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吸精魔の歩き巫女 玲奈の天下創世記  作者: 羽柴藤吉郎
第1章 戦巫女 玲奈の東下り
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第1話  歩き巫女の由来

 歩き巫女あるきみこのもともとのルーツは、邪馬台国やまたいこくの女王である卑弥呼ひみこに仕えていた魔道を司る神聖な役職に就いていた異形の巫女が起源と伝えられている。


 主な役目は、呪術を用いての敵の抹殺。


 人相や星の動きを観察して、近未来に起こる出来事を当てるなどの魔道の超越能力を発揮していた。


 重要度の高い儀式を日々行い、豊作祈願・雨乞い・雨乞いや主を讃えて歌いながら舞う姿は神憑り《かみがかり》を思わせ、民は巫女を畏怖して敬い捧げ物を献上し、その力にひれ伏して暮らしていた。


 しかし卑弥呼の死後に邪馬台国に暗雲が立ちこめる。


 邪馬台国の最大の敵対勢力でもある大和朝廷やまとちょうていが、陰陽師おんみょうじを先導者にして攻め寄せて来て邪馬台国は歴史から消えていった。


 大和朝廷の潰滅を祈願していた巫女達は、身の危険を避けるべく身分を隠して、散り散りに逃れて日本各地に潜伏して、密かに大和朝廷を呪い続けた。



それから千数百年近く経った頃。

時は戦国乱世であり、織田信長おだのぶながが天下布武の旗を掲げて中国の毛利もうり・四国の長曽我部ちょうそかべ・北陸の越後上杉えちご うえすぎ・甲斐の武田と争う天正てんしょう8年(1580)。


 奥州の米沢の山中深くで、ある親子がさまよっていた。


「日が暮れかけておる、藤二郎とうじろう急げ」


狩りに出かけて獲物を追いかけているうちに、方角を見失い道に迷ってしまった米沢伊達よねざわ だての当主の輝宗てるむねは振り返り、後ろにいる息子の藤二郎に声をかける。


