第7話 鬼ごっこ
「開拓士にとってある意味では一番重要な能力だと言われているものがある。さて、それが何かわかるか?」
「わかりません!」
「少しは考えろアホ」
クオンは呆れた目で私を見た。
私は考えることが苦手だ。大抵、こういうのは「わかりません!」で乗り切ってきたが、自分の頭で考えろと言われたので考える。
というか、これしかあるまい。
「じゃあ『精霊術』です!」
「残念だが違う」
「え、違うの!?」
私の運動能力が高いのは『精霊術』のおかげなので、それしかないと思ったが、どうやら違うらしい。それ以外に重要な能力があるのだろうか?
「答えは『逃げる能力』だ」
「え〜逃げるのがそんな重要なの?」
「ったりめーだ。未開の土地ってーのは本当に何があるのかわかんねーことばかりなんだ。危険な生き物から『逃げて生きる』のは最重要なんだよ。……おい、何だその不服そうな面は?」
「むぅ……。私は戦って守る力の方がほしいって言ったのに」
「文句抜かすなこの未熟者が!」
「あいだー!」
不満そうな私にクオンの鉄の拳骨が振り下ろされた。
力加減はしているはずなのに、めちゃくちゃ痛くて涙が出た。
「いいか。戦うのは最後の手段で十分なんだよ。逃げてやり過ごせるならとっとと逃げるに限る。てか、いちいち全部と戦ってられるか面倒くせー」
「……そんなもんなの?」
「そんなもんだ」
クオンと出会った一番最初の光景が印象的だっただけに、クオンが逃げる姿が全く思い浮かばない。むしろ、クオンが逃げるとかなんか嫌だ。モヤっとする。
「てなわけで、これから村に帰る間にお前は俺から逃げてもらう。俺から逃げ切れたら勝ちだ」
「それはいいけど……ルールとかあるの?」
「そうだな。じゃあこうするか──」
クオンから提示されたルールは次の通りだ。
・私が逃げるのを開始してから1分後にクオンが探し始める
・村に帰る方向で逃げること
・クオンが3分間で探して捕まえられなかったら負け
という、ごくごくシンプルなものだ。
要は子供遊びの鬼ごっこと同じようなものだ。
それを聞いて私は思った。
「いくらなんでも私の方が有利過ぎない?」
村に帰る方向限定とはいえ、森に詳しい私が1分もあれば逃げ切るなんて余裕だ。村の大人の足と比較しても、私の速さはそれを軽く超える。
「はっ、いいから早く行け。もしお前が無事逃げ切れたら褒めてやんよ」
「言ったなー! 師匠こそ吠え面かかせてやる!」
私は全力で駆け出した。
森の中といえど村人たちが踏み固めてきた道もあれば、獣しか通らないような道もある。それに私は木の上を走ることもできるので何通りか選ぶことができる。
その中で私が選んだのは、最も走りやすい踏み固めた道を全力で走ることだ。1分間のハンデがあれば流石の師匠といえど追いつくことはできないという判断だ。
踏み固めたと言っても凸凹の多い道を軽快に走る。
タッタッタっと音を小さく、石や枝に引っかかって転ばないようにするのは当たり前だ。イリスがいると全力は出せないが、私が一人で森に入る時は大体こんな感じで走っているので早くて気持ちいい。
精霊術や強さではクオンに敵わないまでも、森の中なら私の方が経験豊富だ。
「──そろそろ1分過ぎたぐらいかな?」
とっくの昔にクオンの姿など見えていない。
私は錬精法で身体強化を施しているので、今までにない速さを出していることを実感している。今までは足だけに力をこめていたが、全身が強化しているとバランス良く走れることを知った。
「ま、いくら師匠でもこれで追いつけるわけが──」
「──あるんだよな」
いきなり声が真横から聞こえた。
何でとかどうしてとか思い浮かぶと同時にありえない光景を目にして強張った。まるで悪戯で驚かされた時のように。
「は?」
「ほれ、これでお前の負けだ」
ポンと肩を叩かれて、ようやくそれで私は足を止めた。
「は?」
「だから、お前の負けだって言ってんだろ」
「え、いや。いやいやいやいやいや!」
そんなバカなと思いながらもようやく事態が飲み込めた。
「こんな早く私に追いつけるわけないじゃん!?」
「追いついただろ。俺とお前の足の速さがそれだけ違うんだよ」
「それでも1分から10秒ぐらいしか経ってないでしょ!」
「力の差がそれだけあるんだよ」
嘘だと反射的に言いそうになったが止めた。
心の奥底ではあり得ないと思いながらも、クオンならばそれぐらいやってのけそうとも思ったからだ。
「も、もう一回お願いします!」
「おう。何回でもいいが森から出たら終了だからな」
「はい!」
わけがわからぬまま私はまたも森を疾走する。
今度は道を変更して木の上を走ったりして痕跡を少なくした。
なのに、
「残念だがまた俺の勝ちだ」
「もう一回!」
またもやあっさりと捕まってしまった。
それでも諦めの悪い私は何度も何度も挑戦し続けた。
「まだまだ!」
「甘い」
「これならどうだ!!」
「はっ、さっきより簡単だったな」
どこに逃げようとも、どうやって逃げようともクオンに捕まえられた。
たくさんの泥と汗に塗れながら私が思っていたことはただ一つ。
──悔しい!
