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吸精魔の歩き巫女 玲奈の天下創世記  作者: 羽柴藤吉郎
第2章 尾張のうつけとの邂逅
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うつけの鮎を喰らう魔道巫女 玲奈

豊かな尾張と、貧しい備前 産まれも育ちも違う2人の鮎釣りをお楽しみに

 天文14年(1545)晩夏 ところは尾張国を流れる蟹江川かにえの岸辺である。


 10人ほどの悪がキどもを率いて、吉法師(のち織田信長)が川干しをしているのを河原で日傘を立てて、強い直射日光を避けて涼みつつ玲奈達は、のどかに持参の竹製の水筒から冷水を注いで飲んでいる。


 なぜ玲奈達がここにいるのかは、朝にさかのぼる。

熱田神宮の本殿離れの宿舎で玲奈が野菜の煮付け、味噌汁、ご飯の朝食を済ませて食後のお茶を一服していた最中に、いきなり吉法師が現れたのだ。


「おはようございます若様」

礼儀正しく玲奈が挨拶すると吉法師が、ぶっきらぼうに挨拶を返す。

「お前に鮎を食わしてやるから蟹江川まで参れ……たまには外で気晴らしも良いぞ」


 せっかちそうに言うなり吉法師は突然立ち去っていく。

いきなりの言葉に理解が追い付かない玲奈は、ポカーンとしていたが我にかえると「さっそくのお誘いゆえ出かけます」


その場にいた巫女達はとりあえず頷いた。

「疾風のように消えていきましたねぇ」


「もう少し言葉を丁寧にすべきですわ、巫女頭様になんと無礼な物言いか、くそガキ」


「言葉に気をつけなさい、相手は那古野の城主様……うつけですけどね」


 玲奈がたしなめるように言うとその巫女・伊代は黙った。

「あのうつけ小僧め……巫女頭様を誘っているようにも聞こえました」

別の巫女・麻が口を挟んだ。


「だからと言って汚い言葉を使って、相手を侮辱して良い理屈にはなりません、何かしら考えがあってあのように振る舞うのでしょう、あれはただのうつけに非ず」


 玲奈は微笑みを絶やさないまま続けた。

「私が人の思考を読む能力を持っているのを忘れたかしら?あなた達」


「いいえ」全員が唱和するように答えた。


「おもしろい男よね!将来楽しみなお方」

玲奈の好奇心はかなり刺激されていた。


 照りつける日差しの元で、褌一丁の悪童どもが浅瀬に手ごろな石を積み上げ吉法師の命令で、魚を囲いに追い込む様子は見ていておもしろいと玲奈が思っていると、「それあっちに逃げたぞ、勝三郎」


「はっ」吉法師の乳兄弟である池田勝三郎恒興は、バシャッバシャッと激しく音を立てて鮎を追い立てていく。


そんな悪童どもの賑やかな喧騒を眺めながら、巫女達は優雅にお茶を楽しみ会話をしていた。


「あれで城主の倅とは見えませんなぁ」


「毎日馬を乗り回し、あちこち走り日焼けして筋骨隆々の逞しい男よね吉法師って」

玲奈が舌なめずりして誉めそやす。

「まあ巫女頭様ったら、どうやらあのうつけに惚れたみたいですねぇ」


本音をつかれて、玲奈は黙ってうつむいたが、しばらくして顔をあげる。


「私が誰に惚れようと自由でしょう、悪いわね」


それを聞いて仲間が囃し立てた。

「うるさいわね、お黙り」玲奈が怒鳴り付ける。


 そんな巫女達の喧騒をよそに吉法師は玲奈に一瞬熱い視線を向けるが、誰も気づかない。

「ふん」吉法師は鼻を鳴らすと鮎釣りに意識を戻した。


 やがて鮎数匹を手に、吉法師が玲奈の前にやってきて、昼食に食えと、差し出すのを、玲奈は喜んで受け取り、吉法師の前であるにも気にせず魔術で火を起こして見せる。

巫女達が吉法師の捕まえた鮎の塩焼きに、舌鼓を打っていた頃。


 尾張から数百キロ離れた西日本の中国地方では、大名の息子の産まれ信長とはうって変わり1人の少年が貧窮の日々を過ごす日常を送っている。

 備前乙子城では、信長より5歳ほど年上の宇喜多直家17歳が吉井川で鮎釣りにいそしんでいた。


 戸川秀安・岡家利・長船貞親ら後の宇喜多3家老と、竿を手に釣りをしていたところだ。


「無い無い尽くしのなか知恵を絞り、工夫を凝らして生きるのも悪くは無い気分じゃ」

宇喜多直家が自嘲して呟く。


 浦上宗景に300石で仕え、足軽30人を宛がわれ、散り散りの家臣達が舞い戻ってきたものの、宇喜多直家の生活は苦しいままだ。


 そこへ家臣が走ってきたので声をかけると、天神山城主の主君である浦上宗景から呼び出しだと言う。


「おお来たか八郎直家」気安く宗景が直家に近寄る。

寵童として主君の床に侍る日々を強いられて、直家の人格は歪む一方でしかない。


「本日はどのような要件でございますか?」

内心の不快感を押し隠し迫真の演技で、無垢な忠臣を直家は演出することができる。


「実は砥石の浮田大和守が、播磨の赤松に内通していると、知らせがあってなぁ、そこでお前に命令だ。砥石を落としてこい」



「承知仕りました」

 ピクッと肩を震わせて直家が拝命して黙って退去する。


乙子城にて、直家はさっそく3家老を呼んで相談を始めた。

「人は無い、金は無い、兵糧は無い、武器は無い……我々にどうしろと?」


 直家はククっとほくそ笑みながら、「無いならば作れば良い、何の為に頭がついているのだ。これは宇喜多にとっても起死回生の好機と言えようぞ、出来んと思っている輩の鼻をあかすのよ」


「知恵を出し合えばなんとかなろう」

「まずは腹を満たすぞ、空きっ腹では知恵が出て来ないからな、行くぞ」


「猪狩りですね、行きましょう」


直家と家老達が立ち上がる。





熱田神宮。


玲奈「美味い鮎をありがとうございました」

吉法師「欲しければまた捕まえてくるから待っておけ」


玲奈「はい、若様」


今日は平穏無事に終わっていった。


続く。


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