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吸精魔の歩き巫女 玲奈の天下創世記  作者: 羽柴藤吉郎
第2章 尾張のうつけとの邂逅
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平手の爺の諌めと、蝮の悪巧み

信長のやり方に付いて行けなくなった平手政秀が……。


失意の信長を慰める為に、玲奈がとっておきの場所へ連れて行きます。


 天文22年 (1553)閏正月20日 尾張 平手政秀の屋敷。


(大殿 お許しを)


 生前の信秀から、信長を補佐して教育し、守れと命じられて以来、誠心誠意仕えてきた平手政秀は自嘲を漏らした。


 長々書き綴った信長への訓戒状をもう一度目を通し、推敲の余地が無いと満足そうに机に置く。


(爺がいつまでも煩く言うては、若様の飛躍の邪魔になるばかりですから、大殿お許しください)


 信長はさぞかし嘆き、訓戒状など破り捨てるかもしれないが、平手政秀はそれでも良いと思っている。


 聡明な信長なら、自分の真意を理解して飛躍してくれるだろうと固く信じている老臣は、ゆっくりと白装束の前を開き、刀を手にした。


 翌朝 いつまで起きてこない父親を心配した息子の五郎右衛門は、自害した政秀を見て茫然自失のありさまで、へたりこんだ。


 急報を受けた信長はそのまま無言で馬に乗り、庄内川まで駆け出す。

「爺の馬鹿……俺に独り立ちして歩けと言うのか」


「爺が生きていては、俺が飛躍出来んと思っているのか?」

いきなり川の水を蹴り出した。


「俺のただ一人の味方だった爺に捧げる末期の水を受け取れ!爺」

やがて涙が溢れ出すのをごまかすように、思いきり水を蹴り出しながら喚いた。


「いつか爺の名前をつけた寺を立てて供養してやるから、それまで地獄に落ちておれ」


「旦那様やはり来てましたか?」

と玲奈が飛翔してやってくる。


「玲奈か……今は一人にしてくれ、そんな気分では無いからな」

玲奈を睨みつけ、信長が喚いた。


「思いきり泣いても、良い所があります」

玲奈が人差し指を天に向けると、つられて信長も天を仰いだ。


「あの世に一番近い場所で泣けと言うのか?」


 小賢しい事をぬかす魔道巫女がと言いたげな信長を見据えて玲奈が首を横に振る。


「いえ、残念ながらあの世は天にはございませんわ、天からは美しき眺めが見れますし、それにいつまでくよくよしていては、平手政秀様も大殿様も、嘆き悲しむことでしょうね」


「俺に飛躍してみせろと、激励しにきたのか?」


 玲奈がけしかける言葉を信長に向けて発した。


「旦那様の周りは敵だらけ、隙を伺い油断を誘い、食うか食われるかだけの乱世を生き抜く器量ありと、我々にお示しいただきたいですわ」


「ところでひとつ気になるのが、天に極楽浄土など無いと言うたな、玲奈」


 打撃からの立ち直りが早い信長に安心した玲奈が頷く。


「では旦那様、私の手を握って目を閉じてください、私が良いと言うまで開けてはいけません」


「わかった、お前を信じよう、その美しき眺めをみせろ」


球型のシールドを展開させてから、玲奈と信長は天へ飛翔した。


 大気圏外すれすれ……宇宙と地球のなぎさに、着いた頃合いを見計らい、玲奈が合図を出す。



「もう目を開けても良いですわ旦那様」

信長がゆっくり目を開けて周りを見渡す。


「あれは?玲奈」

目の下に広がる日本列島を一望している信長が聞いてきた。


「あの島こそ我らが、秋津洲(あきつしま)……豊葦原の瑞穂と呼ばれる日の本ですわ、九州の北に朝鮮、半島に隣り合う大陸は大明帝国の支配下、明の南側は天竺てんじく 俗に言う唐天竺、高麗、日本がここから一望出来ますわ」


