魔人酒呑童子VS魔道巫女玲奈
酒呑童子と玲奈が遂に、花の都でガチバトルに。
長期間に渡る因縁対決となる……その戦闘開始のベルが鳴り響く。
永禄2年(1559)2月初旬。
この頃の京都は、それぞれ土塁に囲まれた公家と武家屋敷が集中する上京と商人などが住まう下京に別れ、両方を朱雀大路が貫く形の都市になっている。
そこに尾張を平定したばかりの信長一行200あまりが、尾張から鈴鹿峠越えで近江経由で到着した。
「噂通りだな、荒れている」
応仁の乱以降の動乱により、都はほとんど荒廃している風情を醸し出す。
「こりゃ酷え、廃屋から死臭が……」鼻をつまみ河尻秀隆が悲鳴をあげた。
「埋葬すら出来ぬほど困窮しているのだ、公方と三好長慶は、どうしておるのか」
信長が不快感露わに吐き捨てる。
このありさまでは禁裏も凄まじく困窮しているに違いない。
信長は天をあおぐと、「いずれ上洛した暁には都を大掃除いたそう、これでは帝も哀しまれておられよう」
黙って信長は京都御所に足を向けて馬を進めた。
一行も遅れずに従う。
前田又左衛門が、いきなり馬を止めて叫ぶ。
「と……殿、狐が飛び出して塀を越えて御所の庭に入り込みおった」
「こりゃ狐狸の巣窟でございますなぁ」と木下藤吉郎。
笑えない猿のブラックジョークに一同は凍りつく。
「サルめ、次にくだらん口をきいたら、その口を縫い付けてやるからな」
「申しわけありません、殿……つい思うたことが口に出ましてな」
地面にめり込むくらい額をつけて謝罪する藤吉郎の頭に信長が、足を載せてジリジリ踏みつける。
やがてキッと前を見据えて御所を見つめる。
「禁裏を血に染めるわけにはいかんゆえ、此度は許してやろう」
冷たい声と共に藤吉郎から足を離した。
そして馬に跨がると、信長は素知らぬ顔で公家の山科屋敷を目指す。
一行はそこで一泊して翌朝には、室町公方御殿に向かう。
時の十三代将軍・足利義輝は、近江に逃れるなど三好長慶と敵対していたが、数年前に和平交渉の末に京都への帰還を果たし、以降三好長慶の家老格の松永久秀の監視下で過ごしていた。
側近衆に三渕藤英・細川藤孝・一色藤長らが補佐している。
剣術指南は、塚原卜伝と柳生石舟斎が担当し、義輝は鍛えられて相当な腕前になっていた。
「おい門番……公方に面会に来たゆえ取り次ぎを頼む、尾張の織田上総介みずから公方に苦言を申しに参ったと言え」
上から目線で居丈高に信長は戦場声を張り上げて門番を睥睨する。
門番は信長の殺意の波動かつ威圧的態度に怯み、慌てふためく勢いで、玄関先に駆け込む。
しばらくして、1人の男が歩いて来て信長の前に立つ。
「これは尾張の国主 織田様ですね、お待ちしておりました」
そう言うと慇懃無礼な態度で細川藤孝はあごをしゃくった。
「そういうお主は何者か?」
「無礼な挨拶を為さる方に名乗る必要は無いと存じますが、名を問われたからにはお答えいたします。それがしは、公方様の側近で、細川与一郎藤孝と申します」
「ふん、無礼には無礼で返すとはそなた余程、負け嫌いとみえるな」
「いいえ貴方様ほどには、この与一郎如き遠く及びませんよ」
眼光鋭く2人が火花を散らし合うさまを黙って一行はハラハラして見ている。
「気にいった、いずれまた会う時が楽しみだ細川とやら」
「尾張のうつけに気にいられるとは光栄の極みですな」
そう言うとカラカラと藤孝が大笑いした。
供は控室に待機させられ、信長は細川藤孝の案内で義輝と対面した。
「この信長は、公方さますら羨ましいと思える偉業を尾張にて成し遂げました、ひとつは道端に死臭がせぬこと、家に鍵などかけずとも盗人が入らないこと、商いに邪魔な関所がなく尾張は豊かに潤っていること、これらはこの信長の自慢でございます」
そう言うと信長は静かに義輝を見つめる。
「上総には参った」
「この信長ならば都を美しく賑わう街にしてみせます」
「確かに」
信長の力量を認めて義輝は静かに頷く。
「しかし余を悩ませるは三好の輩だけではないのだ」
苦しげに義輝が訴えた。
細川藤孝が身を信長に向けて話す。
