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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

[短編] 王女様「このゴムみてぇな肉はなんですの!?」


 とある日の王城にて。


 この国の第二王女様――今年で十四歳になるリリィ・ヴェルトリアンは「普段食べない肉を食べてみたい」と料理人達にわがままを言った。


 王女様の命令を受けた料理人達は悩みに悩み、普段は絶対に使わない肉を使ってお出ししたところ……。


「……!! 料理長! 料理長を呼びなさい!」


 サイコロサイズにカットされた肉を口に含んで咀嚼しながら、リリィは食堂のテーブルを囲むように待機するメイドと執事に告げる。料理長が慌てて食堂にやって来ると――


「なんですの!? このゴムみてぇな肉は!! ぜんッぜん噛み切れませんわッ!!」


 王族故に彼女は普段から様々な高級肉を口にしている。これまでの料理とは違った、奇をてらう食材でなければ満足してもらえないと判断したのだが、完全に失敗してしまったのだろう。


 料理長は「ああ、やっぱり」と顔を青ざめながらも、即座に頭を下げた。そんな料理長にリリィは言葉を続けた。


「この、肉ッ! うんめェですわッ!!」


 料理長の推測とが逆に彼女は目を輝かせながら肉を咀嚼し続ける。


「噛めば噛むだけ肉汁が飛び出してきますわ! なんですの、この肉! たまらねェですわ!」


 彼女が口に放り込んだ肉はゴムのように固い。超弾力を持つ肉であり、食事用のナイフではカットできぬほどの弾力性を持っているのだ。


 しかし、噛めば噛むほど肉汁が口の中に「ジュワッ、ジュワッ」と飛び出す。この肉汁がたまらなく美味い。


「……魔獣の肉でございます。ブルブルパイソンという種の魔獣の肉にございます」


 料理長が肉の正体を告げると、まだ王城勤めが短いメイドや執事から「そんな!」とざわめきが起こる。


「ほう。魔獣肉。それは平民達が食べる肉でしたわね?」


「左様でございます」


 この世界には魔獣と呼ばれる狂暴なモンスターが存在している。平民達の間では魔獣を狩り、その肉を食らう習慣があった。


 対し、王族や貴族のような高貴な人間は民間で飼育された牛や羊などの高級な動物肉を食らうのが基本である。


 王侯貴族が魔獣肉を食べない理由としては魔獣肉は総じて固かったり、クセがあったりと問題があるからだろう。


 ただ、市場価格としては数の多い魔獣肉の方が安価だ。故に魔獣肉は平民の肉とされているのが常識である。


「なるほど。魔獣肉。平民が食べる肉と言われておりましたが、なかなか悪くありませんわね」


 ゴクンとゴムのような肉を丸飲みしたリリィは、皿の上に乗っていたサイコロ肉をポイと口に放り込む。そしてまた何度も咀嚼しながら、飛び出す肉汁に「ウンメェ! ウンメェ!」と声を上げた。


「料理長! 平民は他にも魔獣肉を普段から食べておりますの?」


「はい。魔獣肉は安価故に平民の胃袋を支える食料です。他にも種類や独特な調理法など、様々な魔獣肉料理がございます」


「なるほど……」


 ジュワッジュワッと飛び出す肉汁を口の中で味わいながら、リリィは眉間に皺を寄せた。その後、侍女であるアンコに顔を向けて告げた。


「アンコ、午後は平民街にある肉屋へ行きます。準備なさい」


「承知しました」


 長い黒髪と黒縁メガネがチャームポイントな侍女アンコは、リリィの命令を快諾した。



-----



 食事後、宣言通りに平民街へ向かったリリィ。彼女は侍女のアンコと共に平民街の中でもっとも大きな市場へ足を伸ばした。


「なるほど。平民がいっぱいいますわね」


 リリィは豪華なドレスを身に着け、綺麗な金のロングヘアーにはティアラを載せてと、実に王女様らしい格好で平民街に赴いた。そうなると、当然ながら周囲からの視線とリアクションがヤバイ。


 侍女アンコと手を繋ぎながら市場を歩くと、彼女がすれ違った平民達は揃って地面に平伏していくのだが本人は全く気にする様子がない。彼女は堂々とした態度で市場を進み、料理長に教えてもらった肉屋まで辿り着いた。


