玲奈 熱田神宮に奉仕する巫女になる
遂に玲奈は、尾張の熱田神宮の巫女になり、安住の地を手に入れる。
しかし西の備前には、尼子経久以上に危険な男が、飛翔の時を伺っていた。
追跡者を返り討ちにしてミイラに変えた玲奈一行は、遠江を経て三河に入った。
岡崎宿に入り、茶屋にて休憩中に、探索係りの麻耶が三河の事情を玲奈に報告する。
「三河の岡崎は松平広忠の所領になります、松平一族の抗争を収めきれず、東の織田信秀に幾度も侵攻される度に、西の今川に助けを求め 両者の思惑に翻弄されているようですわ 巫女頭様」
玲奈は、説明を聞いて頷いたのみで、さほど関心を寄せなかった。
「それはどこも同じようね、とりあえず尾張はもうすぐよ、行きましょう……みんな」
矢作川を越えて尾張国に到着し、織田信秀の領内に入ると途端に景色は変わる。
津島は商業の中心地として繁栄しており、信秀の経済力の凄まじさが感じられた。
西国の堺と海路で繋がり東国の物流の中継点として機能させている手腕は並々ならぬ織田信秀の力を示している。
「これほど豊かに国を富ませるとは織田は侮り難い」
玲奈が目を光らせて感想を述べる。
「駿府よりたくさん物が溢れてますね」
称賛の声をあげる巫女達を連れて玲奈は、熱田神宮を訪問した。
ここでも、玲奈の魔術……記憶操作が役に立つ。
「私達ははるばる出雲から、富士山のご利益にあやかる為に参った歩き巫女の一団でございます、……こちらでは、神事を司る巫女を募集しておられると、檀家の方からうかがい、こちらに、お伺いした次第にございます、私は一団の頭を務める 玲奈と申します」
「助かりました。ありがとうございます、玲奈様」
大宮司の千秋季光[せんしゅうすえみつ]は、快く歓迎して迎え入れてくれた。
「ちょうど人手が欲しかったところでした。神事が忙しく巫女のなり手がいなかったので弱っていました」
と言った。
「私は巫女頭の玲奈と申します。我々は西国は出雲大社に仕える巫女でございましたので、お役に立てて嬉しく思います」
総代として玲奈がきちんと、改めて挨拶を述べて頭を下げた。
天文11年(1542)師走の年末 三河岡崎で1人の男子が誕生する。
織田信長にさんざん振り回される運命も知らず、松平元康のち徳川家康は産声をあげた。
父の松平広忠17才 母のお大15歳。
天文12年(1543)
九州 種子島。
火縄銃がポルトガル人によってもたらされた。
時の領主は、島の鍛冶屋に複製を作らせて試し撃ちをさせた。
「火縄に点火して撃てば良いだけか これは凄い」
九州地方に製法が拡散して、薩摩の島津貴久が、将軍足利義晴に献上して近江国友村の鍛冶屋に銃を作らせてた。
堺から紀州の根来にも火縄銃は到来して盛んに鉄砲生産が行われることになった。
その鉄砲を暗殺に初めて使った男が、備前の宇喜多直家。
信長から警戒され、あんな奴を味方に付けやがってと秀吉がぼこぼこに殴られたらしい。
宇喜多直家が産まれた頃の備前の属する中国地方の勢力は、西に長門 山口の大内義興。
北は山陰道の出雲の守護代 尼子経久。
東は播磨の赤松政秀、小寺政職・黒田職隆[軍師官兵衛の父]に囲まれている。
備前守護は浦上宗景で、配下に島村盛実と宇喜多直家の祖父能家がいた。
ある日島村が兵を率いて、宇喜多家の居城 砥石城を攻め落とし祖父は討ち死に。
父・興家は幼い直家と母を連れて落ち延びた。
凡庸な父は、数年後に直家の弟と直家を残して心労のあまり死んだ。
母子家庭になった宇喜多の家計を支える為に母は浦上宗景のところに、奉公することになった。
備前福岡の豪商 阿部の助けを借り、弟は養われた。
直家は叔母のいる尼寺に預けられた。
叔母が境遇を嘆いている最中に、直家がやってきた。
「叔母上、そう気を落とされることはありませんよ、私が愚鈍だから島村は手出しせずにほうってくれています、幸い我が母は浦上宗景のところに侍女として奉公しております、そのツテを頼って私が奉公することにより島村は油断するでしょう、そこを狙い……祖父の仇を討ちたいと思います」
「……お前」
喜んで良いのかわからない表情になる叔母を見据えて甥っ子は言った。
「必ずや宇喜多を再興してご覧に入れます」
少年の直家は暗い笑みを浮かべて黙りこんだ。
宇喜多直家 華麗な暗殺劇場の開幕のベルが鳴り響いた。
天正期に織田信長の勢力が中国地方に伸びて来たら、秀吉を仲介して関わることになるので、人呼んで毒殺魔・宇喜多直家はさっそうと今すぐ登場した。
少年時代の宇喜多直家のやったこと。
奉公して初陣を飾り、乙子城を貰う。
海賊になり、海賊を手下にする。
山賊を襲い金品略奪。
絶食の日を設けて、何も食わない。
農耕を家臣達とやる。
家臣達は食う為に盗賊までやった。
若い頃から困窮に苦しんだ点は、羽柴秀吉によく似ている。
ゆえに2人が意気投合したのは、自然の成り行きだろう。
東の織田 西の宇喜多 両者を対比した群像劇になる予定です。