いのだ僕は。けど僕が夫妻を殺したと彼女に知られてしまえば、彼女は悲しむだろう。救いようのないクズでも面倒を見てくれた夫妻が死んだことに対してか、僕が人を殺したことに対してか、出来れば後者だと嬉しい。彼女が僕の事で喜怒哀楽を表現することを想像するだけで胸が高なるが、彼女を悲しませたくないので夫妻は殺さないことにした。


経営者としては冷酷だが息子には甘い所のある父は、息子が唯一執着した彼女を分家に引き取らせるために色々手伝ってくれた。だが、当然()()()()()見返りを求めての行動だと言うことを僕は知っている。父は彼女に金を作らせるつもりだが、そんなことはさせさせない。彼女を僕から奪おうとするなら誰であろうと殺す。ああ、早く彼女にも僕のことを好きになってもらいたいと言う欲に駆られる。彼女が僕に気を許しているのは分かるし、そう長い時間はかからないだろうとほくそ笑んだ。


そういえば彼女は僕のこの姿を見てどんな反応をするのだろう。夫妻のように怖がられるのだろうか、いや彼女は怖がらないという確信めいたものがあった。仮に怖がられてとしても、もう離してあげるつもりもないけれど。
















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