「店主。聞きたい事がありますの」


「は、はい! リリィ王女殿下! 何なりと!」


 肉屋のオヤジは顔を青ざめながらも必死に対応。そんな彼にリリィが問うた事とは。


「魔獣肉で一番美味いとされる物は何かしら?」


「魔獣肉、でございますか?」


「ええ。私、魔獣肉に興味がありますの。一番おいしい魔獣肉を教えて下さいます?」


 なるほど、と店主は小さく声を漏らしながら顎に手を添えて悩む。


 魔獣肉は平民のお供。尤も食べられている肉であるし、この店が主に扱うのも魔獣肉他ならない。少し悩んだ後に店主は口を開いた。


「魔獣肉の中で一番おいしい……というよりも、伝説となっているのはドラゴンの肉でしょうか。凶悪なドラゴンの肉故に市場には出回りません。しかし、一度食べた者は虜になってしまうほど美味しいとか」


「ほう!」


 目を輝かせるリリィ。それを見た店主は言葉を続ける。


「しかし、ドラゴンの肉がいくら美味しいと噂されようとも現実的ではありません。平民の間で人気なのはタックブルの肉でしょうか。こちらは市場に出回る数も多い割に肉の味も上等です」


 ただ、店主が言ったようにドラゴン肉は幻の魔獣肉である。現実的ではない故に店主は王都に住む平民達に最も愛される魔獣肉を見せた。


 タックブルとは大牙を生やしたイノシシの魔獣だ。肉は赤身と脂身のバランスが良い。焼くも良し、煮込むも良し、どんな調理法でも美味しく食べられる。


「ほう。なかなか……美味そうですわね」


「しかし、王女殿下。タックブルの肉には希少部位というモノがございます」


 新鮮な生肉を見てジュルリと涎を垂らすリリィであったが、店主は「まだまだ続きがある」とタックブルについての秘密を話し出した。


「どれも一頭から僅かにしか採取できませんが……。まずはヒレです。脂肪の少ない赤身肉ですがとても柔らかく、一度食べたら病みつきになる事間違いなしッ!」


 シンプルに焼肉がおすすめ、と店主が調理法を教えてくれる。


 リリィはゴクリと喉を鳴らした。


「次にタンです。タンとは舌の事なのですが、これがまた絶品です。ヒレ肉と一緒に焼肉で食べると良いでしょう」


 リリィは再びゴクリと喉を鳴らした。


「どちらも希少部位であり、更には時間が経った物は鮮度が落ちて固くなります。出来るならば、猟で獲れたばかりのタックブルから採取して食べた方がより美味しいでしょう」


「なるほど。獲れたて……。フルーツや野菜もとれたてが美味いとよく聞きますわ」


 ウンウン、と何度も頷いたリリィ。


「店主。勉強になりましたわ。褒美を与えましょう」


 後ろに控えていたアンコに「私のお財布を」と言ったリリィ。彼女は布製のお花柄サイフを受け取ると、中から金貨を十枚取り出した。


「これで店を大きくなさい。また来ます」


「ハハァー!!」


 金貨十枚。平民の平均収入から換算すると三年分になるだろうか。金貨十枚もあれば市場の狭いスペースを抜け出して、大通り沿いに店舗を構えるには十分な金額だ。


「アンコ! 次は冒険者ギルドに参りますわよ!」


「はい。リリィ様」



-----



 王都にある冒険者ギルドは毎日いつでも賑わっているが、今日は異色の賑わいであった。その理由は王族である第二王女リリィが冒険者ギルドに足を運んだからだろう。


「リ、リリィ様! 本日はどのようなご用件で!?」


 話を聞いたギルド長が階段を転げ落ちながら登場。


 筋肉モリモリマッチョマンなギルド長はリリィの前で膝をつきながら揉み手を繰り返す。


「タックブルという名の魔獣について話を聞きにきましたの」


「タックブル、でございますか?」


「ええ。タックブルの肉……希少部位が欲しいの。かの魔獣が生息している場所を教えて下さらないかしら?」


 言われて、筋肉モリモリマッチョマンなギルド長の脳は高速フル回転。


 なるほど、タックブルからとれる希少部位は王侯貴族が好む高級動物肉に匹敵すると言われている。その噂を聞きつけて、食してみたいと考えたか。タックブルの生息地へ騎士を派兵し、希少部位を手に入れようという魂胆だろう、と。


