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吸精魔の歩き巫女 玲奈の天下創世記  作者: 羽柴藤吉郎
第4章 織田と浅井の美濃攻略作戦
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浅井との外交交渉

東の脅威 今川義元を退け、信長は次の標的を美濃に定め、攻略の布石として近江の浅井長政に接触を試みる。


 (浅井への外交交渉を任せる、近江の知人の伝手を頼りに織田家と浅井家の姻戚同盟を成立させてまいれ)


 主君が鷹のように鋭い目付きを向けて下した命令に、藤掛長勝は身が竦む思いを心底から味わい、胃が痛くなって来た。



永禄3年(1560)5月の桶狭間の戦いでの勝利以来、信長は今川の脅威を完全に退け、尾張国内に刃向かう者はいなくなっている。


鳴海城の岡部元信に義元の首を丁重に返還して駿河へ戻してやるなど、信長は寛大に戦後処理を始める。


そんなさなかに、いきなり清洲城に呼び出された藤掛長勝は信長から近江の浅井長政と繋ぎを取れと命令されたのだ。



既に季節は初夏を迎え、日中は暑くなりつつある時期に、藤掛長勝は背中にびっしょり冷や汗をかいていた。


「お前に浅井との取り次ぎを任せる、浅井への引き出物は我が妹の市を遣ろうと思う。近江に行き然るべき筋を通してまいれ」


いきなりのことに面食らう藤掛長勝は、思わず問い返してしまった。


「近江の若造め、なかなかの逸材と聞いた。六角承禎に押し付けられた嫁を突き返し、名を変えたうえに、野良田の合戦では六角の大軍を劣勢にも関わらず撃退した手腕に俺は惚れた、浅井を味方に付ければ美濃を側面から牽制出来る、俺の美濃攻めもやりやすくなる利点がある、六角と斎藤が繋がっていても下手に連携など出来ん、そこを重点的に説いてこい、さすれば報いる」


「畏まりました」


藤掛長勝は平伏して下がる。

これ以上信長にしつこく食い下がると、短気な信長の雷が落ちて命を落としかねないからだ。


(浅井との交渉か)

