【R-15】紫のノート編3
第七話 孤毒のノート
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「な、なに……変身した……?」
明らかにうろたえる少年。それもそうだ。足は膝より下が無く、手もところどころ切れている。いや、離れて浮いていると言ったほうが正しいだろう。
僕もこの姿になるのは初めてだ。まぁついさっき生まれたのだから当然だろう。
「…………」
「うっ……」
バイザーの下から少年を見る。少年は怖がり、後退った。
「…………」
「た、ただ見た目がわかっただけだ!お前なんか、ぜんっぜん怖くない!」
彼は自分に喝を入れ、武器をもう一度構える。
しかし変わったのは見た目だけじゃない……。
「…………」
「!」
ふわ、と背後に回る。彼が振り返るより早く、彼の肩に手を置いた。
『もうここには誰もいない……君は一人だ。僕と同じ孤独を味わう感想はいかがかな?』
耳元で焼けた喉から真実を囁いた。
彼は驚きと恐怖で体をビクッ!とさせ、震えている。
ああ、かわいそうに。少し強いって理由でこんな恐怖体験をすることになるだなんて、彼はなんて不幸せなのだろう。
「ひ、一人じゃ……ない、もん……」
『よぅく周りを見てみなよ……。立ってる人間はだぁれもいないだろう?』
肩から手を離し、次は胴体を優しく、そして気味が悪く思えるように抱きしめた。圧倒的身長差だ。僕の半分くらいしかない。
『……君は一人だ』
ヒソヒソ声で言い放つ。
彼はというと……おやおや。生まれたての子鹿のように涙目で震えて……いいんだよ。君も仲間のもとに連れてってやるから。
ゆっくりと、首元に手を回す。力を入れ……。
「ぅ、うう……ちが、う……違うもん……っ!僕には……僕には、ムジナさんがいる!お姉ちゃんもいる!リストさんだって、レインお兄ちゃんだっている!僕は……僕は、いつだって誰かと一緒にいるんだあああああっ!!!」
彼は右手を上げる。
何だと思い、見るとその手には……。
『!?』
「遅い!」
銃が握られていた。どこに隠し持っていたのだろう。
僕は離れようとしたが、彼が引き金を引くほうが早かった。
バァン!!
耳を劈く音が響く。
僕の顎めがけて撃ち込んだらしい。だが言ったろう?孤独は痛み。死は痛み。孤独は死と。
常に死とともにある僕が死ぬことはない。僕が死であると同時に死は僕なのだから。
『っ……やるね』
「なんで……」
僕はよろめいただけで、死にはしなかった。この事実に彼はたいへん驚いた。
振り返った彼が見たものは、銃弾に貫かれた僕の顔。顎の下から肉と骨と血が見えていることだろう。
『君のことは僕が面倒を見てあげよう。まずは白い建物に行かなくては。ほら、そのマスクを外して。一人の僕を癒やしておくれ』
「あ……うああっ」
やっと逃げることを覚えたね。でも遅いよ。僕は君を僕と同じ運命を辿ってもらうことに決めた。
僕は孤毒のノート。一人であることを、孤独であることを認めた瞬間に対象の体内に毒を発生させ、自滅させるのさ。
『ふふ……待ってよ。僕の仲間となってよ。僕の孤独を癒やしておくれ』
「や、やだっ……こっち来ないで!」
楽しい楽しい追いかけっこの始まりだ。幸い逃げた方向が目的地の方向だ。彼を殺してから行くとしよう。
「はあっ、はあっ……」
走りが遅くなってきた。まぁ僕は浮いてるだけだから全く体力は減らないけども。敵だから容赦はしない。徹底的に追い回す。
「なんでっ……なんで僕ばっかり追いかけてくるの?」
『…………』
「何とか言ったらどうなんだよっ」
そろそろ体力の限界か。白い建物まで十キロもない……決めるときが来たか。
『フィナーレだ』
避難指示がなされ、誰もいなくなった街でただ一人走る少年に向かってエネルギー弾を放つ。
「あっ……」
彼の体が光に包まれる。
今度こそ……終わりだ。
『…………なにっ!?』
彼の体の前にまた結界が現れた。
何度邪魔をすれば気が済むんだ!!
「リストさん……っ」
今回は魔法とかそういうものではなく、宝玉の類か。
だが、何度も撃たれては防ぐことはできないだろう!