「承知しました。では、生息地の情報を騎士団にお伝えすればよろしいですか?」


「いいえ。今ここで教えなさい。魔獣肉とは鮮度が命と聞きました。私がかの地まで赴き、最高の状態で頂くつもりですのよ」


 この時、筋肉モリモリマッチョマンなギルド長に電流走る。


 まさか王女殿下が生息地まで足を運ぶなど異例も異例。例え騎士団と共に向かったとしても、現場で何かがあればギルドに責任を問われるかもしれない。またもや脳をフル回転させた末、彼は一つの提案を告げる。


「承知しました。では、ギルドからAランク冒険者も派遣させましょう。彼等なら生息地の地理にも詳しく、魔獣の生態にも詳しいです。万が一に備え、お供する許可を頂けませんか」


「ふむ。確かに冒険者の知識は馬鹿にできませんわ。特に魔獣ともなれば、私よりも詳しいでしょう。魔獣について学びを得る良い機会です。許可致しますわ」


「ハハァー!」


「ただし、十分で準備するように。私はお腹が空いてきましたの。でも、三時のオヤツを我慢してタックブルの肉を美味しく頂きたいですわ」


 きゅるる、とリリィの可愛いお腹が鳴った。後ろで控えていたアンコがポケットからクッキーの入った包みを取り出すも、彼女の話を聞いてすぐに引っ込める。


「ハハァー! すぐに!」


 この時、筋肉モリモリマッチョマンなギルド長は思ったに違いない。


 騎士団の派兵準備って十分でできるのかな? とか。


 もう既に準備させているのかな? とか。


 ギルド長から話を聞いたAランク冒険者チーム「月光の剣」も急いで準備を整えながら、ギルド長と同じ事を思っていたに違いない。


 しかし、蓋を開けてみれば――


「さぁ、案内なさい」


 ギルドの外にいたのは馬車の窓から顔を出すリリィとその侍女だけ。騎士などどこにもおらず、Aランクチームである月光の剣はリリィと侍女アンコの二人を連れて生息地まで行く事になってしまった。



-----


 

 タックブルの生息地は王都から東に数キロ向かった森であった。森の背後には山があって、タックブルは山から森に降りて来るようだ。


 繁殖の際は一回に八頭は子供が生まれ、数はそれなりに生息している。冬になると森で餌が採れなくなった個体が森を抜け出し、近くの村にやって来て人を襲うという事例もある。


 故に平時から常に冒険者や狩人がタックブルを狩っており、その肉が市場へと流れているようだ。このような経緯から、平民の肉事情を支えていると言えるだろう。


「姫殿下、お気をつけ下さい。森にはタックブルの他にも魔獣が多く生息しております」


「ほう。他の魔獣はうめェんですの?」


「タックブルの他にホーンラビットと呼ばれる兎やゲッコ鳥と呼ばれる狂暴な魔獣もいます。ゲッコ鳥は空から奇襲して来るので要注意です」


「ほう。で、味は?」


 Aランクチーム月光の剣は前衛が二人、後衛の弓使いと魔法使いが二人というスタンダードなチーム構成だ。


 前衛二人が前を歩き、リリィは後衛の女性冒険者二人に挟まれて森を歩いていた。道中、経験豊富なAランク冒険者達から魔獣の事を聞きながら進んでいると、先頭を歩く戦士が拳を上げて制止を告げるハンドサインを出した。


「……あれがタックブルです」


 全員、茂みに隠れながらも、魔法使いがリリィに告げる。彼女が指差した先には大牙を生やした巨大イノシシが「ブホブホ」と鼻を鳴らしながらキノコを食べているではないか。


「ほう。確かに大きくて肉も豊富そうですわね」 


 大人の個体なのか、かなり大きい。Aランク冒険者の戦士でも突進を食らえば盾で受け止めきれない、と漏らすほどだ。


「肉の鮮度を保つのであれば、急所を一突きするのが一番でしょう。その後、すぐに血抜きを行うのが良いと思います」


 仕留める際に傷が多ければ多いほど、肉の鮮度が落ちると言われている。これは、この世界にはまだ確立していない「雑菌による肉の痛みや汚染」という概念を感覚的に知っての事だろう。


