信長の長女 稲姫の誕生
今回の話は信長に歴史上最速で、子供が出来ます。
これを聞いた美濃の蝮は苦笑いしつつ孫の誕生を喜ぶ素振りを見せるが、内心は……。
また別、娘になりすました玲奈からの惚気手紙にため息ばかり。
玲奈には織田の内情を、美濃に漏らす義理はありませんからね。
天文19年(1550)正月元日の尾張 那古野城。
新年のお雑煮を信長と、玲奈は夫婦揃って食べている。
「竹千代は元気かな?」
信長の質問に玲奈が答えた。
「駿府に潜入している仲間からは竹千代様は、百舌鳥を飼いならし、鳥居元忠や平岩親吉と鷹狩遊びをやって、監視役の孕石豊前に、散々な嫌味を言われているようです、隣近所には同年代の北条助五郎(氏規)が人質に来ており、互いに意気投合して仲良くしているようです」
「北条氏康の倅と仲良く遊んでいるなら安心だな……さすが三河の弟だ」
そこでいったん話をきった信長が話を再開する。
「ところで話は変わるが、美濃の蝮から手紙は来ないのか?」
「それでしたら、若様は近頃どうしているとか、尾張の様子はどうだとか書状を送ってきましたが、まだ返書は書いておりません」
そう言って文箱から書状を取り出し、信長に渡すと受け取って読んだ。
「よほど俺が気になるらしい……ならばお主が好きに書いて蝮殿を安心させてやれ」
「わかりました、では殿は日本一の器量の持ち主だと書いておきます」
玲奈が茶目っ気たっぷりに笑って答えた。
それを聞いて信長が爆笑する。
「それこそ蝮殿が一番面食らうだろうよ……さて玲奈よ、冷めないうちに雑煮を食べてしまおう」
玲奈がはいと言って、食べることを再開した。
美濃
稲葉山城(のち岐阜城)
帰蝶に成り代わった玲奈から送られてきた手紙を一読してから、道三がため息を吐いて忌々しそうに、側で控える明智十兵衛に、書状を放って寄越した。
十兵衛は生真面目な顔で書状を読み終えて丁寧に畳むと、畳に置いた。
「ノロケばかり書きおって……毎日忙しく動き回る日本一の婿の全身の汗をかいがいしく拭い、女の幸せを噛み締めておるとな、あぁそれから帰蝶がうつけの子供を孕んだようだ、産み月は今年の7月らしい、祝って欲しいそうだ、無論親としては嬉しい限りだ」
十兵衛の顔がパッと明るくなって祝いを述べる。
「殿も孫が出来てめでたいことですなあ」
しかし何となく微かな違和感を感じる蝮の道三が首を捻る。
「うーんどこか帰蝶らしからぬ物言いだが、文字は見覚えあるものだ……十兵衛はどう思う?」
「はい、近頃嫁がれて以来めっきり書状も来ませんが、私が覚えている限りでは、帰蝶様ご本人の文字に間違いありません」
「うむ、ならばもう良い、話は終わりだ」
十兵衛の返事に道三は納得したようなしないような曖昧な返事を返すことで話を打ち切ることにしたようだ。
7月20日 尾張の那古野城。
産屋に信長が興奮して入って来た。
「産まれたか?」
「はい、玉のように美しい姫様です」
息の荒い玲奈に代わり、産婆が答えた。
信長は頷くと、元気に産声をあげる赤子の頬を触り微笑んだ。
「旦那様に良く似た良い子供です」と玲奈。
信長が顔を綻ばせて言った。
「名前は稲と名付ける。豊かな恵みを実らせるようにと願いを籠めてな」
「まあ稲ですね……良き名前を賜りこの子も喜びましょう」
信長が笑顔のまま玲奈の手を優しく握りしめる。
「では体を労り、良く休めよ玲奈……まだまだ産ませるからな」
そう言って信長が立ち去って行くのを玲奈はにこやかに見送った。
この稲姫は後に、織田と徳川の絆を深める為に、徳川家康の嫡男である信康に嫁ぐことになる。