『もう休め』
「僕は死ぬわけにはいかない!僕のためにおまもりをくれたあの人たちのためにも、お前を倒す!」
彼は踵を返し、弾幕に突っ込んできた。無茶だ。そんなことをすればすぐに当たって死ぬぞ。
「ああああっ!!」
彼は武器を構えた。
銃でもない。レールガンもどきでもない。
爆弾だ。野球ボール大の、爆弾だ!
「僕はもう逃げない!これで終わらせる!見てて、みんな!」
そう叫び、肩が壊れそうなほど力強く投げつけた。
「いっけええええ!!」
速い。これでは避け……られるが、僕は避けようとしなかった。
何かの状態異常?いいや、違う。
足が、体が動かない?いいや、僕は浮いている。そこは関係ない。
まさか、この僕が。この僕が、人間に同情するときが来るなんて!
人間は愚かだ!自分の良いようにならないと人を殺めることもある!
人間は愚かだ!排除しようとすれば一瞬でその気になってとことん排除する!
そんな生き物を誰が守ろうとする?そんなことをする奴はただのお人好しだ。馬鹿だ。大馬鹿だ!
神は人間を守るために存在する?誰がそんなことを言った!神も理性を持っている。感情を持っている。ただのシステムではない。生きている。生きているんだ!
だから復讐しようとも考える。守ってやろうとも考える。等しくいようと考える!
『う、ぐ……あ゛ああああっ!!』
…………この少年は、僕がこうなったときと同じくらいの年齢だ。同じことをすれば、仲間が増えるかと思っていた。
しかし現実は違っていた。彼は愛されていた。周りの人間に。悪魔に。そして運に。
『僕が崩壊する……!僕がバラバラになっていく……!僕自身も、見捨てないで……見放さないで……嫌だ……嫌だよ……!』
ああ……これは風が強すぎる。
今は毒ガスの塊である僕がこんな爆風を受けたら散り散りになってしまうのは目に見えてわかっていたじゃないか。
でもさっきまではそんな爆弾は存在していなかった。なぜ……?まさか、この少年……走りながら作ったのか?はは……そんな馬鹿な。そんなことができたら僕が敵わないのも当然じゃないか……。
ドスン、と地面に落下する。
視界がぼやけている。本体め……もうダメだと思ってリンクを切りやがったか……。まぁいい。やっと孤独から解放されるんだな……。
「……僕の勝ちです。ノートさん」
少年が僕の前にやって来た。
ああ、そうだ。お前の勝ちだ。僕の腕のパーツは多分落ちるときにその辺に飛んでったのだろう。だって僕の手の感覚がもう無いんだからね。コントロールの微弱な魔力も出ないようじゃ、動かせないのも同じさ。
『……どうやら、そのようだね』
「どうして避けなかったのですか?」
『……僕にも……わからないね』
「……。では質問を変えます。ノートさん……あなたは自分を孤独だとお思いですか?」
『は。何を言い出すかと思いきや……当然だろう。僕は『孤毒のノート』……孤独じゃないと意味がない。僕は孤独そのものなんだぞ?』
「なら、僕があなたを殺します」
もう一歩前に出る。
……上半身のみとなった僕が怖くないのだろうか。まるで美術室の胸像みたいになっているんだぞ。我ながら的確な例え……いや、ふざけるのはやめよう。
『!?』
彼は僕を抱きしめた。僕は何がなんだかわからなかった。手も足もない僕は人形かクッションのようだ。
体の末端がもう原型を留められなくなってきている。何せガスなのだから。端が解けた布のように、どんどん解けて消えて溶けていくだろう。
カラン、とバイザーが外れる。視界が少しクリアになった。バイザーにヒビが入って見えにくくなっていたのか。
『……お前……僕が怖くないのか』
「怖くありません」
『……そうか。……お前はどうしてあの武器を作れた?』
「僕の特技ですから。走りながら作ったんです。あなたを倒す方法を一生懸命考えながら」
『そうか。なら『孤独』がある限り死ねない僕をどうやって殺すんだい?』
「それは……僕があなたのお友達になりますから」
『!!』
正気か?!この少年は。神と友達になるだと?馬鹿言うんじゃない。……だが、確かにこの少年ならやれそうな気もする。だって悪魔と友達になっているんだろう?