まずは手土産を持って、近江にいる浅井に仕えている知人や従兄弟に繋ぎを取らねばならない。


そのうえで、織田からの縁談話を知人を通じて浅井長政まで届ける必要がある。



知人を仲介しての事前交渉が滞りなく進み、藤掛長勝は近江は小谷城の本丸にて浅井長政と対面まで漕ぎ着ける。


傍らには、話を聞いてくれた浅井の家臣・赤尾清綱と知人の赤尾の配下である沼田五郎の姿まであった。

まであった。


時に永禄3年の師走である。


上座には当主の浅井長政が威圧感を放ち、藤掛長勝を見据えていた。


「話は大方のことは赤尾から聞いた、織田どのに我の手腕をそこまで買っていただきありがたいことよ」


「我が主は浅井さまとの同盟を結び、妹姫様を嫁がせて縁戚関係を持って両家の繁栄を望んでおられます」


「それだけではないだろう、美濃の斉藤義龍を攻めるにあたり、近江を味方のつけて牽制させたいお考えであろうか」


長政の指摘に藤掛長勝が、びっくりして肯定する。


「しかしながら、我々は南の六角承禎を敵にして緊迫した状況にある、織田どのの思惑通りに行く保証はあるのか?」



「恐れながら、浅井様が先の合戦において、六角を叩きのめされたことは我が主の知るところでございます、内から腐った六角などひと捻りではないでしょうか」

藤掛長勝が意見を述べる。


「……そこまで知られてはかなわんなぁ、いかにも近江はほどなく手に入れるつもりよ」


こいつは参ったとばかりに長政が笑う。


「むろんタダではございません、我が主の妹様を浅井様の正室に迎えていただきたいと我らは望んでおります」


「その妹姫の歳はいくつだろうか?」


「はい、浅井様よりも2歳下で13歳、浅井様は15歳、お似合いでございます」


藤掛長勝が話を終えた。


あとは浅井長政の決断だけである。


赤尾清綱が長政を凝視する。


暫しの沈黙が空間を支配した。


「……織田家との縁組を承知致したと伝えられよ」


藤掛長勝の肩が軽くなった。


「ありがとうございます、我が主も喜ぶことでしょう、では婚礼の日取りは追ってお知らせいたします」


こうして織田家と浅井家の交渉は成立する。


市姫と長政の婚礼を持って正式に両家は、婚姻関係で結ばれることになる。



さて藤掛長勝が帰ったあと、赤尾清綱と遠藤直経が長政のもとにやってくる。


「殿、これからがいよいよ当家の正念場ですぞ、早いとこ近江を平らげてしまわねば信長に良いように使われてしまいますぞ」


遠藤直経が長政に詰め寄る。


「今や六角は美濃の斎藤や、越前の朝倉と縁組しようとする意見で、割れておりますが、油断大敵と申します、美濃まで敵にして勝てるのかいささか不安ですな」


「案ずるな、美濃は織田に気を取られて積極的には動けないと、俺は見ている、脇腹をいつ浅井に突かれるかわからないのに、動けるわけがない」


「なるほど、そのうえで六角を仕留めるわけですな」


「そういうことだ」


「ちょいと美濃へ、揺さぶりをかけてみるのも良いかと考えます」


赤尾清綱が提案する。


「織田が呼応して出陣してくれば、斉藤義龍は兵を返して織田に挑まざるを得まい」


「我々が、出払うと六角がこれ幸いと、攻めてくるかも知れませんが如何に対処されます」


「むろん完膚なきまでに叩きまくるのみ、場合によっては観音寺城まで押し寄せてみようではないか?」


愉快そうに浅井長政がわらい出すと、つられて残り2名も笑い出す。



翌年の永禄4年(1561)3月 美濃 関ヶ原の南宮山。


浅井長政軍六千と、斉藤義龍軍1万が睨み合う。



尾張清洲城に急報がもたらされた。


藤掛長勝が信長に報告をした。


「浅井様の兵と斉藤義龍軍が関ヶ原にて対峙しているので背後を突いてもらいたいと、浅井様から知らせが届きました」


「よし、陣触れじゃ、兵を集めよ墨俣川を越えて美濃へ攻め入る」




南宮山の浅井長政軍本陣。


「申し上げます、六角勢が佐和山城を包囲致しました」


「織田信長が美濃へ攻め込み斉藤義龍が兵を稲葉山城に戻しております」


遠藤喜左衛門直経が長政を見つめる。


「よし長居は無用だ、とって返して佐和山城の六角勢を叩こう」



「浅井長政軍は、六角承禎に攻められた佐和山城を救う為に、兵を近江に返したそうですわ、斉藤義龍は旦那様を討つ為に急いで、こちらに向かっているので、お逃げください」



墨俣川を渡河中の織田信長に、淡々と魔道巫女の玲奈が告げる。


あまりの事態急変に信長が喚き散らす。

「ええい、しかたないゆえ、我々は清洲まで引き揚げるぞ」


信長の美濃攻めは失敗に終わった。





永禄4年(1561)5月 尾張の津島にて華々しく祭典が催さる。


主催者は清洲城の主にして、尾張の若き領主である織田信長だ。


東国と西国の交通と経済活動の要地として栄える津島は、熱田についで金銀財宝などの富を、信長の父親の代から織田家にもたらし、その力を借りて駿河の今川や美濃の斉藤と戦う為の潤沢な資金を産み出す打出の小槌である。