「近年、都を丹波大江山を、根城とする酒呑童子率いる鬼が、荒らし回り被害が出ております。三好長慶殿が再三に渡り、鬼討伐の兵を動かしておりますが、いかんせん役に立ちませんでした」
藤孝の顔は苦虫を噛み潰したようになっている。
「実は酒呑童子の悪事を挫く為に、此度は尾張より助っ人を連れて参りました」
「なんとそれは誠か」
藤孝と義輝の声が同時に信長の耳に届く。
「さよう、魔物には魔女をぶつけるが一番でござろう、玲奈来い」
信長の声に応じて空中から魔道巫女の玲奈が現れた時には、藤孝は肝を潰して腰を抜かし、義輝は刀を抜いて身構えた。
この様子を面白そうに信長は見ていた。
「申し遅れました、織田上総の妻にして魔道巫女の玲奈でございます、以降お見知りおきを」
玲奈が自己紹介した。
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朱雀大路に面する民家に、鬼が現れたのは玲奈が現れた時と同時だった。
いきなりの赤鬼の出現に、授乳中の女房が絶叫して思わず乳児を落としてしまうが、体は金縛りにあったように動かない。
赤鬼が女房を見て涎を垂れ流し、すらりと動いて女房を羽交い締めにして咆哮する。
「オンな……犯す」ぎこちない声が女房を絶望の淵に立たせる。
別の家には白鬼が、いきり立つ摩羅を背後から商人の女房に突き立てて強烈に尻を の の字を書くように突き動かす。
周囲には、無惨に引き裂かれた奉公人の顔と噛み砕かれた死体が転がるのみだった。
だが悲劇はそれだけに留まらない。
黄鬼に組み敷かれて痙攣する小娘が、ハァハァ息荒く白目を剝いたまま口からゴボっと何かを吐き散らすと、咆哮を挙げて鬼を退かせると、牙を剝いてまだ息のある両親に噛みつき、美味そうに食べ始める。
朱雀大路では鬼に変化した元人間達がワラワラと群がり生きた人間を襲い出す。
その脇では緑鬼に犯されていた臨月近い妊婦が人とも思えない咆哮とともに、緑に変貌して胎内から緑色の液体に包まれた小鬼を捻り出す。
それを見て緑鬼がニヤリと笑い、不気味な咆哮を挙げている。
その様を酒呑童子は楽しげに笑いっぱなしで見ていた。
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「大変なことが朱雀大路で起こったようです」
三渕藤英が弟の細川藤孝に告げた。
「織田様、ただいま朱雀大路にて酒呑童子が女を鬼に変えて人々を襲わせ、虐殺していると知らせがありました」
「案ずるな、こっちには変幻自在な魔道を操る巫女衆がいる」
信長が玲奈の方を見てきっぱり言いきる。
「お任せください、酒呑童子など軽く捻ってご覧に入れます」
信長が頷く。
阿鼻叫喚の生き地獄と化した朱雀大路に、2人の公家装束の男女が現れる。
不甲斐ない三好や、足利将軍の無様な失態に業を煮やし朝廷の陰陽寮から派遣された陰陽師・土御門靖子と、勧修寺晴豊である。
「都を騒がせし不埒な物怪、成敗致す」
勧修寺が破邪の法の手順を踏んだ。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」
緑鬼が、咥えていた無惨に体液と脳漿が垂れ流される女の生首を投げ捨てる。
「ガアア~」
うざそうに吠えると、ひとっ飛びで勧修寺のすぐ近くに着地して鼻息を吐き出す。
「うええ〜」鼻息をもろに食らった勧修寺が袖口で鼻をつまむ。
血生臭く、イカ臭い息は、吸うだけで嘔吐を催す代物だ。
隣にいた土御門靖子は、恐怖のあまり動けなくなるのをかろうじて堪えて式神を操る呪文を唱えた。
まとわりつく式神に緑鬼が身を捩り不快感露わに腕や足を振り回す。
それを見ていた赤鬼が犯していた女から離れて駆けつける。
そして拳の一撃を土御門に見舞う。
悲鳴すらあげられない土御門は、空中を舞い路上に止められていた藁を積んだ荷車に放り込まれた。
緑鬼と赤鬼が残る陰陽師の勧修寺に近寄り、耐え難い息を吐きながら赤鬼が渾身の力を込めて勧修寺の肩から背中を5本の爪で抉るように、引っ掻く。
「だれか……」
勧修寺は恐怖のあまり失禁し、脱糞した。
緑鬼が不意に新たな気配を察知して上を見上げると、深紅の袴に漆黒の小袖を纏う魔道巫女玲奈が、空中から降りてきた。
