オーバーロード
第十七話 勇者の称号
「待、ち、な、さーーーいっ!!」
叫びの直後、目の前の地面がえぐれる。土埃の中でピンクの髪が揺れた。因幡の白兎?いや、違う方向から声が聞こえた。では、この声は……!?
「な、何よ、アンタ!」
「チッ、避けたか……」
「舌打ちしてないで、名乗りなさいよ!」
土埃が晴れる。
ピンクの髪、白い鎧。そして可愛い見た目に反しての凶悪な大きな斧。
彼女は……彼女は!
「そっちがよく知ってるんじゃないの?まあいいわ。……私は勇者スクーレ!アンタたちみたいな不届き者をブチのめすために招集された戦力。例え神だろうと、私は私の名前を騙ったアンタを許さない!」
言い放ったスクーレさんは斧を因幡の白兎の方に向けた。
「……ここは神の領域だ……どうしてここに転移して来られた?」
後ろの方……私やスクーレさんから見て、前の方で見ていたノート神が不機嫌そうに呟く。確かに、塔の頂上まで飛んでこられないように結界が張ってある。しかも、塔の途中途中に悪魔を遮るノート神の部下を配置しているのに、どうしてこんなスピードで登ってこられたんだろう?
「私を何だと思ってるの?私には人間の他に悪魔や幽霊の協力者がいるわ。だから彼らの力で余裕で来られたの」
「そうか。誰の差し金だ?」
「誰のって……ハレティよ。声だけだったけど……あれは絶対にハレティよ!」
「……そうか。奴は裏切ったんだね」
そう言うと、ノート神は踵を返した。もっとも、ここから動くことはできないが。
「ちょっと!逃げる気?」
「まさか。魔力の無い君じゃ一秒も経たずに消し炭さ。そうだな……ピルケ。君が相手をしなさい」
「え゛!?アタシ!?戦いは苦手なのに!」
「あの時、約束したんじゃなかったのか?『一度だけ、何でも言うことを聞く』……と」
「言ったけど……ええい!ヤケクソだぁ!」
因幡の白兎……ピルケが一歩前に出る。
隠しきれていない。嘘をつき切れていない。足が震えている。戦いたくないんだ。
「ピルケ、あなた……」
「怖がってなんかないわ。むしろ、アンタを倒してアタシが本物になるの。そしたらあの神だけじゃない、アタシを騙したあの神どもにも一泡吹かせられるはず……!」
「あのって……因幡の白兎の話で騙したあの神様たちですか?」
「そうよ。アタシはまだ許してないから……。アタシがダイコクと別れたあとに引き受けてくれたノートのためにも、アタシはやるわよ」
ピルケからプレッシャーを感じた。戦いは苦手と言っても、彼女は人間ではない。なら、悪魔と同じだ。
「あなたは塔の下に逃げて。……来いっ!」
「シャアアアッ!!」
獣のような声を上げて襲いかかるピルケ。私はその勢いにおののき、足が動かなかった。
「す……スクーレ、さ……ん……」
「さすがに一人では行けないか……いいわ、そこで見ておきなさい。あなたは私が守る。ハレティじゃないけど、私もあなたのヒーローになれたらって思ってるもの」
「スクーレさん……。……!横から来ています!」
「ありがと!ちゃんと人が話しているときは待つものよ。……動物だからそんな事もわからないのかしら」
「バカにしないでよ!!」
いつの間にか巨大化した爪で攻撃してきたピルケをスクーレさんは斧で交戦する。スクーレさんは人間だが、人間離れした動きだ。だって、そんな重そうな斧、私じゃ振り回せないもん。あの槍でもノート神の加護があってこそできたのに、一人の力では到底無理だ。
とんでもない努力の結果か、何かの加護がついているのか、それとももうすでに人間ではないのか。そのどれかだろう。女の子が持てる物じゃない。
「す、スクーレさんっ!それ以上煽らない方が……」
「わかってるわ。でも私が許せないのよ。ハレティの前では言いたいことを言えなかった私が……。今はあの人はいない。だから、私がハレティの代わりに自分自身を守る。ハレティやレインたちに頼り切りだった私を卒業するの!それが本来の人間だから!」
力を失ったはずの星のオブジェが輝く。
周囲に魔法の気配を感じる。空気がビリビリと張り詰める。
魔法の限定復活。この言葉が一番正しいかもしれない。
「ううううう……!ドラゴンソウルを受け継ぐ者として……人間に負けるか!」
ピルケの叫びに塔の端に座るノートが呟いた。
「人間に復讐するために存在する生物兵器、ドラゴンソウル……。『勇者』の称号に反応するか」
「ドラゴンソウル!?ヘラがやっと使いこなせるようになったあの暴走機関ね!……ここは本当に逃げたほうがいいわ。私がどんな手を使ってでもアレを止める」
「でも……」
「人一人守れない勇者は勇者じゃない。これは私からのお願い」
「……ごめんなさいっ!」
私は踵を返し、頂上から地上に向かうための階段に駆け込んだ。
スクーレさんは小さく頷くと、斧を杖のように構えた。
__________
「あああああっ!!」
「行かせない!」
ドラゴンソウルで変形した腕の攻撃を、斧の部分で防いだ。変形したのはもはや爪だけではない。
「……っ」
ノートの方をチラッと見る。動かないようだ。いや動かないほうがありがたいのだが……。ナメられているような気がして腹が立つ。
そんな私の心の中を読み取ったのか、ノートはフフ、と笑った。
「そんなに参加してほしいか?」
「ほしくないっ!」
「だろうね。女の子をいじめる趣味は持ってないからキッパリ言ってくれて助かるよ」
