史実無視の美濃攻略作戦
前もって打合せしたわけではない織田信長と浅井長政の美濃乱入作戦は史実には無い思いがけない成果を浅井長政にもたらす。
美濃攻略戦1
永禄4年(1561) 9月10日。
北国街道を浅井長政の率いる6千もの軍勢が、堂々たる威風を醸し出し行軍している。
秋風に浅井の軍旗が優雅にはためいている様子は、とても戦場に赴く途中とは思えないのどかさがある。
「お館様、斥候が戻りましたぞ」
先頭を征く長政に馬を寄せて、赤尾清綱が報告するど、若き当主がうなずく。
「杏……敵の様子はどうだ?」
「はい、垂井の美江寺川に菩提山の竹中半兵衛以下、大垣の氏家直元、曽根城の稲葉良通、河渡の安藤守就、不破光治など9千がたむろしております」
「ふむ、9千か?、斎藤龍興の主力は織田に向かっているのか?詳細は?」
長政が杏に気安く尋ねる。
「竹腰尚光、神戸将監、日比野清実、長井甲斐守、鵜沼の大沢正重、岸勘解由、佐藤忠能以下1万ほどが森部に陣を敷いて待ち受けておりますわ」
向こうも歩き巫女がそれくらい探知しているはずだと、杏が言った。
「良し、腹が減っては戦が出来ぬだ、関ヶ原で昼食を済ませ、一気に垂井に押し出す」
下知を受けた諸将が炊爨の用意を命じた。
一方の織田信長は八千を率いて清洲城から出陣して、木曽川を越えて一旦は勝村に陣を敷いて敵情視察を玲奈にやらせた。
しばらくして玲奈が信長に報告する。
「敵は長良川を越えた森部に斎藤龍興を大将に、日比野清実、長井甲斐、大沢正重、佐藤忠能、竹腰尚光に神戸将監など1万弱が布陣して待ち受けております」
「龍興め、背中に浅井が、いながらやりおる……よし我らも森部に向かう。浅井に負けるな」
信長がさらなる進撃を命令し、意気揚々と織田軍は森部へ向かう。
一方の浅井長政軍は、垂井にまで進出して美江寺にて待ち受けている斎藤軍の偵察兵に遭遇して戦闘になった。
「誰が仕掛けた?」
予想外の銃声に竹中半兵衛が、呟くと弟の竹中久作が慌てふためく勢いで、駆け込んで来て報告した。
「……不破殿が出した偵察兵が浅井の先鋒と接触してしまい、思いがけず戦いになったようだ、兄者」
「敵の陣容がわからないままでは……」
半兵衛が頭を左右に振るが名案は浮かんでこない。
戦国時代の合戦で、兵法の指南書通りに戦いになったケースはほとんど無い。
浅井長政が戦陣に立ち、野太い声で号令をかけた。
国友鉄砲の精鋭部隊が、敵部隊に射撃を敢行して、敵が怯んだ隙に槍隊が槍ぶすまを作って突撃しては、敵を血祭りにあげていく。
しかも魔道巫女の杏・朝香・雪乃・茜が、強力な烈風を敵に浴びせて吹き飛ばす。
「……敵には魔道を操る巫女が我々に烈風を吹き付け、兵士を全て薙ぎ払う勢いで……不破光治さま、安藤守就様が堪り兼ねて逃げ出されました」
「なんと……」
半兵衛に続ける言葉は無かった。
「魔道など兵法の邪道よと、亡き道三さまが、壮絶なやり口で弾圧されて巫女達は相当我々を恨んでいような、そのツケを払わされる羽目になるとは、何たる皮肉」
天を仰いで半兵衛がため息を吐き出すが、どうにもならない。
さて、混乱状態にある斎藤軍のなかに阿保野寶輔という五十路のガタイの良い武者がいた。
前年に妻を亡くし、後釜に幼児連れの二十五の若妻を迎えたばかりである。
この戦で手柄を立てようと勇んで、戦場に出たが、杏の放つ烈風に巻き添えをくらい馬ごと泥田に叩きつけられ、必死の思いでもがきながら、畦に手をかけて体を起こす。
「ふざけやがって、アマが」
