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吸精魔の歩き巫女 玲奈の天下創世記  作者: 羽柴藤吉郎
第3章 今川との戦い
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信長の上洛 

尾張をほぼ統一し、信長は伊勢参りを兼ねて都見物に赴くが、都には恐ろしい魔人 酒呑童子の狩り場になっていた。


永禄2年(1559)正月15日。


 尾張国内に存在する反信長勢力の最後の大物である北の4郡を支配する岩倉城の主 守護代の織田信賢(のぶかた)が遂に数カ月に及んだ籠城戦の末に降伏開城した。


浮野の戦いで勝利し、逃げる敵を追撃してそのまま籠城戦に追い込んだ信長の戦略的勝利である。


信長はすぐさま守護代を国外追放に処して、尾張をほぼ平定することに成功した。



「味方が駆けつけぬ勝算なき籠城など既に負けていると思わねばならん、どこなりと好きなところへ行かれよ」



 東側の三河国境の沓掛・鳴海・大高城(知多半島)は今川義元の支配下に置かれたまま火種は燻る一方であった。


「さてと俺はちょいと伊勢詣でをしてくる」

清州城で側近を集めた席で、いきなり信長が切りだした。


側近の間にピリピリ緊張が走り抜ける。


「殿……いつ頃出発されます?」

恐る恐る河尻秀隆がお伺いをたてる。


東側の今川義元への備えはどうするとか、こんな時に伊勢参りかと信長に言う愚か者などはいない。


自分の決めた方針や決定に意見や批判されるのを嫌う信長の逆鱗に触れて何人かが、既に無能として斬り捨てられている。


如月きさらぎ(2月)初旬よ、供は100人、派手な装いで街道を練り歩く」


「来月でございますね!承知致しました」

乳兄弟の池田勝三郎恒興が答える。



その夜。清州城の奥御殿にて信長は玲奈と向かい合う形で寄り添う。


「旦那さまは来月伊勢参りと、都参りに行かれるそうですね」


「俺の心などそなたに掛ればお見通しか……さよう室町公方の顔を拝みに行くのが主な目的よ、伊勢参りは後でもかまわん」


「それともうひとつが禁裏への献金ですね、先帝の葬式代すら工面出来ないほど困窮を極める帝を救おうとされる計らいに訪問された山科卿が感激してましたね」


褒めるほどでもなかろうと言いたげに信長が玲奈の方を見てほくそ笑む。



「恩を売っておいて損はなかろう、貧乏臭い公家の奴らは金回りが良い奴に、群がり甘い汁を吸うからの、しかも汁が出なくなり金や力を失うと手の平を返すように離れて知らん顔で、敗者を捨て、新たな勝者に群がりタカるを繰り返す、平安朝の昔から反吐が出そうな生き方しか出来ん奴らだ」


「まぁその通りですよね」



「まったくだ、しかも今の都には、酒呑童子しゅてんどうじなる魔物が鬼を引き連れ暴れているらしい。三好長慶が何度も討伐を試みているが、ことごとく失敗しているそうだ」


「あの……それを私達に倒せと言うことですか?」


「別に今倒せとは言わぬ、小手調べに相手をせよと言っておる」


「いずれ京に入れば嫌でも敵対するから今の間に小手調べしておけということですね」


「はっきり言えばそうだ、イヤとは言わさん、お前たちの真の力を俺に見せよ」


「承りました旦那さま。我らの真髄をお見せします」


巫女頭としての立場で玲奈が頭を下げてひれ伏す。


「楽しみにしているぞ玲奈」

信長が玲奈の頭を撫でて呟くのを聞きながら玲奈は思う。


(試すことでしか人が信用できないとは哀れなお方)



