ノート戦のリスク
第九話 傷痕
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「そうですか……」
僕は小さく首を縦に振った。スマホの画面には通話中と表示されており、そんなスマホを師匠は僕の耳元に背伸びをしながら近づけてくれていた。そんな師匠は僕の合図で背伸びをやめる。今度は師匠がスマホに顔を近づけた。
「とにかくイリアが無事で良かった」
『リストさんやレインさんやムジナさんのおかげです!みなさんがくれたあの魔法のアイテムが無かったら、今ごろ死んでました』
「そんなこと言うな。お前ならちゃんとやれるって信じていたさ。ところでイリア。後遺症とか痛いとか気持ち悪いとかはないか?」
『後遺症ですか?うーん……ちょっと気分が悪いですね……』
「どこが悪いんだ!?」
『わっ!?キーンってなりましたよ!?』
「す、すまん」
『いいですよ。こう、なんかムカムカするというか……吐きそうです』
「トイレ行ってこい」
『そうじゃないんです。何度も行きました。ですが……いえ、心当たりがというか確実にこれだという理由があります』
「理由だと?」
『はい。実は、僕……ノートの毒を吸ってしまったのです!しかも至近距離で!』
「な、なんだってーー!?」
師匠からテンプレートな叫びが飛び出したところで僕は考えた。
毒なのに死んでいないとはどういうことなのだろうか。毒は毒だ。体に害があるものだ。それを吸っておきながら、こうやって普通に電話できるなんておかしい。
僕は自分の手のひらを見る。よく見るとキラキラ光っている。これがナノサイズの剣なのだとすれば、イリアを見たら何かわかるのではないかと思ったが、異常があるのは体内だ。どうすることもできない。
『あと……ノートはこれを毒ガスと言っていましたけど、息を吐くたびに口からそれが出てくるのです……。もし、これが人類に害があるものだと決定づけられれば、僕はもしかすると解剖されたり、殺されたり、隔離されたりするかもしれません!助けてください、リストさん!』
「……考えすぎだ」
『でも!』
「毒を抜くための、それか抑え込むためのマジックアイテムをマリフに作ってもらおう。それまで待てるか?イリア」
『……うん』
「いい子だ。寂しくなったらいつでも電話をしてこい。とりあえずベアリムには近づくな。誤って殺してしまうかもしれないからな。行くなら人気のないところだ。いいね?」
『うん』
「ベアリムには連絡しておくから気にするな。イリア……直接悩みを聞いてやれなくてごめんな」
『いえ……黒池さんも大変だって言ってたんで、当然のことです。黒池さんにお大事にって伝えておいてください』
「承知した」
師匠は通話を終了して、僕にスマホを返した。
……今、僕は都内の病院のベッドにいる。
理由はもちろん先の戦闘だ。僕の体内に発生した諸刃の剣が原因だ。僕のせいで一緒にいた師匠もここにいることになっている。僕のせいだ。僕が師匠を信じなかったから。僕は自分の力を過信しすぎた。僕が師匠を守れるからと無茶をしてしまった。
神に逆らうべきではなかったんだ。
これは神罰なんだ。あの時、師匠は否定してくれた。でも、僕の心のどこかでは神罰だと信じて疑わない自分がいる。
ごめんなさい。やっぱり僕は師匠の言うことを聞けない悪い人です。ごめんなさい。ごめんなさい。
「……黒池。あまり気に病むな。なってしまったものはしょうがない。ここからどうするかを考えよう」
「師匠……ふふ、師匠はなんでもお見通しなのですね」
「当然だ。お前の命を預かる者として、お前のことをちゃんと見ておかなければなるまい」
「師匠……!」
僕は感動した。人間嫌いだと聞いていた師匠が僕のことを考えてくれるところまでになったのだから。
「前から思っていたのですが……師匠ってツンデレ属性なんですね」
「ふむふむ、そうだろう、そうだろう……ゔぇあっ!?」
「なんて驚き方してるんですか……。今に始まったことではないでしょう?今ヘラやレインくんに会ったら多分同じ答えが返ってきますよ」
「そ、そうなのか?……ツンデレか……ツンデレ……」
しまった、刺さりすぎた。よほどショックだったのだろう。
「すっ、すいません!師匠がそこまで考えられるだなんて思っていませんでしたので……」
「そういうことじゃない。だが……悪くない。オレもやっと『枠』に当てはまることができたんだな」
「師匠……!ふふ、ふふふ」
「な、なんだよ、急に笑って……」
「師匠ってば、仲間に入れてほしかったのですね。素直じゃないんだから……」
「は、はあ!?」
「これならツンデレと呼ばれてもおかしくないですね!」
あはは、と笑う僕の隣で師匠がわたわたと訂正を要求している。
「コラ!病院で騒ぐな!」
「「ひえ!?ごめんなさいっ!」」
怒られてしまった。僕と師匠は顔を見合わせ、クスクスと笑った。
……やっと笑ってくれた。赤のノートと戦ってからずっと沈んでいたから。