泥だらけの体をむりやり奮い立たせ、ボロボロのタカが太刀を抜いて背中を見せている杏に向かって走り出した。
あと数メートルに迫った時に、杏が振り向いて残忍な笑みをタカに向けて指先から白銀の閃光を武者に向けて放つ。
「ぐわぁ」奇声をあげてタカが、首元を抑えて太刀を放り投げて仰向けに倒れる。
そこへ浅井の足軽達がやって来て、兜姿のタカに我先に群がり槍を突き立てていく。
「やぁやぁ、誰かは知らんが、斎藤の侍大将を討ち取ったり」
足軽は風呂敷に首を包み、腰にぶら下がる。
足軽達は次なる手柄首を求めて、戦場を駆け回る。
最後まで支えていた氏家直元が、大垣目指して敗走を始める。
「よし逃げる敵を討ち取れ」浅井の諸将が次々と命令する。
浅井長政軍が追撃に入り落ち武者狩りを始める。
日の暮れる頃に追撃を打ち切る浅井長政軍は竹中半兵衛が満身創痍で、逃げ込んだ菩提山城に攻めかかる。
夜目の利く魔道巫女達が、城の兵士を次々と戦意不能にしていく。
「……夜戦までやるのか、だがもう兵士たちは動けぬ者ばかりだ」
かくなる上は降伏開城もやむ無しと竹中半兵衛は決断した。
「我らは降伏して大垣に落ち延びますので、この城は浅井様に差し上げます」
竹中半兵衛は、浅井長政からの仕官要求を断固として拒み、垂井と関ヶ原に及ぶ竹中領を浅井に割譲し、あくまで斎藤龍興への忠誠を盾にして大垣に退去した。
こうして浅井長政は、竹中半兵衛を追い出し、不破郡と石津郡一帯を浅井領土に組み込み、代官を置いて実効支配を始める。
美濃の石津郡・不破郡は、佐和山城主の磯野員昌とその他の数人に恩賞として与えられる。
一方の森部では、激烈な戦闘が繰り広げられ、長井甲斐、日比野清実など含む280あまりが、織田軍に討ち取られた。
首取り足立の異名を持つ足立六兵衛は、前田利家と取っ組み合いになり、悪戦苦闘を演じたが、前田利家に首を刎ねられた。
「前田又左衛門が帰参を願ってまいりましたが、どうしましょう」
同僚の佐々成政が信長に伺いを立てて利家の許しを乞うた。
「許す」
主の一言に佐々成政は安心して一礼する。
「ありがたき幸せ」
斎藤龍興は利あらずと見て、墨俣から河渡に至り長良川を渡って稲葉山城に撤退する。
さて、この戦に無断で加わり首取り足立を討ち取った2年前から追放されていた前田利家が、信長に許されて織田家に帰って来た。
「さてと、ここまで来て収穫無しではいささか具合が悪いと思わんか」
信長の言葉に家臣団がどよめきで答えたので、信長軍は木曽川を隔てた美濃側。橋頭堡として斎藤軍が放棄した墨俣砦を接収して修築した。
この勢いを阻もうとして斎藤軍が再び稲葉山城から出撃して十四条と軽海で織田軍と戦い、勝敗が決まらないまま両者の撤兵で幕を閉じる。
美濃の国衆の団結を切り崩すしか、斎藤龍興には勝てないと織田信長は作戦を調略に切り替える。
「玲奈、まずは鵜殿の大沢正重を味方にして参れ」
「承知いたしました、旦那様、お供は猿を連れて行きますわ」
「ところで浅井長政が不破郡を奪い取ったがいかが致す?」
「心配には及びませんわ、不破郡は京都への連絡路です、そこを頼り甲斐のある義弟が守ってくれるなら安心、更に妹のお市様が男子を産めば、その子は織田の血をひく一門衆ではないですか?」
「確かに一理ある言葉だ、浅井どのに不破郡を委ねよう」
こうして玲奈と信長の会話が終わる。
北近江と美濃西部の不破郡を領土に組み込み、浅井長政の武名は近隣諸国に鳴り響くことになります。