自分が生きていた環境で、自分が得意としていたことで負けるのがこんなに悔しいことだなんて思わなかった。
相手は大人だから、師匠だから、精霊術が使えるから。
言い訳なんていくらでも出てくる。
だけど、それがなんだっていうんだ。
悔しくてたまらない思いは消えない。どころか燃え上がった。
せめて一矢報いてやる!
「まだま──」
「残念だがお終いだ」
何度も続けた鬼ごっこ。
いつの間にか森の外まで出ていたことに気づかなかった。
「あーもう! 最後まで勝てなかったぁぁぁ〜〜〜!!」
「当たり前だ。もうちょい逃げる時間増やしてやろうか?」
「それは嫌だ!」
「はっ、いい負けん気だ」
森から村への帰り道。
私は師匠と共に歩きながら今日の反省会をした。
「今日お前が負け続けた理由は何だと思う?」
「んーと、単純に足の速さで勝負したことかな」
「その通りだ。地の利はお前にあったが、身体強化には一日の長がある俺と真っ向から勝負して勝てるわけがないからな」
「むぅ、足の速さには自信があったのに……」
「そう不貞腐れるな。休み休みとはいえ、ちったぁ強化された体の動かし方もわかっただろ?」
「確かに」
クオンの言う通り、錬精法による私の身体強化は長い時間続かない。
だけど、今日一日鬼ごっこをしたことで、以前とは比べ物にならないぐらいの速さを得たと思う。
「じゃあ次にどうやったら勝てると思う?」
「師匠を超える身体強化を身につけることかな……?」
「どんだけ気長にやるつもりだ」
「だよねー。となると、隠れるとか予想外の手を打つとか……で合ってる?」
「お前にしちゃよく考えたな。正解だ」
よかったーと胸を撫で下ろす。
思い返せば灰色猪の時も私は隠れてやり過ごそうとしていたのだ。
最初に思いつけばよかった。
でも、クオンから隠れるとかそれこそ難しいと思う。
するとクオンは言う。
「アリカ。お前は精霊術で身体強化を身につけたな」
「うん」
「じゃあ、その反対をしたらどうなる?」
「……『身体弱化』ってこと?」
「そうだ」
「えーと、それって何の意味があるの?」
せっかく身体を強化できるようになったのに、弱化なんてしてどうしろというのだ。ヘロヘロになってボロクソにやられる未来しか見えない。
「『身体弱化』は強化と同じぐらい重要な技だ。例えば、大量に出血した時、体に毒が回った時、弱化をすることで血の巡りを低下させることも可能だ。それに隠れる時なんかも便利だぞ。こんな風にな」
クオンが『身体弱化』をした瞬間──周りの風景に溶け込んだように見えた。
そこに在るのにそこに在ない。
強く認識しないと目の前にいるのに気づけないぐらいの薄さだ。
「とまぁ、こんな感じだ」
「師匠、すごいすごい!」
「明日からは身体強化と身体弱化を使って逃げてみろ」
「はい!」
新たな課題が見えて燃えてきた。
とりあえず、今日はクタクタだし帰ったら休んでイリスと遊ぼう。
そう思っていたら、
「よし、村に帰ったら剣術修行をやるぞ」
「え……?」
クオンはそんなことを言い出した。
「言っただろ。みっちり修行をつけてやるって」
「は、はい」
修行をつけてもらえるのは嬉しい。
けど、流石に厳しすぎると思うんだ……。
私の剣術修行は夕飯ができる直前まで続いて、その日はどうやって寝たのか覚えていない。




