罪の兎
第十六話 被愛の後遺症
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「う……うぅ……」
「あっ!ヘラ!」
目が覚めると、俺のベッドの上だった。
さっきまでノートと戦っていたはず……レインがここまで運んでくれたのか。
「のっ、ノートは!?」
「私が倒しましたよ」
レインの横でスグリさんが微笑む。
「よかった……」
ホッとしてもう一度倒れ込む。それを見てレインは笑った。
「はは、まさかヘラの苦手な水とはな!でも勝ててよかったぜ。スグリさんに任せて正解だったよ」
「ものは言いようですね」
「う……で、でもさっ、あのツボを割る力はオレたちにはない!結果オーライだよな!?なっ!?」
「……そういうことにしておきましょう」
「レイン……お前なぁ……あんなこと言っておいて、よくそんなこと言えるな……」
「あ、あはは……」
あんなこととはもちろん置いていったことだ。
「……二人とも。後遺症は大丈夫?」
「あー……行くときに言ってたやつか。オレが仕留めた訳じゃないし、全く問題ない。可能性があるのはスグリさんだろ」
「こちらも……特には。そちらは?」
「俺は……愛について少し考えるようになった……かな」
「ガッツリ受けてんじゃねぇか」
レインが呆れている。まぁそうだろうな。アイツ、執拗に俺を狙ってきたし。……ノートに俺の存在がバレているのは嫌だな。
「……誰もが愛を欲している……か。………………ムジナも同じなんだろうな」
「……ま、お前がどうしてもって言うならオレは手伝うぜ。あいつが許してくれるかはわからねーが、オレはついてくぜ」
「まっ、まだ仲直りするとはっ」
「はいはい、素直じゃないヘラく〜ん、傷を治してクノリティアに行きましょうね〜」
「あっおい!」
立ち上がろうとした俺をベッドに戻す。レインの力にも負けるほど疲れているのか。それとも、インキュバスとしてキャパオーバーした俺の身体が悲鳴を上げているのか。どちらにしろ、今はボロボロだ。レインの言う通り、傷を癒やそう……。
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「ここよ」
「……え」
スクーレさんに連れてこられたのはノート神の塔だった。さっきの店よりさほど遠くない。腰が抜けた私をあの男の人が運んでくれたからだ。……周りでは悪魔たちが何かの影と戦っている。戦いや悪魔たちに疎い私でもわかる。悪魔たちが劣勢だということが。
怒号と共に剣を振るう者。
泣きながら石を投げる者。
動かなくなった悪魔を抱えて復讐を誓う者。
様々だった。本当に様々だった。
私がノート神に手を貸して、やろうとしたことがこれだ。
もしもこれがアメルの人たちだったら?私はこの人たちと同じようになっていたかもしれない。自分は『勇者の町』の一人だと自分を奮い立たせ、凶器を手に取って無謀かもしれないけど立ち向かうだろう。
それは、怨嗟の声を上げる悪魔と同じなのかもしれない。
私は、そんな悲劇の加害者に片足突っ込んでいたのだ。
「周りの……人は……」
「良いじゃない。悪魔、嫌いなんでしょ?」
「……はい……」
スクーレさんはそんなこと言わないはずだ。だって覚えてるもん。お店のお客さんが『悪魔と人間の架け橋』だって言ってたの。架け橋になる存在なら、こんな冷たいこと言わない……。言わないはずだ。
「………………」
この戦場にはあらゆる感情、想い、精神が渦巻いている。
勇気。情熱。願望。欲望。使命。
許せない。守らなきゃ。
排斥。討伐。抹殺。
思わず耳を切り落として目をくり抜きたくなるほどのプレッシャーだ。
「…………っ」
悪魔たちから伝わってくる情報は、全て魔界のためを想ってのものだった。
そう、まるで人間のよう。もしかして悪魔も人間も大差ないのでは?