 弓使いの女性が傷の事を告げ、背中にあった弓と矢を抜いた。彼女が矢で急所を射抜き、最小限の被害で仕留めようとしていたようだが……。


「なるほど。分かりましたわ」


 茂みからすくっと立ち上がったリリィ。姿を晒した事でタックブルは彼女に気付く。タックブルの凶悪な顔が彼女に向けられた瞬間、冒険者達は焦りに焦った。


 姫様が怪我をしたらマズイ。そう思って、彼等もすぐに戦闘態勢を取るが――ドン、と地面が破裂するような衝撃が起きた。


「シェイッ!! ハァァッ!!」


 次の瞬間には、リリィがタックブルの側頭部に向かってソバットをぶち込んでいるではないか。


 ゴキゴキゴキ、と骨が砕ける破砕音。細く白いリリィの足の骨が粉砕した音ではない。タックブルの首の骨が粉砕した音だ。


 一撃で骨を砕かれたタックブルは地面に沈む。外傷はなし。されど、首の骨が粉砕した事で即死。弓使い以上に外傷は少なく、状態としては最上級と言っても良い。


「…………」


 たった今起きた事に声が出せないほど驚く冒険者達。四人揃って口をパクパクとさせながら、後ろに控えていたアンコへ顔を向ける。


「王族ですので」


 アンコはそう説明するが、説明になっていなかった。


 なんだ王族って。王族だとタックブルを一撃で屠れるのか? タックブルはCランクに指定される魔獣なのだ。Aランク冒険者であっても最低で二人、無理をすれば一人で狩れる程度には強い魔獣だ。


「さぁ、仕留めましたわよ! 血抜きとやらをやって下さいまし! そして希少部位を頂きますわよォ!」



-----



 どうも、月光の剣に所属している弓使いです。名前は覚えなくてもいいよ。


 今日はとんでもない依頼をギルド長に押し付けられました。最初は騎士団をタックブルの生息地に案内するだけの簡単なお仕事かと思いきや、実際はこの国の第二王女様であるリリィ様と侍女のアンコさんだけを案内するという内容でした。


 失敗すればクビです。王女殿下に怪我を負わせてもクビです。ちょっとでも王女殿下のお肌を傷付けたら物理的に首が飛びます。


 リーダーもかなり緊張している様子。皆で細心の注意を払って行動していますが、道中で姫殿下が魔獣について質問してくるので集中できません。


 とにかく、姫殿下と魔獣について話をしながら進みました。そもそも、どうしてお姫様が魔獣に興味を持ったのだろう? タックブルの希少部位を食べたいとか言っていますが、お姫様なんだから騎士に取って来させれば良いのでは? と思います。


「止まれ。見つけた」


 リーダーがタックブルを見つけたようです。ハンドサインを掲げたので、私は姫殿下に隠れるよう進言しました。素直に受け入れてくれて一安心。


「あれがタックブルですのね。大きいですわ」


 初めてタックブルを見た姫殿下の感想が耳に届き、私は姫殿下へと顔を向けました。怖がっているかな? と思ったら、まさかの舌舐めずり。どこが希少部位なのかしら? とまで言っています。


 姫殿下の目には、あの凶悪な魔獣が肉の塊にでも見えているのでしょうか。不敬ではありますが、食い意地の張った姫殿下に笑ってしまいそうでした。

 

「肉の鮮度を保つのであれば、急所を一突きするのが一番でしょう。その後、すぐに血抜きを行うのが良いと思います」


 元狩人でもある私がそう進言すると、姫殿下は「なるほど」と呟きました。さて、腕の見せ所です。ここで姫殿下に力を見せて、有能だと示せれば騎士団にスカウトされるかもしれません。


 騎士団に入れば一生安泰。お給金も良いし、もしかしたら貴族家の男性と結婚できちゃうかも。でへへ。


 背中に掛けていた弓と矢を手に取って、アピールタイム開始! ……と思っていたんですけどね。まさか、姫殿下が立ち上がって姿を晒すとは思いませんでした。マズイ。非常にマズイですよ!


