いざ東国へ行きましょう!
出雲の守護代だった尼子経久が亡くなり、至高の魔道巫女 玲奈は仲間を引き連れ、故郷の出雲を離れ尾張へ向かう。
西国にて、有名になり過ぎ、活動に差し障りが出るのと、魔道巫女は、経久個人に忠誠を誓う存在であり、尼子家に居続ける理由が無かったのでした。by歩き巫女 玲奈
天文10年(1541) 出雲の月山富田城。
11月中旬に、魔道巫女の玲奈は尼子経久の病の快癒を祈願する名目で呼び出された。
やつれた顔で病床に臥せる経久を見て一目で、先が無いと悟った玲奈に対して経久は平然として言った。
「ワシの寿命なら、ワシが一番良く知っているから嘆くことは無い、これまでワシに尽くしてくれた恩義は忘れない。我亡き後はお主の自由に任せる」
「御館様の教えは忘れません、謀多きは勝ち、少なきは負ける。いざという時は己だけが頼りになる、お調子者の口先は信じるな……諫言する者は大事にせよ……利用できる者は何でも利用して我らの有利に運ぶべし……ありがたく肝に刻んでおります」
経久が微かに笑い「達者でな」と労ってからいくつか玲奈に話をしてから昏睡状態に陥った。
数日後に一代の謀将 尼子経久は84歳でこの世を去った。
翌年の正月 摂津の有馬温泉に玲奈は仲間を引き連れて滞在し、東国の情勢分析を行っていた。
「畿内(摂津・河内・和泉・山城・大和)は、幕府管領の細川晴元が権勢をふるい、配下の三好長慶が台頭しています」
「その勢力は畿内に加えて丹波・淡路・阿波・讃岐・伊予に及んでいますが、不安定な情勢にあり、内部抗争に明け暮れて三好長慶が細川を追い落とす勢いにございます」
「何でも将軍義晴と何度でも都落ちを繰り返す有り様と聞いた、都は荒れ果てているようだな」と玲奈。
「ついでに御所も荒れ果て修理する金すら無く、公家などは地方の荘園を直に支配するために、土佐に一条氏や、飛騨に姉小路、伊予に西園寺などが赴く者が後を断たぬようです」
「まあそれはよい、続けてくれ」
「近江は浅井と六角が小競り合い、大和は興福寺の力が強く、紀伊は高野山の支配にあり、伊勢は国司の名門の北畠がいます、美濃は守護の土岐が斉藤道三に追放されて乗っ取られたようですし、尾張の織田と駿河の今川は三河の小豆坂で戦い、北条氏康は関東に勢力を広げんと、佐竹や里見と衝突しています……奥羽は芦名と最上と、南部に伊達くらいが目立つ程度です」
「最後に甲斐では、武田晴信が親父の信虎を駿河に追放して家督を奪ったようです」
これには玲奈も驚いた。
「東国も西国も小競り合いばかり続くのか……なるほど」
腕を組んで玲奈が思案を始める。
やがて目を開くと唐突に言った。
「我らは甲斐源氏を滅ぼす一矢になろう、我らの祖先の宿敵の片割れを滅ぼす良い機会となる、そのための拠点を尾張の熱田神宮に置くことにする」
「ゆくゆくは織田に力を貸すことになりそうですね」
「さよう、平氏を自称する織田が源氏の武田を滅ぼす……実に皮肉な話だな」
魔道師達が爆笑した。
「せっかくだから、尾張に住み着く前に、富士山を見物しておきましょう」
方針が決まり、歩き巫女の一団はひとまず駿河を目指した。
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天文11年(1542)10月 甲斐の東光寺。
諏訪頼重が信濃に侵攻してきた武田晴信に降伏して、甲斐の東光寺に連行されて即刻自害に追いやられた。
「姫様に申し上げます」
侍女に化けた魔道師のトヨが悲しげな顔で、頼重の娘である湖衣姫に声をかける。
「御館の頼重様が晴信の命令で本日、自害されました」
「……父上様」
悲しみをこらえて憎しみの顔で宙を睨み付ける湖衣姫。
「この恨み……いずれ晴らす」
同情する素振りを見せるトヨのミッションは、天皇家に連なる武田の打倒である。
そのためなら、目の前で武田晴信への憎しみを募らせる湖衣姫の心を利用して闇落ちさせることに、なんら躊躇うことはなかった。
むしろ好機である。
囚われの姫の心を操るくらい容易いことはない。
「姫様の血を引く男子を、武田の家督に就けて問題にさせて、家中に亀裂を生じさせるのです」
自分が滅ぼした諏訪の血を引く男子を、当主にすると必ず不平不満を抱く輩が現れるはずで、晴信亡き後に我が当主だと認めさせるために無理を重ねるに違いない。
強引なやり方に、晴信時代を慕う一族郎党から、敵に通じる者が現れて、武田家自体が敵に滅ぼされることを熱心に説いて聞かせた。
やがて2ヶ月かけて説得した努力の成果が出た。
湖衣姫がゾッとする妖艶な笑みを浮かべ頷いたからだ。
「父上の仇の武田を我が血で滅ぼしてやろうではないか」
「その心意気ですよ、姫様」
内心で晴信を嘲笑いながらトヨは姫を褒めあげた。
