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吸精魔の歩き巫女 玲奈の天下創世記  作者: 羽柴藤吉郎
第2章 尾張のうつけとの邂逅
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うつけ信長 最初の変身

平手政秀の死から立ち直る信長に、興味を示す斎藤道三から、面会の申し込みがあり、信長は快諾して、対面場所へ。

蝮との駆け引き


正徳寺の門前町は、数多くの民が行き交い、暮らしている長閑な町である。


斉藤道三は、先触れを出して通行人に告知し、速やかに寺に入る。


本堂にて、家臣の道家孫八郎に道三が話しかける。


「ただ待つのも面白くないゆえ、物陰から婿を観察するのも面白そうだ」

道三は単なる思い付きで、言った訳ではなかった。


あらかじめ信長の供回りの陣容と、信長の顔を見て覚えていれば、後で無礼討ちの際に間違わずに討ち、ついでに供回りの武装もいただく算段だ。


「帰蝶からの文に種ヶ島(火縄銃の別称)をたくさん保有していると書いてあったからな、それをいただくつもりよ」


「はたして持って来ますでしょうか?」

疑念を持つ道家孫八郎に対して道三はニヤリとほくそ笑む。


「うつけゆえ、珍しい物を自慢するために持ってくるだろうよ、俺を羨ましがらすためにな」


「まるでガキの考えそうなやり方ですな」


「うつけだからの、今日が己の命日になるとも知らずにやってくるさ、哀れなヤツよ」


道家孫八郎ひとりを連れて道三は、寺を出て旅籠の2階に上がり込むと障子の隙間から外を見た。


「お館様、来ましたぞ先鋒が森から出て来ました」

「どうだ馬が多いか?」


「先鋒は歩兵が200」


「次は?鉄砲か?」


「いえ弓隊300後ろに鉄砲隊400はいます」


「弓に鉄砲合わせて700か、うつけめ、やりおるな」


道三が薄笑いを浮かべて外を見つめた。


「長槍隊が600も……続けて騎馬が500」


「では肝心の婿は?」

道三の問いに黙って道家が指を向けた先に馬に跨り片肌脱ぎで、髪は茶筅つぶり、帯は太い縄。

差した刀は2本とも長い柄の名刀で、はいている袴は虎と豹革を混ぜ縫いにした珍品。

着物は浴衣染めのかたびらで、腰には火打袋と握り飯の包みを結わえている姿に、道三は声すら出なかった。


しかしそこは梟雄。

気を取り直すと家臣を促して正徳寺に急ぎ戻る。


「あの身なりを咎めて無礼討ちにして、大将を虜にしてあるからと供回りを黙らせて弓と鉄砲700と長槍600をいただくといたそうか」

いかにも蝮らしい陰険な策略を巡らすと不敵な笑みを見せた。


周りの家臣達は、信長を嘲笑う者や、バカにしていると腹を立てる者が入り乱れ騒ぎになった。


「帰蝶様もあんなうつけに嫁がされて哀れなお方やな」

「出かける時は帰蝶様に握り飯を握らせて行くらしい」



やがて案内役の安藤守就、稲葉一鉄に導かれ、信長は客殿とは渡り廊下で隔たる休息所に入った。


道三は済ました顔をして客殿に戻ってくると、信長暗殺の段取りを組み直す。


双方の挨拶の後で盃を交わす時に、道三は隙を見計らい信長を一刀で斬るつもりだ。


「今日がうつけの美濃尾張になるとは皮肉なものよ」



無論、そんな蝮の腹のうちなどお見通しの信長は、変身の支度を手早く済ます。


うつけから、貴公子への変貌を遂げるのだった。


「どうじゃ玲奈」

「水も滴る貴公子ですわ」

「空から透視で見ていてくれるとは心強い……帰ったら抱いてやるから濡らして待っておれ」


「承知いたしました、旦那様」


玲奈が正徳寺の上空30メートルで浮遊して待機していた。

目的は万が一の信長の変時に備えて瞬間移動で速やかに信長だけ救出して、美濃衆を道三ごと抹殺するためだ。


報復措置として斉藤家は、魔道巫女の玲奈の手で消滅することになる。


「蝮よりもこちらが一枚上手でなくては、面白くないからな」

信長が薄笑いを浮かべて内心でつぶやく。

うつけの大変身



信長はきちんと肩衣を着けて、褐色の長袴の裾を引き、髪は艷やかな折わげに結い、細見の金造りの小刀を帯びて、まっすぐ顔を立てて悠然とした仕草で歩き客殿に向い歩む姿は、大名の貴公子といって良いほど気品に溢れている。