片手と右膝を地面につけて、華麗にスーパーヒーロー着地を決めた玲奈が、ボロボロの陰陽師に向かい言った。
「陰陽師はお帰りくださいな」
玲奈の右手が印を結ぶと、陰陽師・勧修寺の体が宙に浮き鬼から引き剥がす。
ふわふわ浮く陰陽師と荷車に投げ捨てられた靖子を里奈が、陰陽師屋敷まで転送してやる。
獲物を奪われた赤鬼と緑鬼が玲奈に怒りの目を向けるが、玲奈は平然として詠唱を始める。
続いて降りてきた魔道巫女達も唱和する。
「鬼さん、こちら手の鳴る方へ。鬼さんこちら手の鳴る方へ」
玲奈が手を鳴らすと操られたように赤鬼が白鬼に向かって腕を振る。
顎を砕かれ白鬼が昏倒した隙に、巫女の由奈が白鬼に飛びつき動きを奪う。
「お頭 こいつ精力の塊ですよ腹いっぱい吸わせて貰います」
「麻耶に明日香、哀れな小鬼どもを浄化してやりなさい」
「はい」
2人が両手を群がり寄せて来る元人間の小鬼に向けて白いスパークを放射すると、忽ち小鬼どもは、崩れ落ちる灰になって消えていく。
そこへ赤鬼が割り込みをかけるが、玲奈の稲妻の槍を頭部と脇腹に受けて倒れる。
すかさず玲奈が緑鬼の肩に両足かけて跨り、太ももに力を込めてまたもや歌う。
「大物さん もうすぐ日が沈むわよ」
「グワア」
緑鬼がなんとか玲奈を振り払うべく、体を揺するが、玲奈はかえって腿に力を込めて鬼の首を締め付ける。
「大物さん、早く帰らないと日が沈むわよ、優しいお姉さんがあの世に送って・あ・げ・る」
そんな玲奈の背中に飛びつくのは、緑鬼に孕まされて変貌した元人妻の緑鬼だ。
緑色の液体を口から垂らし、鋭い犬歯は鮮血に染まり人肉がこびり付いている。
「あぁちょっと、オイタはお止めなさい」
玲奈が空いている片手を背中にいる緑色の女に近づけると光の塊が生じて、緑色の女を焼き尽くす。
緑鬼が窒息死してドオンと派手に地面に、突っ伏す寸前に玲奈は飛び降りる。
「まあ精力満タンなこと」
玲奈は今まさに幼児を口元に持っていこうとする黃鬼に火球を複数投げつけて倒した。
幼児は由奈が保護して転送する。
玲奈は倒した緑鬼から目を離し、酒呑童子と対峙する。
「酒呑童子……」
「尼子の戦巫女……魔道を使いこなす最強の女……どうだ、俺と手を組み、人間共を支配下に置こう、ちょうど強い力を持つ女が欲しくなってな」
玲奈がゆっくり首を左右に振ると人差し指を、酒呑童子に突きつけて糾弾する。
「お前は鬼を使って面白半分に人々を虐殺し、鬼に変えている、私達とは到底相容れない存在ね、私達は無差別に人を襲っていない、人間の恨みを買う真似などしていない」
「これはとんだ挨拶だな、お前が目指す世も俺と同じだろうが……しかしなお前らが、尼子経久配下時代にめちゃくちゃやった噂は丹波にも聞こえているさ」
「それはもう済んだ話よ、殺らないと殺られる御時世なんだから」
「逃げるように尾張まで逃げて来た魔道巫女ふぜいがよく言うぜ」
「調子に乗って要らんことまで言うと命を落とすぞ、酒呑童子」
そう言うと玲奈は、背中から剣を取り出し構える。
酒呑童子の顔が青ざめる。
「それは……」
酒呑童子の狼狽を嘲笑うかのように玲奈が、口元を釣り上げて冷酷に微笑む。
「おやおやこれをご存知とは驚きだね、私の先代を討ち果たしに来て返り討ちにされて散った武芸者の形見……斬鬼烈断刀……神便鬼毒酒よりも切れ味鋭い至高のお宝さ」
「チッ……白鬼も赤鬼も緑鬼まで倒され、黄鬼は深手を負わされたか、使えねえ」
「どうする、このまま殺り合うかい、酒呑童子」
力量の差を存分に見せつけられ不利を悟った酒呑童子が捨て台詞を吐く。
「今日はいったん引き上げてやる、だかな覚えとけ、必ずテメエの首を取る」
「お好きなように……その時は私と戦った事を後悔なさい」
玲奈がに応酬する。
戦果報告をする玲奈の言葉に、信長は満足感溢れる笑みを見せて良くやったと労ってくれた。
「さて都での要事は済んだゆえ尾張に今すぐ帰る」
細川藤孝や将軍義輝に暇ごいの挨拶を済ませた信長が言った。
ではとばかりに魔道巫女の由奈が大きな輪っかを出現させて尾張清洲と直結させてくれた為に信長一行は、スムーズに清州城に帰還した。




