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吸精魔の歩き巫女 玲奈の天下創世記  作者: 羽柴藤吉郎
第4章 織田と浅井の美濃攻略作戦
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戦国の駆け引き

美濃の攻略に手を焼く信長をよそに、近江の浅井長政は上洛して将軍足利義輝に謁見するが、この行動が思わぬ事態を招き寄せ、戦国の世はいっそう混濁の様相に入る。




 「美濃を獲る為の取っ掛かりにもなる要の男を、それがしが3日3晩にかけて口説き落とし、味方につけてこの度、連れて参りました。鵜沼の大沢正重に一目なりと目通り賜りたく」


そう言って猿によく似た小男が主君に頭を下げる。


 木下藤吉郎とは、尾張中村の出身で、織田家には信長の愛妾で、生駒吉乃の斡旋により信長に小者から仕えて頭角を現し、現在は墨俣砦の守備を任され、もっぱら斎藤龍興の家中の切り崩し工作に携わる身分であった。


だが藤吉郎の予想に反して信長の反応は、つれなかった。


「……」


しばらくの気まずい沈黙を経て、信長がいかにもな口調で藤吉郎に言った。

「猿、ちと慢心しているのではないか?」


「とんでもない!ただそれがしは、墨俣の守備だけでは手落ちだと存じて鵜沼の虎にちょっと手を出しましただけです」


「ならぬ会わぬぞ俺は」

いきなりの暴言に藤吉郎が面食らう。


「え……それは殺生な、それではこの藤吉郎の立つ瀬がございません」

その悲鳴に、信長は非情な言葉で藤吉郎に投げ返す。

「フン、ならば大沢に頼んで織田家から斉藤家に主替えでもしたらどうだ」


「殿」

流石に藤吉郎の顔が真っ赤に染まる。


「それは殿の本心にござりますか?」


「そうよ会わぬと決めたからには会わぬ」


「なにゆえでしょうか?大沢殿は熱田神宮にて召し出しを待っております」


狼狽のあまり戸惑う藤吉郎に、冷淡な口ぶりで信長が告げた。


「藤吉郎、今度の手柄は褒めてやる、ところで一生、墨俣の主で終わるつもりか?今の俺が喉から手が出るほど美濃を、欲しがっていることを頭に叩き込んでおけ、ああそれともう一つだけある、大沢は斬ってしまえ、良いな」


「あ……」

藤吉郎は抗弁しようとして、信長の性格を考えて止めた。


うーむと困惑したまま信長の元から下がる藤吉郎は、その足で熱田神宮を目指した。


(意味不明な言葉など言わないお舘なんだがなあ)


熱田神宮に着くと、いつものセクハラ発言を巫女に言って赤面する巫女に、喜ぶ藤吉郎なのだが、今日はそんな気分にならない。


いつもと様子の違う藤吉郎に案内に立つ巫女の方が不気味がる。


そして大沢の前に土下座して事の顛末を語り聞かせた。


「ふうむ、織田殿は儂を斬れば貴殿の顔も立とうと、言われたのか?」

「それだけではなく、今の俺は喉から手が出るほど美濃が欲しいと仰有られたのだ」


大沢が、腕組みしたまま藤吉郎の顔を凝視して、不意にある事に気づいてニンマリした。

(そうか土産が足りなかったか)


土産……義龍を快く思わず、不満を抱く輩を数人引き抜き、疑心暗鬼にさせ、内部から揺さぶりをかけて内部崩壊させてしまう。


回りくどいやり方だが、一致団結されて抵抗されるよりも、損害は少なく済み、後の統治にも支障は無い方法だ。


「藤吉郎どの、お耳を拝借」

大沢が藤吉郎の耳にある事を囁くと、藤吉郎の顔が徐々に明るくなっていく。

(なるほど土産が不足していたか?)

喜び勇んで、藤吉郎は勢いよく立ち上がり廊下に出て巫女の尻を撫でで走り出す。


巫女 茜「この色ボケ猿が」


片手を出し横に払うと、藤吉郎は勢いよく吹っ飛ぶが、にやりとしたまま起き上がると走り去る。


巫女は唖然としたまま見送る。


清洲城の奥では、玲奈と信長が膝詰めで対面している。


「さてと藤吉郎のヤツ、今頃は大沢と行動に移った頃だろうよ」

「まぁでは、あんな酷い仰せは謎掛けだったんだ」


「左様、あれで大沢を斬る奴ならば織田の役には立たぬ、放逐するしかない」


「やはり近江が気になるみたいですね、旦那様としては六角が忽ち崩壊したのは予想外の出来事だったのでしょうね」


「ああ、浅井長政があそこまで策を巡らし六角家臣をたらし込み近江を手に入れるとは思わなんだ」


「やはり事を為すには標的を内部から自壊させるのが一番手っ取り早く成功致しますからね、外側からだけではおのずと限界がありますしね」


「ああ六角の後藤になり得る奴が、斎藤龍興の家中にいれば、事はたやすいんだがな」


 永禄6年(1563) 三好長慶の嫡男の三好義興が22歳の若さで急死した。



松永久秀の関与も疑わしいが、当の本人はしれっと弔辞の言葉を口にし、嗚咽していたが、三好長慶にとっては期待の嫡男に先立たれ、失望のあまり病勢が悪化した。


翌年の永禄7年(1564)7月に三好長慶は享年43歳でこの世を去った。



三好三人衆と松永久秀の後見で、家督は三好義継が継いだ。


 一方の美濃では、斎藤龍興のバカ騒ぎは病的にまでなっている。


 昼日中から愛妾と戯れて酒を飲み、侍女達を脱がせて裸踊りをやらせて拍手喝采しては、褒美に侍女の胸や口を吸い、愛妾のあそこにキュウリを突っ込ませて、自慰をさせておもしろがるなど、常軌を逸脱した行動が目につくようになっている。