これならもう大丈夫そうだ。師匠は笑っている方が一番。ああ……約束を守れそうですよ、面狐さん。
『剣一を守り、守られる。互いに支え合うことを条件としよう』……これが面狐さんと交わした約束。やっぱり、師匠を置いていったのではない。ずっと師匠を守るために動いていたんだ、あの人は。確かに捉えようによっては誰よりも変な人で、掴みどころのない気味の悪い人かもしれない。でも、師匠のことを第一に考えてくれているんだ。
師匠は幸せ者だ。
僕とは違う。両親にも、里親にも捨てられた僕とは……全く違うんだ。
「明日。明日、マリフさんに依頼しに行きましょう。帰りに図書館にも寄りましょうね」
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「……よしっ!」
「ヘラ〜まだか〜」
「もう終わる」
倉庫の次は俺の部屋に来ている。痺れを切らしたレインは部屋の前で情けない声を上げながら待機していた。
「むー……あと一分な」
「一分もかからん」
俺はドアノブに手をかけ、開いた。
直後、ゴンッ!という音と衝撃が手に走る。
「あだっ!?」
「あっすまん」
レインは後頭部をさすりながら「こいつ〜……っ」と涙目で訴えかける。あとで料理でも振る舞うか……。
「謝ってくれたのだからいいんだけどよぉ……。それよりヘラ、その服カッコいいじゃねーか!いーなー、オレも欲しい!」
レインは俺の服を見てニカッと笑った。
そうだ、俺はこの服に着替えるために部屋にこもったのだ。
この服のモチーフになったのは、姉ちゃんが渡してくれた本と、皇希がくれた雑誌という名前の本の情報を照らし合わせたものだ。確か『サバイバルゲーム』……『サバゲー』と呼ばれていたな。
俺はマリフやキリルのような銃は持っていないが、俺は魔法が使える。それに、銃弾のカートリッジを入れる部分として書かれていた箇所には、魔力を回復させるための食料を入れている。抜かりはない。
俺の弱点は耐久力の低さ。すぐにガス欠になってしまうことだ。オリオンからの脱出の時でもそうだ。商人ちゃんがいなければ、今ごろ宇宙でシアエガのご飯になっていただろう。それをカバーするためのものだ。
……商人ちゃん。お前のことは忘れない。ナイアーラトテップ。お前のこともだ。アシリア、O-57、イア……。
「……ヘラ?おい、ヘラってば!」
「っ?!すまん、ボーッとしていた」
「違う。……何泣いてんだよ」
「は!?な、泣いてなんかっ」
慌てて顔に手を当てる。
……ああ、本当に泣いていたんだ。この俺が泣いていたなんて。心が弱くなった証拠だ。……これならハレティに表情を封印されたままのほうが良かったかもしれないな。
「な。ヘラ……お前、まだムジナのこと後悔してるのか?」
「違う。違うことを考えていた」
「違うこと?」
「宇宙で散っていった人たちのこと」
「あー……なんか大変だったって言ってたな」
「……レインは宇宙のことをどう思う?」
「宇宙か……やっぱ憧れの場所だろ!こぉーーんなに広いんだぜ!?」
レインは両手を思いっきり広げて目を輝かせた。
「行ったお前らが羨ましいぜ!」
「……そうか」
「……なんてな。ムジナから聞いたぞ。出会いと別れ、全てな。もちろんシアエガのこともな」
「!!」
「もご!?」
俺は急いでレインの口を手で塞いだ。
続けて左右を見渡す。何も異変がないことを確認し、俺は一息ついた。その間ずっと塞ぎっぱなしだ。
「んんー!んー!!」
「あ、すまん」
「ぶはっ!!すまんじゃねーー!!!」
酸欠からなのか、怒りからなのかはわからないが、レインは顔を真っ赤にして怒り狂った。
「ごめんって言ってるだろ?あのな、あの名前を言ったらいつ奴に見つかるかわからない。だから極力言うな。わかったな?」
「わかった。あれだろ。宇宙のどこまでも追いかけてきたんだって?」
「ああ。あれはこの地球の………………」
「ん?」
「そうか、わかったぞ!」
「何が?」
「戦わせるんだよ!」
俺は拳をグッと握り締め、レインの方を見て叫んだ。
「は?」
「ノートとアイツを!ノートさえ何とかできれば、こっちのものだ!あとはナイアーラトテップに頼んだりとか、月の兵器で押し返そう!ありがとうな、レイン!!」
レインの首がガックガックなるほどに揺さぶる。
「あわわわわやめろヘラやめろ!!」
そう言っておきながらも、レインは少し嬉しそうだった。
どうも、グラニュー糖*です!
現在、「怪奇討伐部完結直前・pixivと同じところまで進める祭り」を開催しております!
こっちでは表紙を載せられないことが本当に残念ですが、楽しんでいただけると幸いです。
本当はイラストを見て読むほうが良いんですけどね!
なお、pixivからそのままドンしてるのでルビやら何やかんやがpixivのコマンドのままになっている場合があります。それを見つけた際はお手数ですがお知らせしていただくととても嬉しいです。もちろんコメントなどもお待ちしております!
ではでは〜