 しかし、次の瞬間には「ドン」と横で地面が弾けました。何事かと首を振ると、その場にいた姫殿下がいない。どこに行ったのかな、と首を戻すとタックブルの首を蹴飛ばしている姫殿下がいました。


 首の骨を一撃粉砕されたタックブルはその場で地面に倒れました。私は目に見た全てが信じられませんでした。


「王族ですので」


 王族って何だろう。私はそんな考えをずっと頭に巡らせながら、タックブルを血抜きして毛皮を剥ぎ、希少部位を切り取ったようです。ようです、と言うのは覚えてないからです。仲間の魔法使いが後で教えてくれました。


「これが希少部位のヒレですわね!? アンコ!」


「はい。リリィ様」


 シュババッと消えるように動いたアンコさん。彼女の足元には石で囲まれた焚火とその上に置かれた鉄の網がありました。私は彼女の動きが目で追えませんでした。


「み、見えなかった……! 速すぎる……!」


 よかった。私だけじゃなかった。


 焚火の炎で熱せられた鉄網の上に、アンコさんが丁度良いサイズにカットしたヒレ肉を置いて行きます。


 ジュワァと良い音。私の口の中にも唾液が溢れちゃう。ちょっとくらい貰えないかな?


「ヒレっヒレっ! ヒレレレっ! ヒレにく~!」


 焼ける間、姫殿下はアンコさんの用意した椅子とテーブルに着席し、両手にはナイフとフォークを持ったまま満面の笑み。かわいい。


「姫殿下。まずは塩で食べるのが良いと思いますよ」


 戦闘で有能アピールできなかった私は食の方面でアピールしました。


「ほう。塩ですか。分かりましたわ」


 そう言った後、姫殿下はドレスのポケットから「マイ・塩」を取り出す周到っぷり。塩の入った瓶のコルクを抜いて、るんるん気分で焼けるのを待っていました。


 しかし、ここで更なる問題が発生したのです。


「――ッ!? 前方、魔力反応ッ!!」



-----



 リリィがヒレ肉の調理を待っていると、月光の剣に所属する魔法使いの女性が肩をビクリと震わせた。その後、前方を睨みつけると慌てて叫び声を上げる。


「前方、魔力反応ッ!」


 魔力反応。それは何かしらの魔法を使った痕跡であり、魔法学を学んだ魔法使いであれば魔法発生時の「揺らぎ」を察知できるという。


 魔法使いの女性はそれを察知したのだろう。慌てながらも対魔法障壁を展開した。


 しかし、彼女は失敗してしまう。咄嗟の事で周囲にいた者を守る程度の大きさしか展開できなかった。少し離れた位置にいたリリィまで障壁が届いていなかったのだ。


 しまった、と彼女が声を漏らすも、横から「大丈夫です」と冷静な声音が届く。


 顔を向ければ、椅子に座っていたリリィを抱き寄せるアンコ。彼女は片手で()のような物を展開していた。  


 なんだあれは? と首を傾げた魔法使いの女性だったが、次の瞬間には全員へ炎の渦が飛んで来た。明らかに攻撃魔法であるそれを凌ぐと、全員は魔法が飛んで来た方向に顔を向ける。


「チィ。仕留められんかったか」


 黒焦げになった森の木々、それに地面を歩いて姿を現わしたのは隣国の兵士達であった。戦争を仕掛ける前に偵察としてやって来たのか、それとも奴隷制度が国営化されている隣国の人狩りか。どちらかは不明であるが、総勢十名程度の部隊のようだ。


