紫のノート編2
第六話 孤独のノート
「……来てしまったんだね」
「チェックメイトです。何か言い残すことは?」
「無いよ。よく来たね、としか」
彼はレールガンのようにゴツいソレをこちらに向けて言った。
「あなたの独り言はとても悲しいものでした。ちゃんと、僕には聞こえていました。届いていました。あなたがノートでなければ、たくさん悩みを聞いていたのに」
狙いを定めるために一歩、また一歩と近づいてきた。
僕に近づくなんて、なんて命知らずなのだろう。
悲しい?僕の独り言が?悩みを聞いてくれる?どれだけお人好しなんだ?
「……さよなら」
ドォン!!
耳を劈く爆音が辺りを包む。
僕は人間じゃないし、神に近い存在だ。だから今、自分の体がどうなっているかがわかる。
体の末端、いや、足が吹き飛んだな。お腹がスースーする……風穴ってやつだろうか。ああ……体が軽くなったよ。
「た……倒れないなんて」
彼は驚いて後退る。
そうだ、その目だ。いつも僕に向けられた目だ。
畏怖、驚嘆、卑下、恐怖。
僕はその目しか見たことがない。
「怖いか」
「そ、そんなこと!」
気を持ち直した彼はもう一度武器を向ける。その勇気を褒めてやろう。今までよっぽど妙なものを見てきたのだろう。今の人間界は僕のような存在を見ることすらできないのに、彼は一体何者なんだ。
いい。いいぞ。僕も本気を出してやろう。これで彼も終わりだ。
「ふ……今からでも逃げた方がいいよ。少年」
僕の周りを毒ガスが包む。
傷口に毒が入り込み、腐食していく。痛い。痛い痛い痛い痛い痛い!
身を切られるような痛みだ。チラ、と少年を見る。……信じられないという顔をしていた。当たり前だろう。自殺行為だからだ。
ギュウゥと締め付けるような、焼き切るような『痛み』が僕を襲う。
そう、ただの物理的な痛みではない。孤独に泣き叫ぶ子供、誰も助けてくれなくて孤独に散っていく大人の心の痛み、叫びだ。世界中から寄せられてくる痛みで心も体も張り裂けそうだ。
言ったろう?僕は孤独を統べる者だって。
『孤独』は『痛み』だ。ジワジワ体を蝕んでいくもの。孤独の果てにあるのは『死』のみだ。僕のように死のうとしても死ねないのは別だけどね。
……僕がもし気を失っても止まらない。これはそういうものだからだ。
「な、何してるんですか!?」
返事はない。できないからだ。むしろ前も見えない。命の、魂を感じ取って聞いている言葉なのだから。声を出しても焼かれたような掠れた痛々しいものになるだろう。彼にそれを聞かせるのはさすがに気が引ける。これは少しの優しさだ。
今のうちに優しさを噛み締めておけ。この僕とキミの二人だけになった『戦場』で、どちらかが倒れるまで殺り合おうじゃないか。
最後に残るのは孤独と後悔。戦いは、誰も幸せになれないのだから。
「……終わりを始めよう」
……彼は、本当の姿を見せた僕を見て声を上げることができなかった。
__________
「………………」
茶色のウェーブがかった髪が風で揺れる。
この体は馴染みやすい。『オレ』は一度手をグーにして握った。
魂が引っ張られる様子はない。『元の持ち主』の抵抗する意思も力も感じない。オレは「お前はそれでいいのか?」と心の中で答えるはずのない人物に向かって訊いた。
「よく招集に応じてくれたね。嬉しいよ」
「……ノート。何の用事だ」
振り返ると、宙に浮く鏡のようなものを出現させているノートがニコ、と笑った。相変わらず不気味なやつだ。やることの正確さ、そして力量は認めてやってもいいが、なんかその……信じきれないんだよな。
「ただ観戦仲間が欲しかっただけさ」
「くだらねぇ」
「おや、見ないのかい?強者との戦いを望んだ君が、神と人間の聖戦に似た戦いを見ないなんて損だよ。ライブ映像だし、血が滾ると思ったんだけど」
「……そんなことのためだけに呼んだのか……」
オレは頭を抱えた。
こんなやつが今この世界の最強の男なんて信じられねぇ……天然なのか?素でコレなのか?
