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開拓のアリカ  作者: 菊日和静
第二章 開拓士養成学校編
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第50話 絶望の鬼ごっこ

ちょっとずつスケジュールに余裕ができ始めました。

気長にお付き合いいただけると幸いです。

 エリックは翌日からクリスタすら驚くほど真面目に訓練に取り組んでいた。

 いつもならば華々しさを求めて身の丈に合わない獣を狩ろうとしたり、危険な場所に群生している希少な薬草を採取しようと大言壮語していた。

 それがどういうことだろう。

 人が変わったかのように地味で泥臭い作業に取り組み、いつも以上に緻密に予定を計画し、拙く未熟なところがありながらも向上しようとする姿勢が見えた。


「クリスタ教官。これが本日の行動計画表になります」

「どれどれ──はい、これなら問題ありません」

「ありがとうございます」


 すっと頭を下げるエリックの殊勝な態度に傲慢さなど何一つ見えない。

 昨日のアドレットが教導をしているチームに負けたのがよほど効いたのだろう。

 上から言っても響かない言葉も、同じ立場の人間から言われると真綿が水を吸うように染み入ることがある。かつての自分もそうだったと思い出し苦笑する。

 だが、これぐらいは教導の内だろうお説教を一つしておこう。


「エリック。今までのあなたの振る舞いはお世辞にも良いものではありませんでした」

「……痛感しております」

「ですが、これからの行いがあなたを形作っていきます」

「はい。ご忠告痛み入ります」

「だから、今後のあなたに期待していますね」

「──っ! ご期待に応えられるよう精進します」


 若いっていいなぁと思いながら、クリスタは振り返る若者の背を見つめた。




 クリスタから活を入れられ野外実習は順調に進んでいた。

 実を言えばエリックのいつもの様子の違いに仲間たちも戸惑っていた。

いつものエリックならばエバに負けた後、何かしらの復讐行為や妨害行為をするのではないかと思っていたからだ。だけど、そんな彼らの期待を裏切るようにエリックは真面目に訓練に取り組む様子を見せていた。


「君たち、どうかしたのかい?」

「い、いえ。何でもありませんが……」

「エリック様。その、エバチームにふくしゅ、いえ再戦を申し入れないのですか!?」

「そうです。あんな一回の負けで私たちの実力が劣っているなどわかりません!」


 これにはエリックの方が目を丸くした。

 そして、すぐ後に羞恥にも似た感情が湧いて反省した。

 このチームは良くも悪くもエリックのワンマンチームであり、自分の意向が反映される。名門である家の力を使い、物心を知れた繋がりがある従者の家の者たちと集めたからだ。

 他人は自分を映す鏡であるとはよく言ったものだ。

 まさしく彼らは過去のエリックであり、ようやくエリックも自分がどういう人間だったのかがわかった。

 だから、きっぱりと過去とは決別しなければならない。


「違うよ。僕たちは負けたんだ。圧倒的に自分の方が上だと思ってね」


 過去を受け入れ、今の自分を見つめなければ、未来につながらない。

 エバに敗北し、情けをかけられた今ならわかる。

 これからどうしたいのかを。


「だから、僕は開拓士として強くありたいと思った。過去にガーランド家を興したご先祖様に恥ずかしくないぐらいに、いや、過去の栄光を超えたいと思っている!」


 家の名前というのは誇りでもあると同時に重荷でもあった。

 なまじ精霊術の適性が全てあるのに凡庸な自分が嫌でたまらなかった。

 楽な方に、楽しい方に目を向けていれば厳しさに目を向けずに済んだ。

 でも、それはもうやめにしようと思った。


「改めて君たちにお願いしたい。僕と一緒に上を目指してくれないか?」


 このチームは良くも悪くもエリックのワンマンチームである。

 エリックが反省し、上を目指す姿を見せればこうなることは必然だ。

仲間たちは感銘を覚え「エリック様……!」「ご立派になられて」「もちろんです!」と追従するのであった。

 そして、改めて一丸となったエリック一行。

 そんな彼らを嘲笑うかのように──苦難が訪れた。


「……っ、君たち。戦闘準備を」


 瞬時にエリックは一言を発した。

 その一言でエリックチームの面々は慌てることなく臨戦態勢に入る。

 危険な獣に遭遇した時に感じる寒々しい気配に肌が泡立つ。

 森の声が鳴りを潜め、鼻には泥臭い獣臭が風に乗ってかすかに匂う。

 ……それは姿を現した。

 一見するだけならどこにでもいる狼のようにも見えるが、大きさが桁違いであった。人の三倍はありそうな巨体なのに鈍重さを何一つ感じない。灰色をした荒々しい毛並みは見るものすべてを威嚇する。

 サランクィラ地域に生息する獣は一通り目を通したはずなのに、そのどれとも一致しない。その事実に冷汗が頬を伝う。


「あ、あ、あぁ~っ……!?」


 仲間の一人が何かに気づいたのか声が裏返った悲鳴を上げた。

 あの獣に覚えがあるようだ。


「あれが何なのかわかるのか?」

「エリック様。あ、あれは【泥塗れの狼(ルートムウルフ)】です! ハイ領域に生息する精霊獣(・・・)です!!」

「何だってっ……!?」


 その言葉にエリックは戦慄した。

 未開拓領域におけるハイ領域を分ける明確な基準は何であるか?

 すなわち人の開拓が及んでいない場所であるが、その表現は正確ではない。

 正しくは人が生きるにはあまりにも危険すぎて開拓ができない場所であるのが正しい。

 そして、その危険の最たるものとされているのが──精霊獣だ。

 人が精霊術を使えるように、そこに住まう獣もまた精霊術を本能的に使用できる。

 なぜ開拓士が精霊術を修めてからでないと未開拓領域に足を踏み入れてはいけないのか。簡単だ。そうしなければあっさりと死んでしまうからだ。


「全力で救助を求め逃げるぞ!」


 エリックの判断は正しかった。

 そして、絶望の鬼ごっこが始まった。


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