 諫言する家臣は、全て遠ざかり今はお気に入りの斉藤飛騨守が第一の側近として稲葉山城において、権勢を振るうのを苦々しく見ているのが、竹中半兵衛だった。


 舅の安藤守就が龍興に諫言して幽閉され、自身も人質に弟の久作をも差し出して身の潔白を示していたが、稲葉山城に赴いた時に斉藤飛騨守に櫓から小便を、かけられて爆笑されて恥辱を味わった半兵衛は、秘策を胸に稲葉山城を数十人の供を連れて河渡城を出る。


世に名高い竹中半兵衛の城を乗っ取り計画の始まりだった。



永禄7年(1564)正月の大安吉日。


近江を平定した浅井長政は、京都の十三代将軍・足利義輝に招かれる形で、初めての上洛を果たし上京の新御所にて、義輝に拝謁した。


「近江は小谷城のあるじ浅井備前にございます、ご尊顔を拝し恐悦至極の至りに舞い上がる思いに感激しております」


物怖じすることなく、挨拶する長政に対し義輝は頼もしさを感じわざわざ下座に下りて長政の手を取り、労いを口にしたのを目撃した側近の細川藤孝は目を丸くした。


「気に入った浅井どの、近江守を賜るように禁裏に要請してやろう、自称ではない浅井近江守と名乗られよ、望むならば近江守護も与えても良い」


義輝が珍しく多弁をふるい、長政の心を鷲掴みにする言葉を発する。


「ありがたき幸せにございます」

長政は感激して、思わず将軍の手を握り返していた。


朝廷からの官位は、己の権力に箔を付ける公式に認められた権威であった。


 近い例では、三河の松平家康も、徳川への改姓と同時に、三河守の叙任を近衛前久を通して帝に奏上して任官に成功していた。


 その後も長政は在京の数日間を義輝に招かれ、宴などなどに付き合わされた。


 ところが、その動きを野心家の松永久秀が見逃す筈も無く、侍女を通じて会話内容を傍受させて、浅井など有力大名を味方に引き込んで、自分たちを追い落とそうと企んでいると見て、三好三人衆と共謀して将軍義輝を排除すべき存在と認識して、代わりに阿波に滞在していた足利義栄を、新将軍に祭り上げて傀儡にして操ろうと謀略を練り始めた。


「義輝様が、尾張の織田やら近江の浅井と親しくして彼らの兵を京都に呼び込み我らを排斥しようとしておられる」


松永久秀が猜疑心を煽る言葉を、毎日吹き込まされている岩成友通(いわなりともみち)

三好政康・三好長逸みよしながゆきらは、疑うこともせず簡単に信用したので、久秀は笑いが止まらない。


「ならば致し方ない、新しい将軍は義栄さまにしよう」

筆頭重臣の篠原長房が松永久秀に同意した。


この瞬間に義輝の知らないところで、義輝の運命は決まってしまった。




 永禄7年の春。


信長の妹で東国一番の美貌を誇る市姫は、美々しい行列で尾張の小牧山城から近江の小谷城へ輿入れして織田と浅井の縁を結ぶ。



道中は玲奈以下の歴戦の勇士たる歩き巫女が行列に付き従い、厳重な監視体制を敷いていた為に、無事に近江まで辿り着く。


初めて見る琵琶湖周辺の風光明媚な景色は、市の心を癒やし、市を魅了させた。


(気性穏やかな律儀な男……)

そう浅井長政を評価して信長は、更に市に言い含める。

(筆まめにな)


言わんとするところは、すぐ市にも理解出来た。


この時代の政略結婚は妻は相手の家に入り込み、敵対の有無など内情を実家に知らせる役目も持たせた上で嫁がせるものだ。



浅井長政 19歳。

お市   17歳。


浅井方で、花嫁行列を迎えるのは、浅井長政の信頼厚い智将の遠藤喜左衛門直経で、織田からの介添え人の藤掛永勝は、そのまま浅井に留まることになった。


初めて市を見た浅井長政は市の美しさに惚れ惚れと見入るばかりで、終始ご機嫌だったという。


「市でございます」

凛とした美声が、場に響く。

この美声にも長政は、痺れるくらい惚れ惚れした。

「浅井近江守長政である」




「奥方様にお目通り叶いまして嬉しいですわ、私は杏と申します、今は長政様の愛妾でございます。この子は万福丸です、以後お見知りおきくださりませ、お方様」


誇り高き顔をして幼子を胸に杏が、律儀に自己紹介する。


長政が杏を市との引き合わせに呼び出した席で、杏が挨拶するのを市はにこやかに聞いていた。


「すまぬが、杏……万福は市の子となる」

長政がきっぱり言い聞かせるように杏に告げた。


驚き目を剥く杏に長政は説明する。

「正室の家格が高い方が、万福の将来に良いのだ」


「いいえ貴女も母に変わりありませんわ」

そう言って、柔らかい笑みを、杏に向けて市は言う。


言い方は慈愛に満ち、どこにも勝ち誇る要素など無い。


フォローするように言う市に、杏は感動して虜にされていた。



「私のお子ですから、健やかに育てますわ」と市が言う。


かろうじて体面を保つ事を言うのが、精一杯の杏だった。

「これからもよろしくお付き合いくださりませ、お方様」


続く。




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