第6話 命懸けの修行
「ねー師匠。結局修行っていつからすんの?」
「まずは森の探索が先だ。修行つけんのはその後だ」
「はーい!」
そりゃそうだと納得して大人しく従う。
でも、何をするのかワクワクして今から楽しみだ。
「それよかアリカ。お前は森を探索して気づいたことないか?」
「うーん。そうだなぁ」
案内係だったので正直クオンが何をしているのかわからない。
周りを見ているのはわかるけど、やっているのはぶっちゃけそれだけだ。
たまに「ふむ」とか言ってるけど何に気づいているのかは教えてくれない。
なので、私は私なりに思ったことを言ってみる。
「気のせいかもしれないけど《灰色猪》が現れた時は、嫌な感じがした。なんかいつもの森じゃない静かな感じというか」
「なるほどな」
あの時は背筋が冷たくなる感じがした。
いつも聞こえる森の声が聞こえなくて森に食われそうというか。
今もその感覚は続いている。
「師匠は何か気づいたの?」
「それなりにな。今はそれを裏付けるために調査してるっつーとこだ」
「むぅ。私の方が森に詳しいのに気付けないのなんか悔しい!」
「ばーか。当たり前だろうが」
感覚でなんかおかしいことはわかるのに、それが何なのかわからない。
クオンは私には見えないものがわかっていて悔しい。ずるい!
「開拓士ってーのは未開拓の土地を探索するのが仕事だ。どんな場所に行っても危険に気付けないと話にならん。知識と経験の裏付けが必要なんだよ」
「うぅ……勉強は苦手だ」
「はっ、精進しろってことだ」
開拓士は勉強も必要なのかと私は辟易する。
強くなりたくて弟子入りしたわけだが、ぶっちゃけ開拓士になりたいかと言われたら微妙だ。
でも、きっと開拓士になるならこんなことも覚えないといけない。
勉強嫌いの私からしてみたら、こっちの方が辛い修行だ。
その後も森も探索を続けて戻る時間がきた。
「よし、今日はこんなところだな」
「はい!」
「夕飯どきまで時間があるから修行しながら帰るぞ」
「こっからすんの!?」
「おう」
てっきり戻ってから修行するのかと思っていた。
どんな修行をするのかわかんないけど楽しみで仕方がない。
「そんで何すんの!」
「そうだな──今からお前の覚悟を見せてもらおうか」
「覚悟?」
どういうことかと首を傾げた。
「お前の理想はわかった。意欲もあって努力もできるだろう」
そんなの当たり前だ。
自分で言った言葉を嘘になんてしたくない。
姉としてイリスを守る。どんなに理不尽なものからも。
そのためならどんなことだってするつもりだ。
「だが、それだけじゃまったく足りねーな」
でも、クオンは足りないと言う。
何が足りたいというのだと嫌な気分になりムスッとする。
文句の一つでも言ってやろうとして、
「自分の理想にどれだけのもんを懸けられるのかを見せてみろ」
何も言えなくなった。
今までにないクオンの冷たい眼に晒されゴクリと喉が鳴った。
冷や汗が吹き出し手が震えてきた。
「そ、それで……私は何をすればいい、の?」
「簡単だ。そこから一歩も動くな。目を逸らすな」
「……それだけ?」
「それだけだ」
なんだそんな簡単なこと──なんてとても言えない。
多分、クオンは冗談でも何でもなくそう言っている。
「簡単だと思うか?」
「……そんな生易しいものじゃないんでしょ?」
「ったりめーだ」
今から何をするのかわからない。
けど、覚悟をしめせと言われたからには、私は逃げてはいけない気がする。
未だ震えてしまう体。
こんな様で何ができると両頬をパーンと叩いて喝を入れた。
「いよーし、ばっちこい!!」
「はっ、その意気だ」
準備万端と私は気合を入れて一歩も動くもんかと意思を固める。
そして、クオンは言う。
「お前には──今から死を経験してもらう」
一瞬でクオンからとてつもない殺気が放たれた。
狩をしているとどんな小さな動物でも殺されまいと反発し、こちらを殺そうとする意思はわかる。意思そのものは見えないけど、相手の挙動、視線、匂い、肌感覚の全てから殺気が『在る』ことが嫌でも理解できる。
《灰色猪》と対峙した時は、それがより顕著だった。生きていた中で一番恐ろしく殺されると思った。
だけど、今はそんなのが優しく思えるぐらいクオンの殺気は凄まじい。
行き過ぎた恐怖のせいで呆然と立ち尽くす私。
──逃げろ。
呼吸すらどうやるのか忘れつつ息苦しくなる。
──逃げろ。逃げろ!
何もできない私にクオンは持っていた大剣を抜いて構えた。
──殺される。逃げろ。一歩でも遠く。早く!!
頭の中がうるさい。私の中の私が悲鳴を上げる。
ここで逃げ出す程度なのか。私が誓った言葉は?
ふざけんな。ふざけんな!ふっざけんな!!
嘘にしてたまるか。あんな情けない思い二度としてたまるか。
──守るって決めたんだ!!
逃げ出すぐらいなら拳を握りしめろ。
恐怖があるなら敵に立ち向かえと睨みつけろ。
最後の最後まで私は逃げ出さないと全てで示すんだ。
永遠のような一瞬の時を経て、クオンの大剣が──振り下ろされた。
灰色猪を倒した時と同じ一閃が目の前を通り過ぎた。
「────よく耐えたな」
クオンがそう言ったが、私の耳には届いていない。
真っ二つに斬られたと思った。
絶対に死んだと思った。
けど、実際は目の先ギリギリのところで斬られずに終わっている。
私は──生きているの?
「……っは……はぁ…………うぷっ!?」
息を止めていたことを忘れていた私は、途端に息苦しくなり空気を取り込む。急激な変化に耐えきれず、胃の中のものが上がってきて地面に蹲って吐き出した。
気持ち悪い。生きていた。絶対死んだ。やり遂げた。
心も体も全部がぐちゃぐちゃと混沌としている。
ようやく全てを出し切って、ぐるりとクオンに向かい一言。
「いきなり何てことすんのさ師匠!?」
「だから言ったろ死を経験してもらうって」
「確かに言ったけどさ!」
本当に死んだかと思ったというか間違いなく一回死んだ。
それだけ凄まじい体験だった。
「だがまぁ、お前の覚悟はよくわかった。認めてやんよ」
「あんなことしなくてもいいと思うんだけど……」
「ばーか。死に際じゃないとわかんねー真価があんだよ。特にお前みてーな理想を持っちまうと命がどれだけあっても足りん」
「そうかもしんないけどさー」
それでもやりすぎだと思うんだ。
修行が厳しすぎる以前に命の危険で覚悟を問うって何だ。
「けど、これでわかったでしょ。私の覚悟ってやつが」
「よーくわかったよ。お前が類稀なるアホだってことに」
「誰がアホだ!?」
「お前だよ。──ったく、本当に大したもんだ」
アホだと言いながらクオンは笑っていた。
褒められているのか貶されているのか。
こうして私とクオンの修行の日々が始まった。




