彼女の名前は
第十一話 巫女の答え
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「それで。どうしてノートが消えたのかはわからない……と?」
俺は目の前の「ノートの巫女」に問いただした。
ノートが消えたあと、今、エメスの喫茶店に転がり込んで座っている。巫女は緊張のためか、首をコクコクと上下に振ることしかできなかった。
魔界が大変なことになるかもしれないのにこの店どころかどの店も通常営業だ。肝が座っているのか、それとも気づいていないだけなのか、店主の性格がおっとりしすぎているのか……。どれも正解かもしれないが、そのおかげで助かった。
「巫女なのにそんなことも知らないのか……」
「サメクン。言、い、過、ぎ!」
「ゔ……すまん」
俺の失言を隣に座るメリアがすかさずフォローする。
「いえ……私にも欠点がありました。もっと勉強すべきだと……」
「いや。お前には欠点はない。……そういやお前の名前、聞いてなかったな。お前のままじゃ嫌だろう?」
「……スー」
「え?」
「私の名前は『スー』。アメルから来ました」
「アメル……」
「あ……宇宙人さんなんですよね。知らなくて当然です。無視しちゃってください」
いや、アメルは聞いたことがある。ヘラの部屋の地図で目にしたんだっけか。夜は危ないからと部屋に上がらせてもらったときに説明を聞いた。確か人間が住む街なんだったかな。
「スーちゃんね!いい名前だわ!」
「ありがとうございます」
「アメル……南西にある町か」
「ご存知でしたか」
「ああ。ヘラに教えてもらったからな」
「あの悪魔ですか……」
スッ、とスーの目が険しくなった。どれだけ悪魔が嫌いなのだろうか。
「ヘラは悪いやつじゃないぜ。ただやりすぎるだけだ」
「……悪魔は全て悪いと聞きました。実際、悪魔がアメルの人たちを皆殺しにしていました!私は……私は、怖くなって逃げ出したんです!それと同時に私は悪魔を許さないと誓ったんです!!」
バン!とテーブルを叩いて立ち上がったスー。周りの人たちが何だ何だ?とこっちを見てきた。
メリアはオロオロしているが、俺は座ったまま腕を組んでスーの目を見つめ続けた。
「…………」
「あなたにはわからないのですか?!自分の町の人たちが死んでいくところを!どれだけ悲鳴を上げても、悪魔はその殺戮をやめない!やめなかったんです!!」
「………………俺をなんだと思っている」
「……?」
「俺は実験で惑星の住民ほとんどが苦しみながら人になり、失敗されて死んでいく仲間たちを見てきた。俺も死ぬ可能性は十分にあった。だからお前が言っていることは理解できる。俺の友達は何人も実験で死んだ」
「え……」
「だが、どうだ。お前みたいに騒いだりはしない。そりゃ一時はレジスタンスとして仇を討つために動いたこともあったさ。……今、俺は力でどうこうしようとは思わない。むしろ話し合いで解決しようとした。もしその場所がどれほど危険だとしても、自分が死ぬかもしれない時でもだ。スー。お前はどうしたい?」
「わ……私は……」
スーの体が震え、ティーカップがカタカタと動く。
そして、スーはストンと座った。
「私は……やっぱり私の考えは間違っていないと思います」
「……そうか」
「ですが……あなたが乗り越えられたのなら、私だって乗り越えられると思います」
「……ふっ」
俺は何も言わなかった。その答えに称賛はしない。まずどんな答えが返ってきても褒めようとは思っていなかった。褒めてしまったら後押しの意味が無くなるからだ。
「あの……」
か細い声が聞こえ、俺は振り返った。
そこにはピンクの長いツインテールを揺らしたワンピース姿の女の子が立っていた。魔力を感じるような感じないような。不思議な子だ。
「何だ?」
「さっき、アメルと聞こえましたが……その子はアメルの子なんですか?」
「……?そうなんだろ、スー?」
俺はスーの方を見た。スーはさっきのこともあって恥ずかしさで少し震えていた。
ちなみに俺の隣のメリアはアイスティーを黙々と飲んでいる。お前はそのままでいてくれ。
「……正確には気がついたらアメルの丘にいたんです。そしたら町の人たちが匿ってくれて……帰る場所もないので、そのままアメルに居座っていたんです」
「そう……だから私の記憶にあなたがいなかったんですね。すれ違いってやつかしら」
「なぁ、おい。そういうお前は誰なんだよ?」
「私?私はスクーレ。勇者をしていました」
その言葉に周りが再びザワつく。「おいおい、マジかよ?」「あの勇者スクーレだって?」「悪魔と人間の架け橋があの女の子か」と聞こえた。かなり有名みたいだ。それに、俺もどこかで聞いたことがある……。
そうだ、レインだ!レインがよく話していたんだ!「こんなオレでも、スクーレとの旅で役に立ってたんだぜー!」って!
