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吸精魔の歩き巫女 玲奈の天下創世記  作者: 羽柴藤吉郎
第3章 今川との戦い
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村木砦 奇襲攻撃

東海地方最大の戦国大名 今川義元に寝返った鳴海の山口左馬之介と笠寺の戸部に、塞がれた知多半島の要衝 緒川城を守る為に信長は、寡兵を持って烈風を味方に、荒れる海を渡り敵の砦を奇襲して破壊します。

村木砦救援活動


尾張 那古野城。

「今川義元が本格的に尾張に手を伸ばしてきたか」

織田信長が眉間にシワを寄せ、腕組みしたまま、水野信元(家康の叔父。三河刈谷の領主)からの使者を前に黙り込む。


「知多半島の要衝たる緒川城が落ちれば、知多郡と愛知郡は今川の領域に組み込まれます、織田様がますます窮地に陥ります、どうか援軍を出してください」


「であるな」と信長がつぶやく。


「美濃の義父様に援軍を出して城を守っていただきましょう、清洲への牽制になります」

名案と言わんばかりに玲奈が、信長に助け舟を出した。


「ふむ」

信長がじろりと玲奈を見るが、文句は言わない。

「では、湯漬けでも食って帰ったら水野殿に伝えよ、この信長が兵力にて今川の拠点である村木砦を落とすとな」


「はい、しかと伝えます。ありがとうございます」

平身低頭して使者がさがる。


「よし、ならば玲奈 さっそくだが美濃に手紙を出して蝮に助けを求めよ」

「承知いたしました。では帰蝶の名前で出しておきますわ」


「俺は守山の叔父の信光にも、兵を出せと催促いたそう」



前回までの歩き巫女。


織田信長の正室になっている歩き巫女の玲奈は魔道巫女の異名を持つれっきとした魔導師である。


その出自は、はるか遠くの邪馬台国時代にまでさかのぼる魔道で神に仕える巫女である。


出雲大社を本拠地に尼子経久に仕えていた玲奈は、尼子経久の死後に、出雲大社から歩き巫女として、尾張に仲間を連れて熱田神宮の巫女となる。


そこで若き織田信長と出会い、策略を持って美濃斉藤道三の娘である帰蝶と入れ替わり、なりすましに成功。


信長との間に麦姫・稲姫を授かる。


しかし信長の周りは敵に囲まれ四面楚歌。


知多半島にある緒川城が、今川義元に狙われたうえに、村木砦を築かれて緒川城を脅かす為に、刈谷の水野氏に救援を依頼された信長は、さっそく兵を出すことに決めた。


しかし難題もあった。


時に天文23年(1554)正月。


「清須の守護代・織田信友と家老の坂井大膳が、俺の留守を狙い那古野に攻め込む可能性が高い、玲奈よ……美濃の蝮親父に援軍を寄越せと手紙を出してもらいたい」


「わかりました旦那様」

ひとつ返事で、玲奈が紙を出して文字を書き上げる。



そして巫女を呼び出し用件を頼んだ。

「美濃に大至急この手紙を届けて欲しいの」


「稲葉山城の斉藤道三の手元に届けて参ります」

手紙を受け取ると巫女が、フウッと掻き消すように姿を消す。


「今日のうちに返書を貰って帰ってきますわ」


「あぁありがたい」

信長がやや上ずった声を出して答える。


「やるべきことは早いが良いと常々旦那様が言うておられるからです」


「確かにな、蝮の驚く顔を見たいものだ」


美濃の稲葉山城で織田の使者から手紙を受け取る道三が「婿殿も難儀よの」と労う。


「戦そのものは数日間で終わらせますので、舅様が心配されるほど苦戦はしないと思います」


「使者どのの意見は要らんが、援軍は出すと婿殿にお伝えくだされ……美濃三人衆に、三千を預けて那古野に向かわせますとな……さすれば婿殿も安堵されよう」