それに、ノートが狙っている……ムジナとかいう死神。彼の力がある!とノートの感情が昂ぶったのを感じた。ムジナが狙われていることはこの優しい少年には内緒にしておこう。
「あなたが、孤独しか感じられないのなら……僕がそれを埋めます。僕だって、大学ではイジメられて一人でいるんですよ?僕はもう既に孤独でした。でも、お姉ちゃんに心配させられないから、耐えてきた。そしたらサニーさんから連絡が来て……『魔界に来ないか?』って。それから僕にはムジナさんやリストさんとかお友達ができたんです。僕だってお友達ができたんですよ?あなたにだってできるはずです」
『……はは……もう君は孤独を感じていたんだね……。そりゃあ作戦が効かないわけだ……』
「君じゃなくて、イリアって呼んでください。僕たちは、もうお友達です」
言ってしまえば、負けと死は確実のものとなる。でも……言わずにはいられなかった。最期のチャンスなのだから。僕も、心に温かさが欲しい。
僕だって、生きているんだ。
『……イリア……イリア』
「はい」
彼は嬉しそうに微笑んだ。
『僕の声は恐ろしくないのかい?』
「怖いです。戦争のDVD見たときみたいです」
『即答だな……でもそれが君と悪魔を繋げることになったんだろうね。ふふ……おめでとう。君はこの街を救った英雄だ』
友達。友達というものができた僕には猶予は残されていない。……ああ。ガスの霧散がスピードを上げ始めた。僕が、無くなっていく。
「次……次、会うときは一緒に休日を過ごしましょう?アイスを食べて、映画を見て……そうだ、遊園地に行きましょう!」
『魅力的な提案だ』
「だから……だからっ……」
イリアは突然ガスマスクをかなぐり捨てた。
『おっ、おい!?それはさすがに!』
彼の目から大粒の涙が溢れてきた。涙がガスの中に消えていく。ほぼ首だけになった僕には届かなかったが、さぞかし熱いものだったのだろう。少し……触れてみたかったな。心残りができてしまったな。
「帰ってきて……帰ってきてね、ノートさん……!」
『はは……。それこそ……奇跡を待ち望まないとな……イリア。ほら、早くガスマスクをつけなさい。イリアも死んでしまうぞ』
「うん……っ」
イリアはガスマスクをつけ直す。
そう、それでいいんだ。僕は人間にとっての毒であり死。決して相容れないものなのだ。人間が『それ』に近づくと必ず待っているのは死。だからイリアを……友達を裏切ることになる。ごめん、イリア。ごめん……ごめんな……。せっかくできた友達なのに……イリア、僕のようにはなってはいけないよ。
『……』
イリアの顔もぼやけている。あと残っているのは目だけかもしれない。イリアは気を遣って僕の身体がある仮定で抱きしめてくれている。
もういいのさ、イリア。自分のことくらいわかっている。そうじゃないと自分が孤独だなんてわからないだろう?だから、もう離してくれ。僕は人間じゃないし神でもない。ただの中間の生き物だ。人の心なんてわからない。だから、イリアがどう思ってくれているかわからない。わかってしまったら……死ねないじゃないか。逝きたくなくなるじゃないか。ずっと……ずっと一緒にいたくなるじゃないか。
「また……またね」
僕の手が残っていたら、君の頭を撫でてやりたかった。その震える声を元の元気な声に戻してやりたかった。今は抱きしめる腕もない。
最初から最後まで元気でいてほしかった。
逝きたくない。逝きたくないよ。でも、これが敵味方の関係。僕が死ななくては、イリアの大切な世界を守れないんだろう。なら、最期は僕が死んで守ってあげる。イリア……僕のことを忘れないでおくれ。僕も忘れない。
一生に一人だけの、唯一の友達……My dear friend……。
『……イリア……ありがとう』
僕も涙を流した。悲しい?ううん。嬉し泣きか。変だな。悲しくないのに、涙が出るんだもの。
……声はちゃんと出ていたのだろうか?それとも、言おうとしたけど声にならなかったのか?イリアの返事も何も聞こえないけどどっちでもいい……この言葉がイリアに届いていれば、それだけで。
どうも、グラニュー糖*です!
現在、「怪奇討伐部完結直前・pixivと同じところまで進める祭り」を開催しております!
こっちでは表紙を載せられないことが本当に残念ですが、楽しんでいただけると幸いです。
本当はイラストを見て読むほうが良いんですけどね!
なお、pixivからそのままドンしてるのでルビやら何やかんやがpixivのコマンドのままになっている場合があります。それを見つけた際はお手数ですがお知らせしていただくととても嬉しいです。もちろんコメントなどもお待ちしております!
ではでは〜