第48話 未知はワクワクドキドキ
森というのは不思議なものでほんの少し奥地に足を踏み入れただけで景色が一変する。地元であっても森や山に慣れたからといって、気が緩んで油断をしようものなら文字通り命の危機につながることもある。
そして、全く油断をしていなくとも季節や天候によっても危険が左右されるため、経験豊富な人間であっても方向を見失いかねないし、自然の猛威に翻弄される。
もっとも、本当に経験豊富な人間は少しでも危機を感じれば立ち入らないし、危機回避能力が長けているため、命の危機的状況に遭わないのが奥義ともいえる。
しかし、開拓士はそのリスクを承知の上で未知領域を開拓するのがお仕事なわけで。
「うわ~ボッシュ。あれ見た?」
「見たよ……。っんだよ、あのでかさは!?」
「こ、黒鉄鰐の沼に引き込まれたのに、逆に狩ってたよね……」
「≪縛鎖大蛇≫ですわね。毒はないですが獲物を縛る筋力がずば抜けていて、確保した獲物に突き立てる獰猛な蛇ですわ。ちなみに、あれでもまだ小型な部類になりますの」
「あれで!?」
縛鎖大蛇を見るがどう見ても全長は10メートルを超えており、胴回りの太さも今まで見たことがないレベルで太い。それなのに鈍重さを感じさせず、黒鉄鰐を縛り殺す強さを持っているのは驚異の一言に尽きる。
「これがハイ領域に近い場所か」
自分の中の血が冷たくなるような、逆に熱くなるような、相反する心地だ。
ここはまだ未知領域ではない。
それなのに、アリカ達は書物の知識で知っていても初めて見る生き物ばかりだ。
もしもこれが未知領域だとしたら……。
今の自分たちは果たして通じるのだろうか?
クオンとの修行、開拓使養成学校での訓練を通じて強くなった自覚はあるアリカであるが、それでもやはり生物として強靭なものを見るとつい考えてしまう。
「貴方たち。もしかして、こんなところで怖気づいてますの?」
カチーンと来た。
相変わらず不安を見透かしたかのようなタイミングで言ってくれる。
「はあ~? 何言ってくれちゃってんの? 全然怖気づいてなんかいないけど?」
「まぁ、それは良かったですの。人一倍やかましい貴方が黙っているなんて不気味なだけですもの」
こいつ本当に殴ってやろうかと一瞬思った。
「お、俺だってそうだ。ちょっと大きさに驚いただけで。ま、まぁ、あれぐらいの大きさなら俺たちなら何とかなるだろ。うん」
「えと、私は正直怖いけど、みんなと一緒だからがんばれる、かな」
さすがはセネムだ。いいことを言う。
ボッシュはビビっているけど、このチーム唯一の男でということもあり、態度には出ていないがバレバレだ。
「なら良かったですの。では──先へ進みましてよ」
そして、アリカ達一行はさらに奥へと踏み出す。
むせかえるような緑の香りに、ところどころ目につく獣の通った証跡。
野外実習とはいえど、開拓士見習いの仕事でもあるので手は抜けない。
どのような動物がいるか、また植物があるのかを逐一チェックしてメモをする。
「あ、翡翠鳥見っけ!」
「お~こりゃポックル茸じゃねーか。この大きさなら市場に出せば結構な値になるぞ」
「天仙花もあったよ。煎じればお薬になるやつ」
「沢には金剛魚がいましたわ。観賞用の魚だけあって綺麗なものですわね」
さすがは実地訓練に選ばれた場所。
わんさかと教本でしか見たことがないものが出てくる。
不謹慎かもしれないが、訓練であるのに楽しいと感じてしまう。
とはいえ、誰かが調査をしている間は他のメンバーが見張りをしているので、できる限り安全面には気を配っている。
この調子でいけば思っていたより順調に調査が終わりそうだ。
そう思っていたら。
「──悲鳴?」
動物の声ではない人の声が聞こえた。
「みんなも聞こえた?」
「あぁ、聞こえた」
「う、うん」
「全員、調査は中止して警戒体制へ」
エバの指示を聞いた瞬間、全員が武器を取り出し、陣形を組んで警戒体制へ移行する。
「エバ」
「ボッシュ、わかっています。現在、この土地にいるのは実地訓練に来ている開拓士しかいません」
つまり──そういう事態が起こったということだ。
「これから悲鳴が聞こえた場所へ向かいます。救助または手に負えないならば教官に助けを求めます」
その言葉に誰も異論を唱えなかった。




