第9話 男は時に自分の弱さを噛み締める
酒盛りと調査の進捗報告を兼ねた夜の会合。
今宵もまたアリカが寝静まった頃を見計らってバランと酒を酌み交わしていた。
もちろんアリカにはこのことは言っていない。言おうものなら混ぜてほしいと言う未来が目に見えるからだ。
大人にはこういう静かな時間が必要なので言うつもりは絶対にない。
まぁ、修行で疲れ果てているので途中で起きることもほぼないだろう。
「そろそろ調査の方も終わりそうだ」
「左様ですか。クオン殿の見立てとしてはどうですかな?」
「森の獣の生息域の変遷が起きているのは間違いない。サラーム村は未開拓領域に比較的近いこともあって、直接的な原因までは確定できていないがな。力及ばずで悪いな」
「いえ、本来は複数の人間がやらなければならないこと。短いながらも調査していただいたクオン殿には感謝こそすれ恨む筋合いは何一つありません」
「そう言ってくれると助かる」
本心からの言葉だ。
人によっては「本当に調査をしていたのか?」「何か起きているのにわからないとは何事だ!」などと一方的に喚き立てられることも珍しくない。
人は不安な出来事には原因があって絶対に解決できると思う節がある。
だが、全ての因果関係が判明し、解決に導けることなど実はそう多くない。
こういう調査は地道に長期間行うか、人手を大量に投入しての短期決戦しか方法がない。
クオン一人で森に入ったところで調べられる範囲には限りがあり、調査する期間も最初に取り決めてある。
その上でわかったことはこのように適宜報告している。
「ただ……村に危害が及ぶ可能性はどのくらいあるのでしょうか?」
「五分五分つったところだろーな。1週間ぐらいかけて調査しても異変がなかったからな。直接的な危険は低いと見てもいいとは思う」
「なるほど」
「ただし、警戒は引き続きやっておいた方がいい。近くの街の兵士に見回りを頼むとかな。伝手がなければ俺の方で一報入れておくか?」
「いえ、そこまでは大丈夫です。辺境の村とはいえ農村地ですからな。収穫ができないとなれば、村の見回り程度の配慮はもらえるでしょう」
「そうか」
であれば下手に口を挟まない方がいいだろう。
いよいよクオンのお役目の終わりが近づいてきた。
「──あら、難しいお話は終わりましたか?」
「ん、あぁ。そうだな」
「アンゲル夫人。いつも美味しいつまみありがとうございます」
「いえいえ、たまには私も混ぜてもらってもいいかしら?」
「もちろん」
何気に滞在中一番お世話になったのはこの人かもしれない。
アリカの父バランは真面目で実直な神官らしい男であるが、アンゲル夫人──オルファはおっとりとした料理上手の妻であり、滞在中の料理はどれも美味しくいただけた。旅を続けていると料理の当たり外れがあるので、舌に合う料理が食べられる土地というのは貴重だ。
「クオンさんにはちゃんとお礼を言いたかったんですよ」
「おっと、助けた礼に関してはこれ以上いりませんよ」
「そっちじゃなくて、アリカのことですよ」
ニコニコとおっとり笑うオルファ。
この人に育てられたはずなのに、どうしてあの元気優良児が出来上がったのか不思議な気分になる。
「あの子はいい子なんですが勉強とか学ぶことが苦手でして。でも、クオンさんから色々なことを学ぶのは楽しいようなんですよね。帰ってきたら私にも教えてくれるんです。半分以上ちんぷんかんぷんですけど」
「そうでしたか」
「おい、私は聞いてないぞ?」
「あなたに話したら叱られると思ってるんですよ。怒ってばかりじゃだめよ」
「た、たまには褒めてるだろ?」
「それはアリカに聞いてみてくださいな」
「むぅ……」
言葉に詰まる様は父娘そっくりだと笑いそうになった。
それにしても、アリカが帰った後そんな話をしているとは知らなかった。
「改めて親としてアリカに色々なことを教えてくださってありがとうございます」
「いえ、開拓士としてやるべきことをやってるだけですので」
「それでもです。言葉だけですが感謝の気持ち受け取ってくださいな」
「……十分受け取ってますよ。受け取りすぎて何か返さなきゃいけないぐらいだ」
根無草として各地を転々とするクオンにとって、こんな風に歓待されることはありがたいものだ。
むしろ、修行とはいえアリカにはちょっとばかり過酷なことをしている自覚があるので、責められる覚悟の方をしていたぐらいだ。
「あ、でしたら些細なお願いを聞いてもらっていいですか?」
「俺にできることならいいですが……?」
突然のオルファからお願いが来て戸惑うクオン。
そして、
「アリカが開拓士になって村を出たいって言ったら連れて行ってくれませんか?」
「は?」
「ぶはっ!?」
オルファからの願いに目を丸くした。
驚いたのはクオンだけでなくバランもそうで、こちらは酒を吹き出している。
どうやら夫婦間で話し合ったことではなさそうだ。
「あらあら、あなたってばお行儀悪いわよ?」
「す、すまん。いや、そうでなくクオン殿に何を言っている!?」
「言葉の通りだけど何かダメかしら?」
「ダメに決まっているだろう!!」
突拍子もないことに怒るバランは頭ごなしに言う。
さすがに夫婦喧嘩になるのも罰が悪いので、今日のことを伝えるとしよう。
「アンゲル夫人。その心配はいりませんよ。アリカは村が好きだから出る気はないと今日キッパリ言われましたから」
「あらまぁ、そうだったんですか」
開拓士にならないと言うアリカに、クオンは無理強いをするつもりはない。
精霊術の才に恵まれ開拓士として興味はあったとしても、他者から強要したことなど長く続くわけもない。
だというのに、
「でも、気持ちが変わることもあるかもしれないので、その時はよろしくお願いしますね」
「いや、だからさっき言った通り」
「お願いしますね」
「お、おう」
オルファの笑顔に押し切られてしまった。
条件付きとは言え有無を言わさぬこの迫力は何だ……?
灰色猪どころかもっと恐ろしい獣とも戦ったことのあるクオン。
百戦錬磨の開拓士であるのに、とある田舎の村の母親の圧力に屈した瞬間であった。
とてもではないがアリカには見せられない姿である。
「……おい、バラン」
「……頼むから何も言わんでくれ」
「苦労してんだな」
「ありがとう」
女は強い。母はなお強し。
こういう時、男というのは自分の弱さを噛み締めるしかない。
弱さを知った男たち二人は、互いの酒杯に酒を注いだ。