 男達の手には魔法の杖が握られている事から魔法使いの部隊だろう。それだけでも厄介であるが、最後尾にいた背の高い男を見て、Aランク冒険者達は驚きの声を上げる。


「グラード将軍!?」


 隣国にいる最強の剣士にして将軍。剣の腕はSランク冒険者に匹敵すると言われた大剣豪である。


「ククク。戯れついでにやって来れば、皇帝陛下に良い手土産を持って帰れそうではないか」


 グラード将軍と呼ばれた男の目線はリリィに向けられていた。その視線を向けられているリリィは――


「わ、私のヒレ肉は……?」


 地面に両足をつきながら、消し炭になった焚火と鉄網、その上にあったであろうヒレ肉の残骸を見て絶望するような表情を浮かべていた。


「ククク。どうやら私を見て恐れ戦いたか」


 違います。ヒレ肉が消し炭になったせいです。しかし、グラードは勘違いしたまま話を続けた。


「その顔、第二王女だな。貴様を人質にして王国を侵略してくれようぞ。貴様の身柄を盾にして――」


 他にも言葉を口から吐き出しているが、リリィの耳には届かない。どうして、どうして、と涙を流しながら消し炭になったヒレ肉に絶望していた。それが余計にグラード達の勘違いを進めているのだろう。


「アンコ、どうしてヒレ肉が無くなってしまったの」


「それはあそこにいる不敬者が魔法で消し飛ばしたからにございます」


 顔を俯かせたリリィにアンコはハッキリと口にした。


「アンコ、その不敬者を殺しても良いかしら」


「勿論にございます。リリィ様はこの国の王女にございます。貴女様の行いを全て受け入れるのが正しい国民の在り方にございます。国民を守る王族はわがままを振舞う権利がございます」  


 顔を俯かせたリリィにアンコはハッキリと口にした。殺したって構わない、と。


 ゆらりと立ち上がるリリィ。そんな彼女にグラードは「ようやく決心したか」と言った。話を聞いていなかったので彼等が何に対して「決心」したかと言ったのかは不明だが、ある意味で決心したのは間違いない。


「さぁ! こちらに来い! リリィ王女!」


 両手を広げるグラード将軍。彼の目に映っていたリリィの姿が消えた。


「あ? あんギィィィィィィィッ!?」


 消えた、と思った次の瞬間には顎に激痛が走る。グラードの顎は粉砕され、口の中からは血と歯が飛び出した。


「私のォォォォッ!! ヒレ肉ゥゥゥゥッ!!」


 彼の顎を粉砕したのはリリィのアッパーだった。血走った目でヒレ肉への恨みを叫び、顎を粉砕した右手を引くと今度は鉄鎧を装着した腹に右ストレートを叩き込む。


 ゴギャッと鉄がぶち抜かれる音。同時にくの字に折れ曲がったグラードの体が遥か後方まで吹っ飛んでいく。


 何度も地面をバウンドしたグラードの体は大木に衝突してようやく止まる。その後、彼はピクリとも動かなかった。


「…………」


 敵軍の魔法使い達はグラードが飛んでいた方向に顔を向けたまま固まっていた。あり得ないからだ。自国の最強剣士、最強の将軍と言われていた男が簡単に死ぬなどあり得ない。


「ヒレ肉ゥゥゥ……ッ」


 ドスの効いた声がする方向に顔を戻せば、血走った目で自分達を捉える化け物がいた。


「ヒレ肉、どうしてくれんだよォォォォッ!!」


 リリィは一番手前にいた魔法使いの男に向かって走り出す。その後、顔の高さまで跳躍した。空中で体を捻り、強烈な空中回し蹴り。頬に蹴りを喰らった男は衝撃で首の骨が折れる。その後、肉だけで繋がっていた首が三回転くらいして死んだ。


「ヒレ肉、ヒレ肉ゥゥゥゥッッ!!」


 その後は敵兵を蹂躙――いや、虐殺だ。殴り、蹴り、投げ。敵兵は一人も残さず殺された。これがヒレ肉の恨みだ。彼等は手を出してはいけない相手に手を出してしまった。


 それを間近で見ていた冒険者達は口をパクパクと開閉させながら、二度目となるリアクションを見せる。全身を震わせるリーダーの戦士が冷静な様子で控えるアンコに顔を向けると――


「王族ですので」


 いや、待ってよ! と叫びたくてしょうがない。でも声が出ない。


 まだアンコに顔を向けていた戦士に彼女は補足を告げた。


「リリィ様は王妃様と同じく、WLB――ワールド・レディ・バトルトーナメント――に出場できるほどのお力がございます」


 ワールド・レディ・バトルトーナメントってなんだ。そんな大会があるのか。冒険者達は世間の広さを知った。


 余談であるが、WLBとは世界中の国にいる強者が強さを披露する国際大会だ。まだまだ世間には認知されていない大会であるものの、リリィの母親は王侯貴族部門で三年連続優勝した霊長類最強王妃である。