その祭りを特等席の屋形から2人の目が見つめる。


「去年の桶狭間の戦いで、今川を退けてから最早尾張に戦乱が起こらないと庶民たちも喜んでいますわね」


太鼓・鼓・笛・鉦などの囃子に、それぞれ趣向を凝らしたコスプレに身を包んだ領民たちが浮かれ踊る様子を、玲奈が楽しそうに感想を述べる。


「そうだとも、皆の顔を見よ、明るく輝き平和を満喫しているではないか?これこそ理想郷よ」

織田信長が得意げに熱弁を奮う。


彼の今日の装いは天人の衣装を着こなし、女装している。


「玲奈、今日はとびっきりの巫女舞を披露致せ、みなが酔いしれる舞で舞台を盛り上げるのだ」


「もちろんですわ旦那様」


「勝三郎(池田恒興)用意は良いな?」

乳兄弟の池田恒興が信長の問いに頷きを返す。


「お館様が乗られる山車は、いつでも出せます」

「当たり前だ」


「ならば触れを出せ、皆が山車を囲むように踊るのじゃ」


さっさと信長が身軽に山車の舞台に登ると、ゆっくり山車が動き出す。


曳くのは数頭の牛で、その先頭を歩き巫女達が、ナデシコ、スイセン、スズランなどこの時期にふさわしい花々を撒き散らして、華やかに踊る。


「さぁさぁ、皆の衆 お殿様が参られます、神の使いの天女が牛車に乗って天下られます」


軽快な節を付け、独特の歌唱を持つ巫女たちが盛んに触れ回る。


「お館様だ」

「天女が現れた……ありがたやありがたや」

信心深い民衆がひれ伏す。

人々が山車の信長に歓声を挙げて歓迎すると信長は、手を大きく振って答える。


「皆の者、良く聞け、これより尾張に戦など起きぬことをこの織田上総が皆に誓って約束しよう」


信長の宣言に、民衆が歓喜の雄叫びを挙げる。


「ならばこれより、熱田神宮の巫女たちが皆の長寿、健康、無病息災を天に祈る神聖な舞を披露するゆえ、しっかり各々の目に焼き付けよ」


白装束に緋の袴を着た玲奈が率いる歩き巫女が、悠然とした足取りで民衆の前に現れた。


場が静まるのを見た玲奈が、鉦を打ち鳴らしながら優雅に詔の詠唱を始まると、巫女たちが合わせるように、舞い始める。


両手を天に翳して、左右に歩み寄り、何かを放つかのように、両手を民衆に突き出し、右足を軸にして1回転する。


やがて玲奈が鉦を鳴らし終え天を仰ぎ、トランス状態になり髪を振り乱して両手と両足を交互に激しく左右に動かす。


やがて袴を捲りあげ白い太ももを晒して、しなやかな腕を豊かな胸に宛てがい、何事か唱える。



「おお白鷺が現れたぞ」


民衆が天を指差し口々にざわつき出した。


やがて白鷺が舞い降り信長がいる山車に止まると、信長が華麗な仕草で、両手を天に向けて、天のエネルギーを得る真似をしてみせた。


「皆の者さぁ踊れ、天の加護を受ける信長がいる以上は安泰じゃ」


信長の掛け声に皆が踊りを再開して以前よりも熱狂的に踊り狂う。


やがて夜になると、天神川に提灯を付けた船が数隻現れ、イルミネーションを演出する。


「素晴らしい見物です、旦那様」


「であるか」

愉快そうに口元を緩める信長に玲奈が感想を言う。


「こういった祝いの席に、稲に縁談が来た、相手は三河の松平元康の嫡男で竹千代という4歳だがな」


「まぁ気が早いことを、稲はまだ11歳なのに婿が……」


あまりに突拍子も無い信長の言葉に、玲奈が衝撃のあまり途中で黙り込んだ。


「仕方なかろう、嫁に出せる姫が2人しかおらんからなぁ」


既に信長は、他にも子供がいた。


未亡人の生駒吉乃に、奇妙丸(信忠)と茶筅丸(信雄)を産ませている。


吉乃は現在3人目がお腹にいる。


「わかりました」

玲奈が寂しそうに折れた。


「玲奈、俺も辛い……だが弱音を吐く真似は出来ん、それこそ敵や不満を持つ輩に付け込まれる弱味になる、それでは上に立つ者として、領民を守りきることが不可能になる、民を不幸にしては国は成り立たぬ」


信長の声が若干湿っぽく聞こえるのは玲奈の気のせいだろうか?


「姫は和平の架け橋として尾張と三河を繋ぐ要になるんだですね」


「である」

2人はしばらくその場で寄り添うのだった。







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