信長が目を見張り、眼下の日本列島を見つめる。


「これは素晴らしい眺めじゃ、我らが大地は丸いのが良くわかった、それに我が日の本が小さい島だということもな」


「良い眺めでしょう……飽きてきませんわ」

エメラルドグリーンに光り輝く地球を見下ろす2人。



この光景を見た信長の心理的影響は計り知れないものがあった。


「では地上に降りますよ、旦那様」


「玲奈のおかげで曇った気持ちも晴れた、礼を言うぞ」


珍しく信長から感謝されて玲奈は照れた。


地上に戻ってきた信長は、次の攻撃目標を清州城の織田信友、坂井大膳に定めて、伯父の守山城主 織田信光と共同戦線を構築して清州に信光を送り出す。


そこで信光は、信長を散々こき下ろす悪口を吹き込み、保護を求める。


「信長と喧嘩別れしてきたから保護していただきたい」


 敵対する信長を潰す好機到来とばかりに、家老の坂井大膳は、信長の弟である信行と組み、林や柴田勝家と接触して密談を繰り返す。


清州の信友は、守護代の斯波氏を殺害して完全に清州城を掌握した。


難を逃れた息子の斯波義銀(しばよしかね)は、信長の元に保護を求めて逃げ込むと信長は清州乗っ取りの策を練り始める。


斎藤道三「帰蝶の婿の顔が見たいから、是非会いたい、場所は尾張の正徳寺でいかがですか?」


織田信長「承りました、ではさっそく参ります」




天文22年(1553)四月1日 美濃 稲葉山城。


「尾張では平手政秀が、うつけに愛想尽かして自害したそうな、自分が生きている間にうつけが、落ちぶれて野垂れ死にするのを見たくなかったと見える」


「そんなことで死ぬものですかな?」


家臣の猪子兵助が言うと、道三はあっさり言ってのけた。

「ああ死ぬとも、若君の没落など恥辱だとか理屈をつけてな」


「まったく女心はわからんもんだ、帰蝶はもっと芯が強いしっかり者の娘と思っていたが、このところ送ってくる書状の中味が、うつけの子どもを二人目産んだとか、うつけではない信長は日本一の大将の器量ありとか、惚気ばかり書いてきおる、あれではモノにならんな」


「はぁそうですな……しかし孫の誕生は嬉しく無いのですか?」


「孫か……まぁ顔を見たいがな!尾張に間者(スパイ)としての役割を持たせてうつけに嫁がせたのに子作りに没頭するとは、呆れてモノが言えぬわ」


そう言いながらも一計が閃いた斎藤道三の目が妖しく輝いた。

「よし、帰蝶がそこまで自慢する婿ならば、顔を見るのも悪くあるまい、季節も良いゆえに雲雀の囀りでも聞きながら遊山と洒落込むか」


「それも裏があるのでしょうな」


それには答えず道三は指示を下した。


「日時は15日の正午で、場所は尾張の富田の正徳寺で、それぞれ供回りは千人ずつとして万事疎漏無きように計らえ、使者に発つのはお主と村松与左衛門が良かろう」


「ではさっそく参ります」


「道家孫八郎を呼べ」

侍女に命じられて道家孫八郎が居間にやってくる。


道家が来ると、道三は、当日の段取りを説明した。

「うつけを無礼討ちにして、一気に兵を尾張に雪崩込ませるように兵を整えておけ」


「承りましたが、あのうつけが、恐れ入って命乞いしたらどうします」


「そうだな……素直に恐れ入って尾張を渡すと言えば殺しはせぬ、婿だからの、何処かの小城では代官くらいには使ってやるさ」


愉快そうに肩を揺らして道三は哄笑した。



信長の返事は快諾だった。


「ほう、やってくるのか……さすがうつけじゃ、平手政秀ならば、罠ゆえに行かさないだろうよ」



次回は、舅である美濃の蝮との正徳寺の対面。


信長が繰り出す秘策とは?。


お楽しみに。

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