なんだこいつ。……でも今はノートに構ってる暇はない。目の前の『古代の怨念』の相手で忙しいんだから。
……バルディさんに聞いたところ、ドラゴンソウルとは新たに生まれてくる子供を土台として棲みつくものだそうだ。バルディさんのように腕と翼だけだったり、後天性という不安定なヘラのように暴走したときに表面に出てきたりすることがある。なお、行き過ぎると記憶が飲み込まれる恐れもあるそうだ。だからやりすぎは良くない。
この人は『因幡の白兎』と言った。確かにツインテールが白く、垂れ下がった兎の耳のようだ。後ろを向いたときに確認できたのだが、しっぽもある。……記憶のことを言ったが、この人はもう手遅れだと思う。だって自分のことのように話していたから。本来は過去に何が起きたかも知らないはずなのだが。
何の魂かが判明しているのはこの人で初めてだが、それで強くなるとは考えにくい。もし『因幡の白兎』の恨みが強すぎてバルディさんやヘラよりも強い力を持っていたとしても、このピルケという悪魔は果たして耐えられるのだろうか。いや、無理だろう。彼女は迷っている……迷いがある限り、力を受け入れない限り、力に振り回されて自らを滅ぼすからだ。
……ヘラのように。
それに、ノートが言った『勇者』に反応しているという言葉。それは古来からドラゴンなど悪いものは決まって『勇者』が討伐していた。そのため、自分を殺した勇者という存在が憎くて憎くてたまらないのだろう。そして付き合わされる現代の悪魔。かわいそうな話だ。
「ボーッとしてないで、ちゃんと相手をしろっ!!」
「くっ……!」
巨大化した鋭い爪は、まるでサメの歯のようだった。凶悪。その言葉がピッタリだ。少しでも気を緩めたら引き裂かれそう。
「ふん……スーも薄情なものだ。守ろうとした人間にこうもあっけなく見捨てられるなんて」
「……彼女は人間じゃ……だって魔力が……」
「いいや、人間だ。魔力を帯びているのは渡した槍だ。もっとも、ボクが渡した神聖な槍だがね」
ノートの呟きに私は気が緩んでしまった。ピルケの攻撃に押し潰されそうになる。魔法でイーブンまで持っていけているが、精神の弱さがここにきて……。
『困ったときはこれを使え。』
リストの言葉が蘇る。
彼に渡された手紙には、魔力の塊が二つ包まれていた。一つは自由に何らかの魔法が使えるようにとのことだ。これはさっきのテレポートに使った。
もう一つはレインがカリビアさんと合同で作り上げた『マジックアイテム・オーバーロード『壊』』。ここぞというときに使えとのこと。しかし今度はどこが焼き切れるのかわからないらしい。だが、そんなことはどうでもよかった。
この生きるか死ぬかの状況の前では。
「もらった!!」
「………………オーバーロード!」
轟!!!
と鼓膜が破れそうなほど大きな音がした。視界が真っ白になる。ピルケはもちろん、私もノートも何が起きたかわからないようで、誰も声が出せなかった。
「あ゛……あああっ!!!」
普通の人では耐えられないほどの熱気が私を包む。視界が歪んでいるほどに、だ。
それを真正面から一身に受けたピルケの苦しそうな声がした。
「面白い……面白いぞ、勇者よ!その蛮勇さを讃えよう!そして嘲笑しよう!お前をそこまで追い込んだ悪魔を!そして『勇者』の称号を!!」
ノートも立ち上がって嬉しそうに叫ぶ。拍手しているのが余計に腹が立つ。
「熱い!熱いよぅ!!ダイコク、ダイコクはどこ!?助けて!私を、助けてっ!体が、焼ける!塩は嫌!ゼッタイ、イヤ!!水を、綺麗な水をっ……!あ゛あああああっ!!」
聞いていて痛々しい。
因幡の白兎……その通りになってしまった。先程から叫んでいる「ダイコク」とは何者かは知らないが、以前ヘラの家で読んだ『因幡の白兎』にはその名前があった。彼は『様』付けされていた。あまり嫌だけど……今度人間界の黒池さんにでも聞いてみようかな。いや、リストの方が聞きやすいかも。
……私から出てくる熱気は、どうやら斧に溜め込まれた魔力から成るらしい。斧の先端に付いている星型のオブジェ。そこに溜め込まれていた魔力は私のスフィアを通して外に放出されていたのだが、その放出を許可する私のスフィアが無くなったことにより、溜まる一方だったようだ。
誰がやったのか、私が魔法をいつまでかはわからないが使えるようになったため、もうダメ、パンパンだよぉ!と放出されたのである。多分。しかも『オーバーロード』とかいう強化付きで。
……私が魔力を放出し終えた頃には、もうピルケの姿は無かった。止めることはできなかった。止めたら負けるという思いと、自分にはこれを止める術がなかったからである。
床には焦げ跡だけが残されていた。
私も力尽きてその場に倒れ込む。
最後にノートの声が聞こえた。
「よくぞ一人で倒した、勇者よ。あとは戦場の外で見ているがいい。この世の終わりを」
私は、意識を失った。
どうも、グラニュー糖*です!
現在、「怪奇討伐部完結直前・pixivと同じところまで進める祭り」を開催しております!
こっちでは表紙を載せられないことが本当に残念ですが、楽しんでいただけると幸いです。
本当はイラストを見て読むほうが良いんですけどね!
なお、pixivからそのままドンしてるのでルビやら何やかんやがpixivのコマンドのままになっている場合があります。それを見つけた際はお手数ですがお知らせしていただくととても嬉しいです。もちろんコメントなどもお待ちしております!
ではでは〜