この知らせは、直ちに繋ぎ役の巫女から、駿府・浅間神社に滞在する玲奈の元に届けられた。
「これで武田家は終わりを迎える……よくやったとトヨに伝えて、晴信に湖衣姫のみを寵愛するように最後の仕掛けを施せと伝えよ」
繋ぎ役の巫女が畏まって承り姿を消す。
「さてこれから、尾張の大うつけで評判の吉法師(織田信長)の相手をしに行くとするか」
尾張の方角を見据えて玲奈は足を一歩踏み出した。
とにかく変わった小僧で、大蛇の住むと伝わる池の水を全て抜かせて、刀をかざして何もいないぞと、言い放ったと魔道師からの報告に興味が沸いたからだ。
熱田神宮に巫女として住みつくつもりでいる。
そして様々な魔力を使って信長を虜にする想像をする玲奈は自然に笑みがこぼれていた。
天文11年(1542)秋晴れの早朝。
駿府 浅間神社を出発した玲奈一行15人は、東海道を西に2日ほど進んだ辺りのとある茶屋に立ち寄った。
「良いお天気が続いて気持ちいいわねぇ」
玲奈が深呼吸してほっこりしていた時に、1人の巫女が玲奈に言った。
「清々しい気分に水をさすことをお許しください。我々はどうやら駿府を出たところから付け狙われているようですが、ほっといてもいいんですか?」
「まあそれは気づいていたわ……追っ手は12人くらいのいかにも悪そうな連中でしょう」
涼しい顔で大したことないように玲奈が笑う。
「さしあたり寿桂尼の差し金でしょうね。この前の参拝で私を見た時にただ者ではないと見破り、始末しようとしているようね」
「わかっていないようですね……あの尼さん」
呆れると言わんばかりに1人が言った後に玲奈が不敵な笑みを見せる。
「ええ!私たち歩き巫女に、喧嘩を売るとどうなるかということが……教えてやりましょうか、私達の魔力」
その場の皆が頷いてから玲奈を見つめた。
「適当なところに誘い込んで始末しましょう、延々とハエみたいにつきまとわれては五月蝿くてイヤだわ」
玲奈はそう言って勘定を済ませ、仲間を連れて歩き出すと、尾行している追跡者達も尾行を再開した。
「大井川が見えてきました、向こう岸は遠江になります」
「ちょうど都合よく葦原が広がっているから、あの術を使わない?」
玲奈が言った。
「おやおや向こうも同じように、我々を葦原に追い込むつもりらしいですわ」
玲奈が片手の親指と人差し指で円形を作り、ぶつぶつと呟いた。
「大地の偉大なる精霊の名において我は汝に誓う。我らに害意をもたらす愚か者どもに等しくその精気をすべて奪い我らの糧となすことを始めたもう」
やがて巫女達は追っ手を誘うような形で葦原に入り込む。
「よしあそこで巫女どもを犯して殺ってしまえ」
親分が子分に命じた。
愚か者の集まりは次々と葦原に突入して呆気に取られた。
巫女達がおもむろに半裸で舞を舞っていたからだ。
1人のリーダーらしき巫女が音頭を取り、艶かしい踊りを披露している様を見た追っ手たちは毒気を抜かれたように動けなくなった。
みるみるうちに、巫女達が妖艶な舞を舞いながら追っ手を取り囲みすり寄っていく。
「まあ精力絶倫そうな肉体ねぇ……吸い尽くし甲斐があるわ」
そう言って舌を出して男の頬を舐めまわす巫女の仕草に、獲物はがんじがらめになり、気づけばいつしか褌1枚になっていた。
隆々と聳える珍宝に巫女達が涎を垂らして、しゃぶりついた。
「ぐええ」男達は悲鳴とも何とも形容しがたい叫びを挙げて悶絶して倒れていくと、すかさず巫女達が跨がって腰を激しく振り淫らな嬌声をあげるのに対して、男どもは苦悶の顔で抵抗を示した。
「あらいやだ、怯えているの?でも安心して……もうすぐ逝かしてあげるから」
「ふふ 苦しいの?大丈夫よ……お姉さんが優しく逝かせてあげるからね」
「良いわ……あなたの精力はなかなか美味いわ、もっと吸わせてくれないと許さないからね」
玲奈が歯を出して男の胸にかぶりついた。
「あぁ肌艶がますます麗しくなっていくわ、最高」
「ねぇ、お兄さんだいぶ干からびているけど、とどめを刺してあげようかしら……えへへ」
断末魔の悲鳴と、淫靡な喘ぎが交じり合い獣の交わりと変わらない感じになった頃にようやく静寂が訪れる。
かつて人間だった干物12ばかりが河原に転がり、巫女達は名残惜しげに舌で唇を舐めて微笑む。
「当分は精気を奪わずとも動けますわ、ありがとう」
きちんと礼を述べてから、玲奈が干物の一つに近づくと呪文を唱える。
「寿桂尼の所に行き、我らを怒らせるとこうなると告げて灰塵と化して消えよ」
言われた通りに干物は、駿府にある今川館まで赴き、寿桂尼の居間の庭先に現れて、玲奈のメッセージを伝えてからサラサラと塵に返り、風に吹かれて消え失せた。
これを目撃した寿桂尼は、恐怖のあまりに悲鳴を挙げて、卒倒し1週間ほど寝込んでうなされていたという。
次回 織田信長闇落ち編に続く