「悪いかい?」
「悪いな」
「手厳しいね……君の体の元の持ち主には論破できたのに、中身が変わると人も変わるんだね」
「当たり前だろ。体なんてただの殻……あのカリビアってのも同じだろ?」
「そうだね。彼は元から自分は自分だと勘違いするまでになってしまったけど……」
「……その話はするな」
「ふふふ……」
ああ、する気だ。
神は意地悪だ。運命とか神とかは信じたことはなかったが、どうしてそんなオレを選んだんだ。反発されるとしか思わなかったのだろうか。
……ただの戯れだろう。そうだ。きっとそうに違いない。
「何だい?その目は。良からぬことでも考えているのかな?」
「……。人間は考える生き物だ。お前みたいな神にはわからねぇだろうな」
「………………」
ノートはムッとした。それと同時にオレはスッとした。
ああ、スッキリしたぜ。こいつが少しでも悔しがってくれたらそれでいい。その分寝付きが良くなる。
「わかった。わかったよ……ここで一人で見ておく。……君はボクのために働いてくれたらそれでいい。君はボクのガーディアンだ。嫌とは言わせないよ」
「いつでもここに来れるようにオレは近くにいたんだろ」
「ははは、そうだね。わかってくれてたなら嬉しいよ。だからさっきの襲撃は不問としておく。これからも頑張ってくれ。ボクの『ハレティ』」
ハレティ……ハレティか。なよなよしそうな名前だな。もっとこう、強そうな名前にしなかったのか。……いや、もしかするとこの体の持ち主の名前かもしれない。まぁどうでもいいか。オレはオレだ。ハレティなんかじゃない。
……オレは……。オレの名前は?
__________
「ヘラ、まずは倉庫に行きなさい」
「倉庫?でも姉ちゃん、入らないでって言ったのに何で?」
「いいからっ」
椅子に座ったままの姉ちゃんに言われるがまま、倉庫に向かう。木製の扉を開きながらふと思った。
そういえば穴が開いたまま放置してたな……。
廻貌が飛来してきてから放置している。あの鍵やノートのこと、そして虹の粉を調べるのに手一杯で手を付けられなかったのだ。
「……あ」
作業台の上に紙が置いてある。手紙のようだ。
「『ヘラくんへ。ヨジャメーヌが折れたと聞いたから修理と強化をしておいたよ。なに、お代は要らないさ。その代わりにノートを倒してくれ。お願いだ。カリビアより』……カリビアさん!?いつの間に……」
手紙を置き、立て掛けてあるヨジャメーヌを手に取る。しっくりくる。カリビアさんが手掛けたからなのか、力が漲るようだ。
『久しぶり。待たせたね、ヨジャメーヌ。』
俺はそう伝えるようにぎゅっと抱きしめた。
剣士にとっての恋人は剣だ。
剣に良いところを見せようとしてどんな強い敵にも打ち勝とうとする。剣とともにあり、剣とともに散る。誰にも奪われないように側に置いて眠ったりもする。当然剣は生きてはいないし、返事もしない。だが研いだりして愛し続けたら剣は切れ味などで答えてくれる。だから剣士はそれを続けるのだ。
「ヘラ?」
「っ」
突然の声に体がビクッ!と跳ねた。そしてハッ、と我に返る。遅いと心配したのか、レインが部屋を覗いていた。
「な……なんだよ……オーバーアクションすぎるぞー」
「何でもないっ!!行けっ!部屋に戻れっ!」
「わ、わっ!押すな押すな!」
押し戻して扉を閉めたのはいいものの、もうやることはない。俺もすぐに隣に戻るだろう。
「……」
振り返る。
太陽の光が穴に降り注いで幻想的な雰囲気を醸し出していた。誰かが見ると寂れていると言うかもしれない。しかし、ここは俺の聖域だ。俺は俺の思ったとおりにしておくんだ。
だからこそ、振り返る。
もしかするとノートに殺されてもう二度と戻ってこれないかもしれないという不安とともに。
どうも、グラニュー糖*です!
現在、「怪奇討伐部完結直前・pixivと同じところまで進める祭り」を開催しております!
こっちでは表紙を載せられないことが本当に残念ですが、楽しんでいただけると幸いです。
本当はイラストを見て読むほうが良いんですけどね!
なお、pixivからそのままドンしてるのでルビやら何やかんやがpixivのコマンドのままになっている場合があります。それを見つけた際はお手数ですがお知らせしていただくととても嬉しいです。もちろんコメントなどもお待ちしております!
ではでは〜