3時間くらいで、巫女が戻り玲奈には返書を渡し、信長が目を通す。


「ほう、美濃三人衆に三千をつけて加勢に来てくれるとは、ありがたい」


「稲葉一鉄(良通)・氏家卜全(直元)・安藤守就……歴戦の美濃の勇士ですわ」


「林通勝め、美濃の援軍に城を盗られては一大事と文句ばかり述べて勝手に退散しおった。どうせ行き先は末盛の信行のところよ」


「本気で退散の理由が欲しかったんでしょう、城取りの好機ですからね」


「良いところに気がついた、俺が留守して帰らぬ運命になったら清須と手を組んで那古野を奪う気なんだろう、だが奴ら如きでは今川義元には勝てん、負けて顎でこき使われて終わるのが似合う奴らだ」



「村木砦は、北は海・東側が大手、西は搦手門、南は深い空堀になっている難攻不落の地形ですね、それとお気をつけください、叔父の信光様には」


「叔父にか?心しておく」

信長の目が鋭く光りを放つ。

「あのお調子者の信光など、俺が本気で味方と信じていると思うか?」


「いいえ全然」


「信光の奥方が、坂井大膳の甥の孫九郎と懇ろになっている、それすら気づかぬようでは、モノにならんわ」


美濃の援軍が那古野に到着したのは数日後で、礼を述べて信長は出陣した。


天文24年正月21日・1554年2月20日。


 那古野から知多半島の緒川城までは、南へ20キロあまりだが途中の笠寺と鳴海・大高城は今川に寝返った山口左馬之介の支配下にあり、しかも緒川城への道は、山口と同じく今川義元に寝返った寺本城主の花井氏に塞がれている。


必然的に信長が取り得るルートは海上だけに絞られる。


季節は冬で伊吹おろしの烈風が、濃尾平野から伊勢湾に吹き抜ける為に海は荒れていた。


途中で叔父の信光勢二百と、合流した織田信長軍一千は、とりあえず熱田湊に集結して風が弱まるのを待つことにした。



正月22日。相変わらず烈風は激しく海上を駆け抜ける。


 信長は苛立ちを露わに、熱田湊の船頭たちを呼び出しすぐさま出航を命令するが、船頭たちは無理だと言い張った。


「こんな烈風では船はたちどころに転覆して、海の藻屑となります」


 信長が鼻息荒く叫ぶ。

「源平争乱の頃にも、嵐のなかを屋島にいる平氏軍を奇襲したい義経と、嵐の中を漕いでいくなら舳先と船尾にも櫓を付けるべきと反対した梶原景時の言い争いの時もこんな烈風が吹いていたが、義経は僅か5隻で屋島を襲撃して、平家を撃退したと聞いた……義経に出来て俺に出来ぬ謂れなど無いわ、死にたいのか?」


不穏な空気を感じて信長が後ろを振り返ると、一瞬だが嫌味な笑みを浮かべた信光と目が合った。


(俺が溺死すればいい時と思っているのか?こいつ)



そこへ聞き慣れた声が聞こえて来て信長は安堵した。

「申し訳ありません遅くなりました」


玲奈が飛翔してやってくるのを見て、船頭が歓喜の色を顔に浮かべた。


「ええい、今少し遅ければ船頭を血祭りにしていたぞ、昨日は激しくやりすぎたか?」


玲奈が赤くなって信長の肩をつつく。

「まぁ嫌だ、朝食の松茸は絶品でしたわ」


松茸と聞いて、若い信長の側近が意味がわかったらしく苦笑いを浮かべた。


「惚気けてる暇は無いわ、この烈風をすぐに鎮めよ」


信長が一喝すると、玲奈が両手をすぐに前に突き出した。

そして上に振りかざすと、海はたちまち凪いだ。

「よおし、これなら行けるな」


「はい、巫女頭様のおかげ様で助かりました」

船頭が涙を流さんばかりに玲奈に感謝する。


続く。




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