「……。この魔界は何度も破滅から這い上がってきた。神造異変。ユグドラシルの魔界化。霊界侵食。霊王の雨……。だから今回も大丈夫なはず。魔界は蘇る」
瞬きをするたびに居場所が変わっていく。
ノート神の塔をどんどん登っていっているんだ。
神の前……頂上に辿り着いたとき、私はスクーレさんに確認を取る。彼女は本当に勇者スクーレなのか。私は確かめなければいけない気がした。
だって言っていたもん。
『魔法が使えない』って。
「到着よ。……スーちゃん?」
「……あの……スクーレさん」
「何?」
口に力を込める。
風で髪がふわりと背中をくすぐる。
間違いを糾す。間違いを見つけるのは人間の仕事だ。正しいもの、間違ったものを見分けるのは人間の仕事だ。
だって私は人間なのだから。
「……スクーレさん。あなたは……いえ。お前は一体、何者だ!?」
「………………ふふ。いつから気づいていたの?」
ザワ、とスクーレさんの周りの空気が揺らめく。
直感。
これは人間じゃない何者かだ。
赤い瞳が光る。人間は目が赤く光るわけがない。さっきの男の人みたいに全員が赤いというわけはないが、このスクーレさんは目が赤い。だから……違うはずだ。
いつか、悪魔を調べているときに読んだ。
魔力を動かすときは体の中の代謝が働いて炎のように赤く光る……と。皮膚の下だとただ健康そうに赤みを帯びるだけなのだが、目はそれを通り越して赤くなると。まぁそれも人それぞれ。魔力の色が青だったり緑だったりする場合は、肌まで影響せずに目だけに留まるそうだ。なんでも、赤は肌が吸収しきれずに外に出て、青や緑などは肌が吸収しきって表面に見えなくなるとかなんとか。
悪魔の肖像を見たときによく白い肌で描かれるのは、魔力が見えない人が描いたからだ。魔界に来れば嫌でも見える。空中に魔力が散らばっているのだから、酸素のように自分に取り込まれるのだもの。だが、それは普通の悪魔の話。
普通じゃない膨大な力を持つ死神やその力を受けた者、彼らに認められた者……あとはその周りの人たちは無意識に魔力を感知できるようになり、見えるようになる。
「……気づいたのは塔の下……です」
「うーん、少し遅いかな。でも、鋭い人間は好きよ」
彼女の姿がどんどん変わる。
赤い目、ピンクの髪はそのままだが、身長が少し縮み、服が変わる。そしてシュシュより先の髪が白く変わった。ついでにシュシュの形も三角に変わる。まるで動物の耳のような形だ。
「!?」
「……アタシはピルケ。ピルケ・クルスト。またの名を、『因幡の白兎』。よくぞ伝説となったアタシの嘘を見抜けたわね、スー。……ふふふ……」
因幡の白兎!?因幡の白兎といえば大昔に嘘をついて因果応報となったあの因幡の白兎!?それが今も生きていて、なおかつ人間の姿をしているだなんて……理解できない!私には到底理解できない!
「……なんでアタシがこんな姿をしてるのかって不審がってない?」
「ゔっ」
「ああ、別に問題にするってわけじゃないから。アタシもわかんないし。さぁ、仕事に戻りなさい、スー。ノートも待ってる」
「………………はい」
ごめんなさい、宇宙からやってきたお客さん。私はやっぱり自分の意思が弱いダメな子でした。私なんかが……踏み込んじゃいけなかったんだ。
どうも、グラニュー糖*です!
現在、「怪奇討伐部完結直前・pixivと同じところまで進める祭り」を開催しております!
こっちでは表紙を載せられないことが本当に残念ですが、楽しんでいただけると幸いです。
本当はイラストを見て読むほうが良いんですけどね!
なお、pixivからそのままドンしてるのでルビやら何やかんやがpixivのコマンドのままになっている場合があります。それを見つけた際はお手数ですがお知らせしていただくととても嬉しいです。もちろんコメントなどもお待ちしております!
ではでは〜