客殿に居並ぶ斉藤家臣達は、思わず息を飲んだように静まり返る中を信長は無視して進み、柱に寄りかかる。


接待役の道家孫八郎が進み出て挨拶しても、「であるか!俺は上総ノ介だ」と返したのみで動こうとしない。


先に焦れ切ったのは道三だった。

(こやつ、只者ではない、うつけは世を騙す仮装であったか)


相手を焦らして己に有利に事を運ぼうとした道三の思惑は完全に躱された形になった。


「婿殿を呼んで参れ」

道三の命令で道家孫八郎が恭しく信長に言上すると、軽く頷いた信長が屏風の内に入る。


「斉藤道三でござる」

「尾張の主 織田上総ノ介でござる」

互いに自己紹介を済ませたところで、信長が爆弾を投下する。

「道三どの、帰蝶は良き伴侶にござるよ、今日も我が身をひどく案じてくれましてな」


全然自分を恐れぬ若者の物言いに、道三はすっとぼけて笑った。

「はて?何の為に……帰蝶がそんなことを言うのか?」


「義父どのは蝮と呼ばれ、畏怖されているゆえに何か企むのではないかと思ったのではないかと考えますが、いかが?」


「わっはっは、これは手厳しい物言い、不束な娘で、恐れ入りました」


「されば、舅殿とて人を見抜く天賦の才能をお持ちゆえ案じるまでもないと諭して参りました」


(これは完全に俺の負けだ、上手い切り返しをやりおる)

そう悟ると道三は、にこやかに用意の盃を持ってこさせて、信長と盃を交わして飲んだ。



「あぁ、もうひとつありました。是非とも孫を抱きに、尾張にお越し願いたいと帰蝶が申しておりました」


流石の道三もこれには参った様子で頭をかきながら、言った。

「ハハ、いずれ暇を見つけて孫を見に参ると、帰蝶にお伝えくだされ」


それから2人は歓談して和気あいあいとした空気になったところで、道三は湯漬けを2人前持ってこさせた。

「婿殿、必要あればワシがいつでも援軍を送り出すゆえ遠慮なく申し出られよ」


「ありがたいお言葉感謝いたします」




それから会談は和やかに終わり、信長は道三と馬を並べて二十町余り行進して2人は別れた。



道家孫八郎が道三に近寄り感想を述べた途端に道三は、不快げに吐き出すように言った。


「やはり信長はうつけでしたな」


「残念ながら、そのうつけの門前に、我が倅どもは馬を繋ぐことになろう」


それ以来、道三の前で信長をうつけ呼ばわりする者はいなくなる。

道三の予言はこれから14年後に的中するが、のちの話し。




尾張那古野城の奥。


「やったぞ玲奈、蝮は上機嫌でな、やがて婿引手に美濃をすべて俺にくれると言われたし、いつでも援軍を送り出すゆえ尾張の内乱を鎮めよと言うてくれたわ」


信長は得意満面の笑みを浮かべて玲奈の体を抱く。


「俺はやるべきことを先に片をつけておく、玲奈……鼓を打て」


「さっそく敦盛ですね」


「人間50年、下天のうちをくらぶれば、夢まぼろしの如くなり……死のうは一定、しのび草には何をしよぞ、一定語りおこすのよ」

(人はいずれ死ぬ、死ぬからこそ生きた証を遺す為に生きる)


玲奈の鼓に合わせて舞い踊ると、信長はいきなり横になった。

「今日はつかれたゆえ休む」


その様子が変わらぬうつけ振りで、思わず玲奈はクスクス笑いを漏らす。

「私の魔力ならば、尾張の敵対勢力などひと捻りにしてみせますよ」


既に寝息を立てている信長は返事すらしなかった。




清州城の坂井大膳「美濃の蝮が耄碌して信長の味方になるとは、今のうちに信長を潰さねば、我々が殺られることになる」


信長の弟信行に危機感を煽り、斉藤義龍と連絡を取り合い、打倒信長包囲網形成に、策動する坂井大膳はひとりほくそ笑む。




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