【R-15】赤のノート編2
第二話 正義のノート
正義が負けるはずがない。正義の味方なら、ここで本当の力を覚醒させるのが正義の味方だ……っ!覚醒……覚醒せよっ……!
「ゔ、ぐ……」
今ので肋骨が逝ったか。だが、まだ立てる。まだオープニングも始まっていないのに、ここで終了なんてあってはいけない。そんなの、正義の味方じゃない。
「……もう無理すんな。生まれたてなんだろ、ノート……いや、赤のノートと言ったほうがわかりやすいか」
「ぞ、んな゛……呼び方、する゛んじゃ……」
ジャラ……とチェーンが手から滑り落ちる。なぜと思い、よく見ると二の腕の周りに桜の花びらがまとわりついていた。それらはこちらに気づかれないように厚みを増していき、血を止めたのだ。右手が青くなっている。
「く、そ……!はなれ、はなれろっ!」
左手で右腕をガリガリと引っ掻く。が、一向に取れやしない。一枚も、だ。まるで一体化しているように感じた。
「無駄だ。それは魔力でできた花……触れることはできないが、危害を加えることはできる」
一歩一歩、カランカランと音を立てながら歩いてくる。
奴は一度パァン!と鞭を地面に叩きつけた。
「さぁ、覚悟しろ……赤のノート!」
「その、呼び名で……呼ぶなあああああっ!!!」
体の奥から力が溢れてくる!体が熱い……これが……これが、覚醒?いける、いけるぞ!これならば、あの着物男に勝てる!勝利と運命の女神はこちらに味方した!!
「な、なんだ……この力は!こいつ、まだ動けるのか!」
狼狽えてる狼狽えてる!油断したな、悪の手下め……!このまま殺られるがいい!正義は、勝つ!!
「……フンッ!」
筋肉の膨張で花が散った。
「どえええええっ!!?」
これには驚きを隠せないだろう。正直、こっちも驚いている。
「幻術とは」
黒髪も驚いている……というか呆れているな、あれは。
とはいえ、これで勝機が見えた!
この戦い、勝つぞ!
「師匠!一度撤退し、立て直しましょう!この流れ……危険です!」
「何が危険だってんだ!」
「大体、正義がどうとか言ってる人が強くなると……そのまま押し切られて負けてしまうのです!戦隊ものの『お約束』なのです!!」
言い切った言葉に感激した。
そうだ、『お約束』だ!黒髪、よくわかっているじゃないか。興味がなさそうな奴と思っていたが、一番理解している人物じゃないか?
「……は?」
一方、着物の方は固まっていた。
「師匠は江戸時代の人間ですからわからないと思いますが……僕たち現代人にとっては『世代』というものがあります。そのお話ですよ。帰ったら、先輩に聞いてみてくださいね」
「……フ。帰れたらな」
着物の男に余裕が戻った。
もし、出会うシチュエーションが違っていたらあの黒髪とはいい友達になれそうだったのに。残念だ。
「どうせ逃げようとしたら後ろから斬りつけるようなことをするんだろ?エセ正義さんよぉ」
「エセとはなんだ!」
「お前……気づかないのか。お前はついさっき生まれたばっか。もしも元からお前のようなやつがいれば、黒池のような警察はいらないんだよ!!」
「ついさっき……生まれた?は、はは……冗談を言うな……!今、俺はこうやってここに立っている……悪を滅ぼそうと戦っている!正義の味方として!!」
「なら!お前の功績を言ってみろ!何を救った!?何と戦った!?何のために戦っている!?お前の出自は!言ってみろ!!!」
「ぐ……それは……それは……」
功績?何と戦った?出自?
わからない……わからない!確かに、俺はそう言われてみると何もわからない!頭の中がグワングワンする……俺は?俺は一体……。
何者なんだ?
「チャンス!!」
一気に詰め寄り、俺に何発も当ててくる。
だが、俺は避けられない。避けようとする考えも浮かんでこない。
俺は。俺は……俺を、俺の脳を、壊してくれ!考えられない……考えたくない!頭が爆発しそうだ!思い出させてくれ……!思い出をくれ!記憶をくれ!嫌だ、嫌だ……!空っぽのヒーローなんて、ヒーローじゃない!使命も、何もないんじゃ、それはただの殺戮者だ……!誰が味方だ?誰が仲間だ?
本当は……本当の悪は自分なのか?