寝床にて信長が珍しく寝物語を始めた。


「その昔に源頼光に率いられた四天王が、酒呑童子に酒を飲ませて泥酔したところを首を刎ねたと聞いたが、神便鬼毒酒しんべんきどくしゅとはそんなに効くのか?」


「さあ、わかりませんが今のお話では酒呑童子は死んだはずでは?」


「たしかにな、しかしながら実は酒呑童子めに捕らわれていた姫が酒呑童子の子を宿したまま助け出されて、秘かに産み落としたのが、今の酒呑童子の末裔なんだと、山科卿の話では、陰陽師如きには手も足も出ないくらい強い魔力を持つということだ」


信長が昔話を終えた。

「つまり魔を制するには魔を使う方が、陰陽師如きよりも力になるという理屈ですね、わかりました」


「そうだ力ある者に人は従う習性があるからな、魔道巫女を配下に持つ織田の力を天下に知らしめる為には、素晴らしい舞台というわけよ」


玲奈があることを、想像して思わずニヤリとしかけて慌てて信長の胸に顔を埋める。


(酒呑童子を倒した魔道巫女の魔力にひれ伏す人間達か)


想像するだけで気持ち良いなと玲玲は初めて思っていた。


知らない内に信長の傲慢不遜が感染していることにまだ玲奈は気づかない。




平安京 朱雀大路。


 丹波の大江山を根城とする酒呑童子が、夜な夜な現れては公家や大商人の蔵を襲い、気に入った女はその場で暴行して、泣き喚く女ごと拉致して行く怪事件が発生していた。


後に残るは、首を斬られて頭を割られている惨たらしく血塗れの惨殺死体が残るばかり。



「お頭、獲物がたんまり手に入りやしたな」

下卑た笑いを浮かべ、赤鬼が女を酒呑童子の眼前に差し出す。


「なかなか良き体付きをしておる」

乳房を遠慮なく弄りながら酒呑童子がニヤつく。



「お願い、殺さないで」あられも無い姿の女が泣きじゃくる。


「あぁ殺しはせんが、死ぬまで我らの子供を孕ませてやろう」



卑猥な笑みを浮かべ、絶望のあまりに泣き喚く女を肩に担ぐ酒呑童子が引き上げを告げた。

黄鬼、青鬼が卑猥な笑みと涎を垂らして不気味な哄笑を響かせる。


 それぞれ手に入れた宝物を酒呑童子に差し出す。

品定めするかのように酒呑童子が戦利品を一瞥して満足そうに唇の端を歪めた。


「者ども、引き揚げるぞ、陰陽師が来る前にな」

酒呑童子は、両手を前に翳して大きく円を描くと、紅い閃光が走り空間が丸く抉られたように穴が空く。


穴の先に広がるのは丹波 大江山である。


夜な夜な大江山には女達の喘ぎと鬼の猛り狂う吠え声が響いたという。


陰陽師 土御門靖子が人形を持って息荒く駆けつけた時は手遅れだった。


京都 三好長慶の屋敷。


稲荷筑後いなりちくごに命じる、丹波の大江山まで行き、都を荒らしまわる酒呑童子を討ち取って参れ」


長慶が苦り切った顔を見せて家来に命じる。


同席していた松永久秀が、稲荷が立ち去った後に、溜め息混じりにつぶやく。

「あの者には荷が重すぎる任務になりますなぁ、殿様?」


「しかたあるまい、あの……妖術使いの果心居士ですら敵わなかった奴だぞ」



「あのまがいモノめ、酒呑童子などひと捻りだと、大口叩いておきながら、酒呑童子と対峙した途端に率先してチビって漏らして逃げたと生き残りの足軽が、言い残して死んだと聞きました」


忌々しそうに松永久秀が吐き捨てる口調で主君の長慶に訴えた。


「近頃、魔力に秀でた者ばかりがあちこちに現れては、武将達に取り入っているとか……尾張とか出雲とか安芸とか近江など噂が絶えませんな」

胸の内で独り言をつぶやく松永久秀は、先が思いやられるとばかりにため息を漏らし、やがて主君の元から退去する。



尾張 那古野城。

「ハクション」

魔道巫女の玲奈が盛大にクシャミをして鼻を啜った。

「私の噂をするのは誰じゃ?」





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