「へー!あなたが!こんなに可愛いのに、よく頑張ったわねー!」
アイスティーから解き放たれたメリアがスクーレを抱きしめている。ずっと飲んでおけばいいものを……。まぁいいや。
「じ、自分でと言いますか、ハレティに強制的に行かされたんですけどね……あはは……」
「ハレティ!ヘラが言っていた霊王のことね!?知り合いだったんだ!」
メリアは抱きしめながら爆音で話す。俺まで耳が痛いぜ。スクーレは……大丈夫なのだろうか。
「知り合いといいますか……私の唯一の家族です。と言いましても、ハレティに両親を殺され、未来を左右されたと言ったほうが正しいかもしれません。そちらこそヘラと知り合いだったんですね」
「ええ、そうよ。……何かごめんね」
「いえ……大丈夫です」
「スクーレ。お前は今戦えるか?勇者なんだろう?」
「……えっと……その……」
彼女の顔が曇った。
「今の私には魔力がありません。戦場に出ても足手まといになるだけです。ノートが大変なことをしているのはリメルアに聞きました。ハレティの遺体を取られただの何だの言って騒いでいたんです。私も戦いたいのは山々ですが、斧を持つだけで一苦労なんです。なので……ごめんなさい」
「そうか……無理言って悪かったな」
「……私の努力不足です」
……どうしてこうアメルの人たちはネガティブなのだろうか。俺みたいに振る舞えばもう少し楽になれると思うのだが……女の子だからってのもあるのだろうか?ううむ、ジンベエザメの俺にはわからないな……。
「では、私はそろそろ」
「そういやこんなところで何をしていたんだ?」
「あら?ご存知ないですか?今、死神王の名のもとに魔界の各所から戦力が集められ、ノートを打ち倒すための準備がなされているのです。私もその手伝いをしています」
「……………………は?」
「ノートは危険です。見たところ魔力を持たないあなた達がノートに立ち向かうのは無謀そのものだと思います。なので、ヘッジさんたちに任せましょう!」
ヘッジということはムジナのことも知っているのではないか?
「ヘッジが動いているなら、ムジナもそこにいるのか?」
「ムジナですか?はい。ですが危ないからということで外には出さないみたいですよ。ヘッジさんらしいですね」
「ムジナが外に出る可能性は?」
「ありますよ。ですが今回は本当に危険な相手なので、子どもたちは誰も外に出さないようにとお触れが出ました。なので、一番飛び出していきそうなヘラに伝えておいてください。今回は戦わないで、と」
「でもぉ……ここの大人たちって、元々は人間だったんでしょ?ヘラたちみたいな子供が純正な悪魔なんだったら、彼らに頼むことはしないわけ?」
「正確にはユグドラシル王国の時代の人以外は純正な悪魔らしいんです。なので、見た目的には子供の悪魔たちが純正な悪魔みたいですよ」
……正直、何を言っているのかわからないが、結局出るなと言われても出るのがムジナとヘラだ。もし『あの女』が言っていたことをヘラに言ったら……あいつはもう止まらないだろう。
「……そろそろいいですか?」
「あぁ。引き止めちまって悪かったな」
「いえ」
スクーレは優しく笑った。こういうところもあって勇者に選ばれたのかもしれない。
「あの……私も連れて行ってください!」
「スーちゃん!?」
「私……悪魔を見てみたい。偏見じゃなくて、ちゃんとした考えを持って見てみたいです。それがたとえ、アメルの人たちを皆殺しにしていたとしても……」
「ん?殺されてないわよ?」
「え?」
俺、メリア、スーは驚いた顔をした。だってスーの原動力って町の人たちの仇を討つことでは?
「あれはただの幻影。ちゃんと護られていたの」
「そ、そうなんですか!?」
「大地の神が護ってくれたのよ。多分幻影が消える前に逃げちゃったのね、あなた」
「じゃ、じゃあ……!」
「ええ。みんな、生きてるわ!」
「!!!」
スーの目に光が戻った。
それにしてもよかった。俺のような憎しみを持つ人が減って。
「よかった……よかったぁ……!」
スーがポロポロと涙を零す。スクーレはその涙を拭うと、俺達に向き合った。
「この子のことは私に任せてください。ノートから守ってみせます」
「ああ。頼んだぞ、勇者」
どうも、グラニュー糖*です!
現在、「怪奇討伐部完結直前・pixivと同じところまで進める祭り」を開催しております!
こっちでは表紙を載せられないことが本当に残念ですが、楽しんでいただけると幸いです。
本当はイラストを見て読むほうが良いんですけどね!
なお、pixivからそのままドンしてるのでルビやら何やかんやがpixivのコマンドのままになっている場合があります。それを見つけた際はお手数ですがお知らせしていただくととても嬉しいです。もちろんコメントなどもお待ちしております!
ではでは〜