「ヒレ肉ゥゥゥゥゥッ!!」


 全員ぶっ殺したリリィは勝利の雄叫びを挙げた。



-----



「んふ~。んふふふ~。ああ~。うんめェですわぁ! タンも最高ですけど、ヒレ肉もめっちゃうめェですわぁ!」


 突如現れた敵軍を排除した後、リリィは改めてタックブルを狩った。全身震わせる弓使いに血抜き等を頼み、ようやくヒレ肉にありつけたのだ。


 肉屋の店主が言っていた通り、脂身の少ない赤身肉の焼肉は最高だった。普段食べている高級牛の肉にも負けず劣らず、素晴らしい味わいだ。


 特にお腹が減っていたのが良かったのだろう。いつも食べている肉よりも数倍美味しいく感じてしまう。


「リリィ様。次はわさび醤油で」


「ええ。……たまんねェですわ! うますぎィ!」


 リリィはタックブルのタンとヒレ肉を堪能すると、満足気に頷いた。


「さすがは希少部位。たまりませんでしたわね。ここまで案内してくれた冒険者達も王都で褒美を与えましょう」


「ハ、ハハァー!」


 こうして、狩りと新鮮な肉を楽しんだリリィは冒険者達と王都へ帰還。


「リリィ様。如何でしたか?」


 帰還後、料理長に問われると彼女は満面の笑みで返した。


「魔獣肉もうめェですわね。他にも試してみたいですわ」


 平民が食べる物の中にも優れた物があると知ってもらえたようで、料理長も嬉しそうに頷く。


「食はとにかく奥が深いです。本日のように隠れた名品がまだまだ存在しますよ。冒険者ギルドに行けば美味しい肉の種類などを教えてくれるのではないでしょうか?」


「そう。また近いうちに冒険者ギルドへ赴くとしましょう。肉だけではなく、調味料も味わってみたいですわね」


 美味しい物を食らう。それがリリィの趣味になりそうだ。この分ではまた冒険者と共に魔獣狩りへ行きそうな気配がある。


 一方で、今回お供したAランク冒険者達。彼等は疲労困憊な状態でギルドに到着すると、リリィの言葉通り多額の報酬を得る事となった。


 しかし、彼等は総じて「もう行きたくない」と口にする。他の冒険者達も何があったのか、と不思議そうに首を傾げるばかりだ。


「いやぁ、無事に終わって良かった。で、どうだった?」


 そんな彼等を執務室に呼び出したギルド長が問う。すると、冒険者達は「あのシーン」がフラッシュバックしたのか、全身を震わせ始めた。魔法使いの女性など、腰を抜かして地面に倒れてしまうほどだ。


「も、もう姫殿下の依頼は受けない! 俺達は平和に暮らしたいんだ!」


 リーダーの戦士がギルド長に向かって叫ぶが、彼は「えーっ?」と驚きつつ、困ってしまった。


「次も狩りに行く時はお前らを指名するって言われているんだけど」


「ああああああッ!!」


 Aランク冒険者チーム・月光の剣はその場で全員泣き崩れた。


 しかし、その数日後。


 また冒険者ギルドにやって来たリリィのお供として、魔獣の生息地へ向かう彼等の姿が目撃されるのであった……。


「さぁ、次はカーガー鳥の肉と卵を食べますわよ」


思いつきの一発書きなので荒くても見逃して下さい…。


9/18 追記: 続きを連載形式にて投稿中です。


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― 新着の感想 ―
[一言] 霊長類最強王妃=脳内でどこかの国の元レスリング女子の姿に固定されました…
[良い点] まさかこんなところで、理想のテンポ、シェイハに出会えるとは…。 [一言] ですよね。 国の要、王族とその周りを守護する近衛やら護衛(アンコさん、バトルメイド希望)が、そこらの冒険者より弱い…
[気になる点] 王族……王族?まぁ、王族なんだろうね? あとWLB観てみたいw [一言] うんメェうんメェw
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