「はあはあ……父上お待ちください」

息を弾ませながら13歳の政宗まさむねが、懸命に父の後を歩く。


「まったくついてないのう」

獲物に逃げられ、道に迷うなど失態だと言わんばかりに、輝宗が自嘲する。


「……この辺りは確か」見るからに妖気ようき漂う空間に政宗が怯えだした。


「昔話に聞く古より生きる魔道師の住み処に、踏み込んでしまったようだ」


 古来より立ち入り禁止の聖域で、日本列島に数多く存在し、他人を寄せ付けない魔境と、人々は恐れて近寄りたがらない場所だ。


「た……祟られまする」

上擦った声をあげる政宗に、父が笑って否定する。

「そんなことはあり得ん。近年は奴らを見たという話すら聞かないではないか」


 しかし胸騒ぎがおさまらず、嫌な予感のする政宗はびくびくしながら恐る恐る周辺を見渡した。

木々が、風も吹かないのに揺れているのを目撃した政宗は、それが何か不吉な前兆に思えて体が震え出す。


 雪女とか山姥に天狗や鬼・その他の化け物の怪異の類いの伝説は、日本各地で語られていた。

人々を聖域に踏み込ませない為に魔道師達が、伝説を作って撒いたからだ。


妖しい気配を察した輝宗が、真顔になり政宗に騒ぐなと手振りで合図した。


「囲まれたようだ」

 ぼそっと父が漏らす言葉に政宗は凍りついたように動かなくなる。

政宗にとって生涯忘れることの無い出来事の幕が今あがった。

山中をさまよう伊達輝宗・政宗親子は、いにしえより生きる魔道師達に取り囲まれていた。


輝宗が周囲を見渡す。

夕闇が迫るなか、声が響いた。

「お前達は何者か?我らの縄張りを荒らしに来たか?返答次第では容赦しないぞ」

かん高い女の美声だった。


「我らは狩りに来た途中で、道に迷い困り果てているだけだ……あなた方に敵意は無いゆえに、一晩泊めてもらえるとありがたい」

輝宗が、つとめて平静を装って答える。


暫しの沈黙が場を支配する。


「狩りの獲物など、この時期にはそうそうおらんはずではないか?」

半信半疑な声がかえってきた。

「たしかに……だが我らに誓って敵意など無いゆえ信じてくれ」

輝宗が必死の形相で言い募った。


「まあ良かろう、この奥州の地は、古代より大和朝廷に抗ってきた《あらが》蝦夷えみしの土地……その末裔に向ける刃は持たぬゆえに安心されよ」


大和朝廷ゆかりの者は容赦なく殺すという意味が、言外に籠められていると政宗は瞬時に理解して戦慄する。

(この連中は敵にまわすと厄介だな)冷や汗が背筋を伝う。

そんな政宗の思考を読んだかのように女の声がした。

「その方は今我らを敵にまわすと厄介だと思ったであろう」

痛い所を突かれて驚愕した政宗は思考を停止する。


「あまり要らんことは考えない方が身の安全に良いぞ……藤二郎政宗とやら……お主はそれが原因で、周囲の人間から思わぬ誤解を受けて警戒されやすい相が、顔に出ている」


くっくっ……といかにも愉快そうに女が言った言葉に、政宗が気色ばんで刀を抜こうとした。

「なっ……んだと」

体が動かなくなった政宗が狼狽して呻く。


 そして目の前に魔道師が降りてきた。

漆黒の袴に、漆黒のロングを靡かせて、切れ長の瞳の美女が政宗の全身をじっくり見つめてから名乗りをあげた。

「我が名は玲奈れいなである……名乗らずとも名前はわかっている、政宗どのにその父の輝宗どの」

周囲に同じように巫女のなりをした魔道師が、6人立って威嚇の構えを見せている。


玲奈は仲間に威嚇を解けと目で合図する。

「我らに逆らおうと思わぬことだ、小僧」

うんと政宗が頷いたのを見て玲奈は微笑みを浮かべた。


「良き面構えをしている……腹が減って気がたっておろう、我らの館にて飯を食べていかれよ」


 政宗が心底から安堵の溜め息を吐き出した。

魔道師に守られるように親子は更に数十分間よくわからない獣道を歩かされた。

「これも用心のためだ、もうすぐ着く」


「ありがたい、感謝します。明日の朝には出発します」

輝宗が感謝を告げると魔道師が答える。

「視界が開けた辺りまで送り届けよう……あとは日のある間に山を降りれば麓に降りられる」

やがて昔話に出てくる山姥の住み処みたいな家に到着して、今度こそ政宗は震えあがった。


「安心せよ、我らは人など食わぬわ小僧」

怒った声で玲奈は政宗を一喝して黙らせた。

「さあ入れ」


 館の中は外見と異なり、清潔に保たれ普通の屋敷の中と変わらない。

座敷の真ん中に政宗は案内されて父の輝宗と一緒に座り、玲奈と周りにいた魔道師達が興味深い態度を示して、玲奈の元に集まって座る。

「お茶をお出しいたそう」

玲奈が指示して、二人分のお茶が運ばれてきた。


まず玲奈が話し出す。

「我らのことを話しておこうか、さすれば警戒もしなくて良かろう政宗どの」

おちょくられている政宗は、気まずそうに項垂れた。

(この女には)

「勝てないと思い知ったかフフ」

またもや思考を先読みされて政宗は真っ赤になった。


玲奈が語りだす。

「我らは、かつて出雲いずもの戦国大名 尼子経久あまごつねひさ様にお仕えしていた戦巫女いくさみこで、尼子経久様に従って戦場に出ていたことがある、我らが加勢した尼子の勢いは凄まじいもので、山陰道さんいんどう石見いわみ出雲いずも伯耆ほうき隠岐おき因幡いなば 山陽道さんようどう安芸あき備後びんご備中びっちゅう備前びぜん播磨はりま合わせて、11ヵ国を従わせていた」


「出雲の尼子に仕える戦巫女?」

政宗が驚いてから訝しげに名前を口にする。


「あぁさすがに奥州まで尼子の名前は聞こえて来ないか?済まない」


玲奈が済まないなどと欠片も思ってない詫びを口にするが、政宗は黙って頷くだけに留める。


玲奈が淡々と尼子の顚末を語る。

「経久公亡き尼子は、後継ぎが凡庸過ぎて、盛時の面影なく凋落し、毛利元就に滅ぼされたのが、永禄えいろく9年(1566)のことだ、その後尼子経久様が亡くなったあとは東国に偵察に赴いた。西国には尼子経久様ほどの逸物はそうそういなかったからな」


「信長にも会ったのか?」と政宗が問う。


「えぇ……尾張の熱田で、人質だった徳川家康とくがわいえやすに、うつけ時代の織田信長公にも出会った、その奥方がわたし」

遠くを見つめる眼差しで、玲奈が嬉しそうに語る。


政宗が絶句のあまり玲奈を見つめる。


「織田はいずれ近い将来に奥州にも手を伸ばすわ、その時には室町時代に奥州探題おうしゅうたんだいを務めた伊達家が極めて重要になるゆえ、織田と手をつなごう……そう主人信長が言ってたわ」


政宗の目が疑心に、満ちるのを見た玲奈が新たに言い添える。


「勘違いしないでね、臣下じゃなくて三河みかわの徳川や近江おうみ浅井あざいと同じ扱いになるから」


 信長の壮大極まりない構想の珠玉と見込まれている事に、政宗はしばらく放心状態になった。

気を取り直し玲奈が政宗に語りかける。


「知りたいか?何故弱小の織田が強大になったか?三河の孤児に過ぎない松平元康改め徳川家康が、何故今川から独立できたか?」


政宗が生唾を飲み込み、続きを促すように玲奈に目を向ける。

玲奈が思いだし笑いを浮かべて、お茶を飲む。


続く。

次回から、いよいよ魔道巫女・玲奈の門出です。

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