「う……うわああああああっ!!」
「ノート!お前は……お前は!この世界を陥れようとした、悪だ!オレは……オレたちは絶対にお前たちを許さねえ!黒池に出会わせてくれたことには感謝する……だが、それはそれ、これはこれだ!罪のない人々をここまで殺しておいて、何が正義の味方だ!お前のような犯罪者は……オレたち警察が!!逮捕してやる!!!」
バシィィン!!という音の直後、鞭が腹を抉った。それと同時に俺は正面から倒れた。
「ゴフッ……」
ビチャビチャと口から血が出た。警察……こいつら、警察だったのか……。そりゃ……悪なわけないよな……。
「……起きろ。目を開けろ。そして現実を直視しろ。お前が殺した人間たち。お前が正義の名のもとに殺した人間たちを見ろ」
着物の男は胸ぐらを掴み、俺の暗視ゴーグルを奪って投げ飛ばした。
「……っ」
「起きろ……!」
パァン!とビンタされた。霞む視界の隅では黒髪の男が目を背けている。あぁ、今俺は見ていられないほど大変なことになっているのか……。
「こっちを向け。お前が見るべきものは黒池じゃない」
そう言って俺の体を引きずった。小さな体でよく引きずれるものだ。その力はやはりあの黒髪が持っているものから来ているのだろうか……。
引きずられていくうちに意識が途切れた。
しばらく経って、もう一度ビンタされた。目を開けると、そこはビルの屋上だった。
ここから見ろってか……。
「……!!」
そこは地獄だった。
正気になった今ならわかる。いや、いつが正気なのだろうか。もしかすると、さっきの状態が本来の俺で、今の俺が狂っているのだろうか。どちらでもいい……今見ているものが現実なのだ。
へしゃげた戦車。燃えて今にも崩れそうな渋谷の街。最初の方に攻撃した場所はもはや瓦礫の山と化し、その下には人が押し潰されて死んでいた。横には腕が千切れ、焼け焦げたクマのぬいぐるみが転がっている。子供なのだろう。
「あ……ああ……」
「これがお前がやったことだ。お前は何が見えていた。力を持った状態でここに生まれたことで、自分に酔っていたんじゃないのか?」
「違う……違うっ!」
「違わない。これが真実だ、ノート!」
「ちがああああああう!!!!!」
俺は狂乱状態で、魔法で呼び出したチェーンを目の前の男に最後の力で振り下ろす。
面食らった男は鞭でガードしようとした。
「っ、ぐぅうう!!」
が、間に合わなかった。
地面に血がポタリと落ちる。
「……っ……え?」
俺には聞こえていた。たぶんこいつにも聞こえていたのだろう。「師匠、危ない!!」という声を。
「黒池!」
「だ、い……じょうぶ、です……すこし、血が出ただけです……」
黒い髪が血で濡れて、引っ付いて……その先から血が地面へと落ちる。左目の上に当たったのか、頭から血が流れていた。
「どうして……どうして庇った……」
「大切な、人……だからという理由じゃ、命はかけられ……ません、か?」
「お前……」
「僕は……かけられ、ま……す……ね」
黒髪の男は頭を強く打ち付けたせいなのか、気を失い、一歩、二歩と後ろに下がる。そして足がもつれ……ビルの屋上から……。
「黒池!!」
咄嗟に着物の男が飛び降りる。あの男がコートを着ていることが幸いしたのか、落下速度は少し遅いようだ。だが着物の男もさらに空気抵抗の強いマントを身に着けている。このままでは間に合わない。
「…………」
俺はただ上から見ているだけだった。俺が行っても確実に助からない。ヒーローだが、自分の命が一番大切だ。卑怯な正義の味方だと罵ってくれても構わない。罵られるのはさっきでたくさんだからだ。
「黒池!」
「………………」
黒髪は返事をしない。地面まであと少し。もうダメだ。その男は諦めろ。そう思っていた、その時だった。
「魔力、開放!飛び降りた馬鹿共を助けてやれ!」
超膨大な魔力を検知した!さっきの着物の男の魔力より数倍、いや数十倍だ!一体、どこから!?
「なんだと!?」
少し回復した俺は身を乗り出して周囲を見てみた。地上には大きな大きな半透明のオレンジ色のゼリーのようなものが展開されており、そこに沈んだ二人がゆっくりと地面へと降ろされて……いや、文字通り沈んでいった。
「いやぁ、間に合ってよかったよ」
「ったく、上原ってばボクを都合のいい時にしか外に出してくれないんだから……」
「はは、この功績でマリフ、君は自由になれると思うよ」
「本当かい!?やったぁ!なら、ボクもリストみたいに警察署に入り浸ろっかな」
「厄介者が増える予感!?」
「な、なんだよっ、厄介者ってえええ!」
「あーあー!揺らすな!久々の車で酔ったんだってば!」
男と女がいた。一人は……悪魔か?もう一人も何かの力を感じる。だが、嬉しそうに話している。今落ちた二人の仲間だろう。
「仲間、か……」
俺は静かに呟いた。
どうも、グラニュー糖*です!
現在、「怪奇討伐部完結直前・pixivと同じところまで進める祭り」を開催しております!
こっちでは表紙を載せられないことが本当に残念ですが、楽しんでいただけると幸いです。
本当はイラストを見て読むほうが良いんですけどね!
なお、pixivからそのままドンしてるのでルビやら何やかんやがpixivのコマンドのままになっている場合があります。それを見つけた際はお手数ですがお知らせしていただくととても嬉しいです。もちろんコメントなどもお待ちしております!
ではでは〜